強引なキューピッド 【月夜譚No.228】
遊ばれているのは重々承知だが、やるしかないのだ。
彼は両拳を握り、涙が零れそうになる目元に力を入れ、太陽が降り注ぐ屋上へと足を踏み出した。
「あ、来た」
夏の匂いを含み始めた風に、長い黒髪と制服のスカートが翻る。彼女の作りもののように綺麗な双眸に見つめられて、そのまま反転しそうになる足を彼は懸命に堪えた。
屋上の扉の内側には、友人が二人待機しているのだ。ここで何もせずに戻ったりしたら、良い笑いものである。……そもそも、もう笑いものにはなっているのだが。
遡ること数時間前。早朝、時間をかけて書き上げた手紙を想い人の下駄箱に入れるか入れまいか悩んでいた彼のところに、友人二人が登校してきてしまったのだ。こちらから話すまでもなく事情を察知した二人は彼から手紙を取り上げて、さっさと彼女の下駄箱に入れてしまったのである。
当然、彼は手紙を取り戻そうとしたのだが二人に妨害され、気づけば彼女は既にその手紙を手にしていた。
元々はこうするつもりでいたのだ。二人に玩具にされていようが、こうなった以上は勇気を出すしかない。
彼は彼女の前に立つと、真っ赤な顔をして手を差し伸べ、頭を下げた。
それから数秒後に見た彼女の笑顔は、今まで見た中で一番可愛らしかった。