深窓のお嬢様は、曲を紡ぐ
この世界には、人間以外に歌を唄う存在がいる。
とはいっても現実に存在する訳ではなく、ホログラムで投影された姿でパフォーマンスをするという所謂絡繰人形で、人の声を元に作られた合成音声で歌を唄う。未だに賛否両論あるとはいえ、歌専用の絡繰人形を作る会社があったり、大手の音楽系列会社が作っていたりとかなり発展している技術。
俺自身が触ったことはないが、動画投稿サイトに投稿されている曲は多数存在し、今俺がスマホで聴いているのもその一つ。
「〜〜♪」
ホログラム上のステージで、赤いアイドル風の衣装を着た長い白髪の少女が絡繰人形にしては珍しい低音で唄い踊っている。「五風十雨 都々」確か業界シェア率も一位とは言わないが、「都々」の曲と言えばすぐ伝わる程の人気があり、この動画の再生回数も60万再生とかなり高い。
高いのだが、都々を使っているから再生回数が高くなるかと言われるとそんなことはなく、当たり前だが曲による。ハイセンスなものから切なくなるものまで視聴者の心を掴まねば意味が無い。なのに、
「この曲作ったのが我がクラスを誇る深窓の令嬢。彩色 雪奈嬢なんて誰が言ったんだよ?本当なら俺が今すぐ突撃して問い詰めるから、揶揄ってるならそう言ってくれ。今すぐ」
「その呼び方広めてるのうちのクラスのやつじゃねぇし、一応揶揄ってるわけでもねぇよ。他のクラスに彩色さんのスマホから、この曲と全く同じ「五風十雨 都々」が出てくるところを見た奴がいるらしい。ただ聡、前忘れたのか、彩色さんはーー」
「本当なのかよ、んじゃ俺聞いてくるから!情報ありがとな」
呼び止めてくるクラスメイトを振り切り、窓際の一番後ろという主人公席に座ってスマホアプリのピアノを触りながら首を傾げている暗めな紺色のウェーブが掛かった黒髪の少女に声をかける。
「なぁ、この曲作ったのが彩色って聞いたんだけどほんとか?ならどうやって作ってるとか、楽器何やってるかとか教えてくれよ。俺も一応ギターで弾き語りをやってるんだが作詞作曲はからっきしで…」
「……」
クラスメイトなので初対面という訳でもなく、挨拶もそこそこする方なので心配はいらない。向こうから返答が来たことは無いが会釈はされるし。そう思い、教えてもらった曲のページを開いたスマホを見せつつ、一息でここまで伝えて何も反応が来ないことに流石の俺も不安になり顔色を伺うと、スマホに向けていた彩色の顔が申し訳なさと、困ったのが綯い交ぜになった表情でこちらを向いていた。
はて、さすがに勢いに任せすぎたかと思い返したところで、自分の失態に気づき、口を開こうとしたところで彩色が持っていたペンを走らせ始め、女の子らしい丸い文字の書かれた紙と、さっき見せた曲の管理ページが映ったスマホを渡してくる。
「"確かに、その曲は私が作ったものですね。ご存知の通り私は声が出せないので、ゆっくり返答するしかないのですがそれでもいいですか?"」
「……そうだった、わりぃ配慮に欠けてたな。言い訳になるけど、同学年で曲作れるようなやつにあったこと無かったから……」
「"いいんですよ、よくある事なので。都々が居たら私の代わりに話して、すぐ返すことも出来たんですから。連れてこなかった私側の楽観でもありますね"」
何も気にするなと本気で思っているどころか自分の楽観だと優しい笑顔で微笑まれるとこちらの心が痛むんだがと思いつつ、さすがにこれは自分の失態なためそそくさと自分のスマホを仕舞い、それでも会話を打ち切る気になれず近くにあった適当な椅子に腰かけ、彩色と目線を合わせつつ、微かに存在を示した記憶を掘り起こす。
「失声症」
解離性の疾患で、よく間違われるが喉や声帯に問題があるのではなく喉を動かす筋肉が原因で、精神的なストレスが限界を超えたり、極度の緊張状態になると起こることがある病気らしい。ちなみに女性の方が男性よりも2、3倍かかりやすいと言われていて、思春期などの精神的に不安定な時期にも多く見られるらしい。
一応、特定の状況下において声が出せない。出せてもしゃがれたりかすれている。というものから、日常生活でも全く声が出せないというものがあるらしく、彩色は後者であると新学期の初めに担任がクラスに向けて伝えていた。ちなみに何故俺がそれを忘れていたかと言うと、シンプルに興奮して忘れていただけである。閑話休題。
「っても、俺が怒涛の質問攻めしてそれを毎回紙に書いてもらうのも迷惑だよなぁ…」
「"響也さんは ギターの弾き語りをしてるんでしたっけ?"」
「ん?あぁ、学校にもたまに持ってきてる。たださっきも言った通り作詞作曲に憧れはあるんだが知識が全くなくて、作業環境とかもゲーム用のパソコンとギターがあるだけでな。」
「"わたしも 作詞や都々みたいな絡繰人形を扱って曲を作るのはほぼ独学なんですが、そうですね……"」
そういい、考え込むようにシャーペンを口元に寄せて目をつぶったと思えば、閃いた!という顔でもう一度シャーペンを走らせ始め、自信満々の顔で俺に見せてくる。
「"あまり本格的な環境でもないですし、話も出来るか分かりませんが、ひとり暮らしなので良ければ放課後、家に来ます?"」
「……はぁ!?」
俺が出した素っ頓狂な声に笑いながら、彩色 雪奈というクラスメイトは、警戒の欠片もない提案をし、音楽という最高の餌を釣られた為に、放課後一人で現役女子高生の家に遊びに行くことになった。