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窓際の少女は消える前に  作者: 有野実
プロローグ
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プロローグ



 ヴルカーンハウゼンの郊外にその演習場はあった。


 盆地を見下ろす火山の中腹に位置し、標高が高いこともあってあまり人は住んでいない。


 演習場といっても、小屋と厩くらいしか設備はなく、あとはただ広い山林や平野があるのみだ。


 この辺りに来る人と言えば、狩人か、幼い私と父くらいのものであった。



 「結局、我々が戦っているものは何なんだろうな」


 父は演習の準備を進めながら呟く。


 幼い私は傍らで父の様子をみていた。父はまばらな木々の間の標的、藁人形をみている。



 「それを知りたくて、ずっと研究を続けてきた。だが、いくら調べても『ナトゥア』はわからないままだった」



 「ナトゥアの特徴を四つ、言えるか?」


 父は私に問いを一つ投げかける。



 「ええと、黒くて首がない『切り口』で、四本足で歩いて、なんでも飲み込む……」


 


 「うん、おおまかには合っている。あと、単純な集団戦を主に行い、『切り口』から飲み込むのは人工物がほとんどだということだな」



 父は続ける。


 「私はナトゥアが認知された300年前まで遡って、あらゆる種類の文献を読んだ。公文書から個人の日記まで、目につくものは片端から読んだ。だが、子供でもわかるような、今言った四つの情報以外を得ることはできなかった」



 父はため息をついたあと、「額縁」をとる。


 「結局、昔の人間にもナトゥアがわからなかった。誰もナトゥアを知らないのだと」



 父は無類の本好きで「部屋」だけに飽き足らず、屋敷に専用の書斎を作り、そこもびっしりと本で埋めてしまうほどだった。


 時々寝室にすら大量の本を積むらしく、母はよく愚痴をこぼしていたものだ。



 父は唐突にこちらに向きなおってしゃがみ込み、私と目線を合わせた。


 「だがこれは、これまではそうだったという話だ」


 「つい最近手に入れた古い本があるんだが、それを昨夜読んだ。少し分厚い本だ。これは今までの本とは訳が違った。新情報だらけなんだ。これから分析を進めるが、ナトゥアについて新しいことがわかるかもしれない」


 父は私に向かって興奮の混じった声で話した。



 「いつか、ナトゥアに対する有効策がわかれば、この300年に及ぶ戦争も終わらせることができる。やっと平和が訪れるんだ。だが、これほどまでに重要な情報は、世間を混乱させかねない」



 だから、と父は付け加える。


 「分析が終わるまでは厳重かつ内密に保管し、情報は秘匿するつもりだ」



 「私にもいつか、わかった中身を教えてくれるの?」


 私は父にそっと聞いた。



 「少しずつ事が進めば、知っておいてほしいと考えている。子供とはいえ、将来にかかわる重要な事項だ。」


 そして少し間をおいて、


 「なにより、君自身がナトゥアを知りたがっているだろう?イーナ」



 父は立ち上がって伸びをする。


 「昨日は熱中しすぎて寝不足だ、少し動いてくる」



 たちまち父は飛び上がって手ごろな木の枝に乗り、「額縁」が光を放つ。


 父の「額縁」の扱いは間違いなく一流で、その繊細な調整能力において右に出るものはいなかった。


 私は父の訓練についていくのが好きだった。



 足場を作るようにして父の前方の木々が変形し、父はその上を軽快に走り出した。


 木から木の間は距離があったが、「額縁」の扱いに加え、身体能力も相当なものがあるという評価されていた彼はいとも簡単に飛び移っていく。



 藁人形まで十分な距離に近づいた彼は、木々の枝のしなりを生かして大きく飛び、腰に差した短剣を瞬時に抜いて藁人形の首元に上から飛びかかって突き刺す。



 父はそのまま短剣を引き抜き飛びのいて、きれいに地面へ着地した。


 それを見てはしゃぐ自分に対して、遠くの父は振り向いて片手を上げた。


 





 ――実を言うと、私はもう父の顔をよく思い出すことができない。


 彼に対する尊敬の念はあっても、彼の表情そのものは失われてしまった。


 これから少しして、父は死んでしまったからである。



 しかし、私はあのとき初めて、ナトゥアへの好奇心を自覚した。


 そして確かに、父のようになりたいと決意したのだ。


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