問い - 朝
この作品は『問い - 夜』の続編です。先にそちらをお楽しみください。
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私は激怒した。心底苛立って、今は破れた襖の前で茫然自失というわけだ。なぜそこまで苛立つことがあろうか。
「朝って、いつなの?」
私の妹と先生が初めて顔を合わせたのは、つい昨日の出来事だった。その筈が、我が妹は先生に毒されてしまっているのだ。その質問の、恐ろしき意味も言うものも、何一つ知らずに私に哲学的な疑問を投げかけてきてしまったのだ。この前の、夜についての話は煮え切らない終わり方をしたので、私にとって最悪の質問ランキング堂々の第一位だったのだが、更新されるかもしれない。我が妹のあの純粋無垢な顔を見たとき、なんというか、どこにこの怒りをぶつけて良いのやら。
そんなこんなで気がつけば、破れた襖の前にただ立っていた。
盲点だった。朝とはいつかというのが曖昧だったのがいけなかった。夜とはいつかという問いに、私は朝ではない時と答えたのだから、朝がいつか聞かれるだなんて、確実な事だったのだ。昼間と朝の境界とは何だろう?夜の終わりは、結局いつなのだろう。先生の夜は明けるのだろうか?いや、先生にとって夜とは幸せな時間なのだ。幸せな時間というのは、終わるべきではない。では、朝とは日が出ている間か?いや、昼間は朝ではないと一蹴されたのを覚えている。それは違う。破れた襖の前で、時間が加速していく。気がつけば、私は眠ることを忘れていた。これは、朝だ。朝が来ている。私の元に朝は来たぞ、と拳を胸に。何の解決にもなっていないこの夜明けを、今はただ見ていた。
「私は昨晩寝ていません。」
「寝てください。睡眠は勉学の次に大事なことです。」
あまりにも食い気味な答えをされるが、少し麻痺しているのか何の苛立ちも起きない。今あるのは疑問のみだった。
「朝とはいつなんでしょうか。」
先生が、一瞬だが絶望したような目になった気がした。目の光が消えた気がした。ですが先生。これはあなたのせいでもあるんですよ。
「昼夜とは人の心に来るものと、あなたは解したではないですか。それは答えでないのですか?」
「…そうじゃ…そうじゃありません」
不意に、ふらっと来たので、踏ん張る。ただ踏ん張った。先生は歴史に残る困り眉を見せている。私はいま先生を困らせているのだ。どうだ、これが復讐の味か。妹に解決しない疑問を植え付けたその責任というものを果たしてもらいたい。
「先生…どうですか……」
あまり自分が何を喋っているのか自覚できていない。のだが、先生の顔を見るに、状況は何も変わっていないのだろう。
「わかりました、謝ります。申し訳ない。ですがまず、あなたは眠る必要がありますね。」
すると先生は、私の疑問を宙ぶらりんにしたままに、家に帰してしまった。母上が私を寝かしつけてしまう。私の疑問が…!
目が、覚める。一才の眠気のない、清々しい目覚めだった。外はまだ暗い。そうか、まだ朝と呼べる時間帯に寝たから、朝が来ていないうちに、目覚めてしまったのか。だがしかし気分がいい。私は寝床をゆっくりと音を立てぬように発つ。だがしかし、私の足には握られた感触があったのだ。握られたと言っていいのかすら微妙な、非力な握り。妹が起きてしまっていたのだ。ーすまない、妹よ。
妹が、歩き出したのを追いかける。何だ?どうしたのだ。私を呼んでいるのだろうか。まだ寝ている母上を起こさぬように、ゆっくりと、ゆっくりとついていく。妹も、ゆっくりと、ゆっくりと歩いていく。事態は私を裏切り、予想していた到着地点である洗面台を通り過ぎて、妹は戸を開けたのだ。妹は、貝殻を拾ってきたとき、綺麗な石を拾ってきたときのような、キラキラした眼差しで私を見る。なにか、見せたいものが、あるのだ。私は息を呑んだ。
「きれー…」
妹の口から、白い息と共に声が漏れる。私の、昨日置き去りにしてきた疑問という呪いを、祓うように、朝日が私たち2人を照らしていた。日の出だ。
「朝って、今なの?」
「ーーうん。」
ただ、頷いた。その朝日は、朝というものを気づかせてくれた。その朝日は、私の夜を明かしてくれた。
「先生、今朝、朝が来ましたよ。」
先生が訳のわからないといった顔をするので、清々しい気分はもっと清々しくなる。
「そうですか。私にはまだ来ていませんよ。夜の方が好きですから、それでいいですが。」
「私に朝が来るように、先生にも、誰にでもそのときはきます。人間の心というのは、それこそ朝と夜のように、良い時と悪い時とが繰り返す物なのです。」
先生は、心底安心したような顔と、疑問と雑念が入り混じった顔の中間のような顔をしている。
「…悟りでも開いたんですか?今朝何があったんです?」
私に疑問をふっかけてきた先生に、とことん冷たくして、私は席についたのだった。
今回は先生仲間はずれでしたね。一から十まで何が何だかという顔でしたね。
それにしても、"私"は何というか…執念深いというか…?