進撃! 馬鹿娘! (1)
「ヒャッハー! ちんたら走ってんじゃねえぞ! このクズどもがあぁ! 俺は無敵のナイトライダーだ!」
周囲の車を口汚く罵りながら、道路を我が物顔でバイクを走らせる若者がいた。誰が見ても、傍迷惑な存在である。
都会では既に絶滅しているはずの暴走族という種族が、この彩佳市では当然のようにうろうろしていた。彼らは、自身の存在を恥ずかしいとは思っていない。むしろ、暴走族こそが一周回ってカッコいい……そんな痛すぎる価値観の持ち主なのである。
今、暴走している彼もまた、そんな痛い価値観の持ち主であった。モヒカン刈りの頭、黒い革のジャケットとパンツ、知性のまるで感じられない顔……そう、頭のてっぺんから爪先まで、どこをつついても完全なるバカである。
「ベイビー! 今夜はロックンロール・エクスプレスな夜だぜ! あの満月めざして、ぶっ飛ばそうぜマリリン!」
後ろにいる女にバカ丸出しのセリフを吐きながら、バイクを蛇行運転させている若者。ちなみにマリリンと呼ばれた後ろの女性は、どこからどう見ても日本人である……髪を金色に染め、若者と同じく黒い革のジャケットとパンツ姿だ。
若者は有頂天であった。自身が、万能の神にでもなったかのような気分に浸っていた。だが、彼の気分をドン底にまで突き落とす存在が出現する。
「お前、遅いシカ」
不意に、すぐ横から聞こえてきた声。
「な、なんだとお!? 俺は無敵のナイトライダーだぞ……って、何じゃこりゃあぁぁぁ!?」
驚愕の叫び声を上げる。そこには、彼のバイクと並走して走る娘がいたのだ……しかも、生身の足で。
そう、彼女は時速百キロ以上は軽く出ているバイクと、ほぼ同じスピードで走っているのだ──
「う、うわあぁぁ!」
男が叫んだ拍子にバランスを崩し、バイクが横転する。ふたりは、そのまま地面を転がっていった。
「ヒヒン、呆気ない奴だシカ。もっと速い奴は、いないシカ?」
そう言うと、娘は凄まじい速さで走り去っていった。
・・・
「幕の内弁当、美味しいニャ!」
「美味しいワン!」
役満神社には、今日も楽しげな声が響き渡っていた。声の主はもちろん、猫耳小僧と送り犬である。
その横で、鋭い気合いを発しながら動いているのは大介である。今日、彼が練習している技は……手刀鎖骨下ろし打ちだ。ちなみに、この技は手刀を振り下ろして鎖骨をへし折ることを想定している(詳しいことが知りたい方はググることをオススメします)。
例によって、暑苦しくも微笑ましい光景であったが……そこに、ひとりの少年が現れた。
「た、大変ですよ大介さん!」
叫びながら、石段を上がって来たのは浦井真太郎である。大介は手刀の動きを止め、真太郎の方を向いた。
「なんだ真太郎、こんな夜中に出歩いてて大丈夫なのか?」
尋ねる大介。ちなみに、今は午後十時である。夜中と言っていい時間帯かどうかは判断の分かれるところだろうが、中学生である真太郎が出歩くには遅い時間帯であるのは間違いない。
「大変です大介さん、また出たんですよ」
「また出た、って……もしかして投げ捨て魔人か? あいつ、またブッ飛ばさないとダメなのか」
真顔でそんなことをいう大介に、真太郎は首を横に振ってみせた。
「違いますよ。今度は、道路にむちゃくちゃ足の速い妖怪が出るらしいんです」
「足の速い妖怪だと?」
「ええ。昨日も、そのせいで事故が起きたらしいんですよ。バイクに乗って暴走してたバカップルが、妖怪に煽られてスッ転んで病院に運ばれたそうです」
「なんだそれは……傍迷惑な奴だな」
言いながら、腕を組んだ。そんなものが出るとなると、番長として見逃すことは出来ない。
その時、猫耳小僧が横から口を挟んだ。
「そいつは、もしかしたら馬鹿娘じゃないかニャ」
「うましかむすめ? なんだそいつは?」
唖然となる大介に、送り犬が答える。
「最近、このあたりに来た新参者の妖怪だワン。可愛い女の子の姿だけど、足は僕より速いんだワン」
「えっ、送り犬より速いのかよ……それは凄いな」
