タクシー
俺はタクシーの運転手だ。先ほど、会社帰りのOLさんを拾った。
なかなか美人な人で、とても良い香りがする。お友だちになれたらいいなぁと思った。
「運転手さん、大山方面」
「はい、かしこまりました」
大山方面か。この街場から離れて田舎の山のほうだ。集落もポツポツとしかないような場所だ。結構稼げそうだな、と思っていた。
彼女は電話を取り出し、なにやら話し始めているようだった。
「あ、課長ですか。今終わりまして、施錠して出ました。はい、はい、お疲れさまでした」
仕事の終わった報告か。電話の前でもお辞儀している。とても好感が持てた。
しかし、次の電話──。
「M@Παη都⑪升κΔ₩∂殻Иα鋳琴♭︎Åデ$υ──」
それは男の声……。私はぎょっとして、室内ミラーで彼女を確認する。やはり女性だ。
そして電話の内容。中味がまったく分からない? かなり偉そうだった。ボス的な存在。彼女が?
「運転手さん」
「は、はい!」
思わず声が上擦る。呼ばれた声は最初の女性のものだった。私の背中に冷たいものが流れる。
「タクシーには守秘義務があるわよね?」
「え、ええ。お客さまの話や情報は外部には漏らしません」
「ならよかった」
その言葉を背に受けて、車は街を離れて郊外へ。やがて大山方面の山の中に入って行く。彼女は集落がない道のほうを指示した。
道には木の葉が落ちて、しばらく車が走った形跡がなかった。
私は不安で彼女に聞いた。
「こ、こんなところに家があるんですか?」
「ふふ。もうすぐ目と鼻の先よ」
その声は野太く、男とも女とも取れない。私は息を飲んだ。
もはや山道で、街灯もない。車のスピードは徐行ほどである。何かあったら車を方向転換出来ない場所だった。
「お、お客さん、無理です。これ以上は……」
「ああそう。なら仕方ないわね」
私は車を停めて、彼女を下ろそうとしたが、彼女はまた電話を始めた。
「食事の時間だ」
それはまるで怪物のような声。私は震えて振り向けないでいると、外には彼女と同じ顔のスーツ姿のOLさんが何人も何十人も──。
無線は!?
しかしなぜかそこには無線機がなく、運転席側の女の手の中にある。
そして助手席側のドアが音を立てて破られ──。
途中の訳の分からん誰かとの会話は、「まあなんといいますかわからないことばです」と、漢字とローマ字の組み合わせです。その他に意味はないです。




