絡繰人形は鎮座する
有り体に言えば、彩色の家は高校生が一人で住んでいるということを抜きにすれば普通の家だった。
明らかに高級そうなマンションの中階に位置し、鍵は当たり前のようにオートロックで、クラスメイトとはいえほぼ初対面な異性を連れてくる無防備な考えとは結びつかない。
「あー……よかったのか?押しかけて。俺が言うのはなんだが、不安じゃ……」
そう言うと、俺のためにスリッパを置いてくれながら彩色は首を横に振り、奥に入るように促してくる。この状態で筆談したりスマホを出すのは非効率だと思ったらしい。
作詞作曲を教えて欲しいと言い出したのは俺だし、とりあえず進むかと促された扉を開けると、人間では有り得ない合成じみた声が響いた。
「おせーぞお前。今日はすぐ帰って作業するってただろ?…………?誰だお前」
「まじかよ、"五風十雨 都々"を使ってるのは知ってたけど《talk option》のやつだったのか……」
部屋には、デュアルモニターのパソコンとシンセサイザー、少し古いがよく手入れされたギターに、手書きの楽譜やメモがベッドを埋め尽くす勢いで散乱しているが、一番目立つのは中央に置かれたスマホから飛び出しているホログラムの少女。
とある合成音声システムの制作会社が、競合他社と差をつけるため、絡繰人形に感情を乗せやすくしようと所謂乙女ゲームのようにAIを組み込み、消費者と会話させることで人間の心を学習させるオプションを作ったと小耳に挟んだことはあったが、話せるどころかホログラムで一喜一憂の表情や揺れなどの動作すら表せるらしい。
確かに、目の前のスマホから飛び出している"都々"は、ふわふわとした白髪の一本一本をも丁寧に作られており、俺に向けている訝しむ顔も人間とは言わないまでもVTuberの配信を見ているようだった。
「あー、えーっと初めまして。あと、お邪魔してます?。俺は響也 聡。彩色のクラスメイトで、作詞作曲を教えてくれるって家に連れてきてもらったんだよ。作業の邪魔をしてしまって悪いな」
「ふーん……まぁこいつが自分からそう言ったならいいけどよ、お前曲作るのか?」
疑問に思ったのか、都々がそう言うと、彩色はスマホに経緯を打ち込んでいく。普段は都々が全面的に話して、その返答をスマホかパソコンでタイプしていくらしい。やり取りを見守っていると、至極当然な質問が投げられる。
「ギターの弾き語りねぇ。作ったことがないなら、既存の曲をアレンジするってことだろ?学校でも弾いてるぐらいなら別の知り合いにも作詞作曲してる奴なんて居そうじゃね?そのフットワークの軽さ的に雪奈以外に話しかけれないとかでもないんだろ?」
「まぁそうなんだけどな、俺一応軽音部にいるし、先輩に作詞作曲してる奴はいるんだよ。ただそいつらに頼むのはなぁ……もうすぐ文化祭なんだよ。」
「……文化祭って、学校単位でやるお祭りって検索結果に出たぞ。部活で軽音部なんてその代名詞だろ。わざわざ部外のやつに聞く意味あるか?」
「耳が痛い話ではあるんだが、個人でやる場合は別枠で、部活にも迷惑かけれないって仕組みらしいんだよ。この間生徒会の顧問に聞きに行ったからな」
都々から何か言われると思ったが、彩色がスマホに打ち込み始めていたので会話が一旦止まり、都々も俺もゆっくり考えがまとまるのを待っていると、数秒して画面を此方に寄せてきた。
「"つまり、響也くんは文化祭で弾き語りがしたいが、一人でやろうと思うと軽音部の力を借りられず、出来れば既存の曲でもやりたくないと?"」
「……そうなるな。まぁぶっちゃけると文化祭まで残り一ヶ月だろ?俺が全部やれるなんて思ってないが、やりたいことはやりたいから、最悪既存の曲でやるしかないかなとは思ってる。でもさ」
そこまでいい、じっと彩色の瞳を覗き込み、深呼吸する。
「クラスに彩色みたいなすげぇ曲作れる奴がいるなら、協力して欲しいって思った。別に一人でやりたい訳じゃなくて、思想が合いそうなやつが居なかったからその選択を取っただけだし、家に呼んでくれるってなってから授業の合間に一通り曲も投稿されてる分は聴いた。……勝手だけど、俺のために曲を書いてくれたらどんなのだろうって考えもした。だからさ、」
短絡的なことを言ってる自覚はある。けど、やりたいと思った。だから、とりあえずもっと俺のことを知って欲しいと思うから。彩色の音楽に感動したように、感動まではいけなくても、伝わるものがあると思うから。
「俺の弾き語りを聴いて、少しでも曲を書いてあげてもいいなって思ってくれたら、文化祭の間まで協力してくれないか。」