そう、送り犬は時速五十キロくらいの速さで走れるのだ。妖怪としては、さほど速い方ではないが、それでも人間よりは遥かに速いのである。
「ところで、その馬鹿娘とやらは、何が目的なんだ?」
大介が、至極もっともな疑問を口にした。すると、猫耳小僧がしかめ面をしてみせる。
「知らないニャ。あいつは、本当にアホだニャ。かかわらない方がいいニャよ」
そう答える猫耳小僧に、真太郎は慌てた表情で食ってかかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! その馬鹿娘のせいで、事故が起きてるんだよ!」
「だから、どうしたんだニャ。俺たち妖怪には、関係ない話だニャ。なあ送り犬?」
いきなり話を振られ、送り犬は面食らった表情を見せる。
「ワ、ワン? そ、それは……」
「送り犬だって、そう思うニャ? アホな暴走族が事故に遭っても、それは自業自得だニャ。なんで、俺たちが協力しなきゃならないニャよ。バカバカしいニャ」
「そ、そんな……」
下を向く真太郎だったが、猫耳小僧の言っていることも間違いではない。噂では、愚かな若者がバイクで暴走し、周囲を通る車に迷惑をかけていた……そこに馬鹿娘なる妖怪が現れ、愚か者を退治したらしいのだ。
これは、果たして悪いことなのだろうか。いや、これは人間の側の自業自得ではないだろうか。
自分もまた、かつては不良少年たちにいじめられていた。挙げ句、呪いの力を使い、不良少年たちを撃退したことがあった。
今回のケースもまた、悪人が懲らしめられただけではないのか?
「バカ野郎!」
不意に、大きな声が響き渡る。真太郎は、ビクリとして声の主の方を向いた……言うまでもなく、大介である。彼は鍛練の手を止め、険しい表情で真太郎を見つめていた。
「真太郎! お前は、それでいいのか! 何もしない気なのか!」
大介は眉間に皺を寄せ、真太郎に迫っていく。その勢いと迫力に真太郎はたじたじとなり、震えながら後ずさっていった……。
「お、落ち着くニャ大介。真太郎は、ただの中学生だニャ。妖怪を止めることなんか無理だニャ」
猫耳小僧が恐る恐る口を出したが、大介は止まらない。
「バカ野郎! 俺がなぜ怒っているのか分からないのか! それはな……こいつが、やる前から諦めているからだ! お前は、無法なふるまいをする妖怪の噂を聞いた。だから、止めたいと思った……それは、正しい行動だ! だったら、諦めるな! 妖怪に立ち向かえ!」
叫びながら、大介は顔面を近づけていく。それは、まさに凶器のごときインパクトを持っていた……真太郎は、あまりの恐怖に下を向いて後ずさりする。
そんな真太郎に、大介はなおも叫び続ける。
「やりもしないうちから、諦めるんじゃない! やると決めたなら、飛んで火の中水の中だ! ほら、行くぞ!」
言うと同時に、大介は真太郎の手を掴んだ。そのまま、強引に引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと待ってください! ど、どこ行くんですか!?」
思わず叫ぶ真太郎だったが、大介は足を止めない。歩きながら言葉を返す。
「決まってるだろうが! そのウマ娘だかシカ娘だかが出没する場所だ! 俺たちで、そいつを捕まえるんだ!」
「そんなの無理ですよ──」
「バカ野郎! 無理を通して道理にドロップキック、花も嵐も踏み越える! それが漢の花道だ!」
喚きながら、大介は真太郎の手を引っ張っていく。当然ながら、真太郎には抵抗すら出来ない。顔を引きつらせながら、されるがままになっていた。
後に残された猫耳小僧と送り犬は、唖然とした表情で顔を見合わせる。
「大介の奴、言ってることが無茶苦茶だニャ……」
「猫耳、どうするワン?」
「うーん、人間がどうなろうと知ったことじゃないニャ。でも、大介を野放しにしとけないニャ」
「じゃ、後を追うかワン?」
「仕方ないニャ、行くしかないニャ」
・・・
「うらうらうら! 俺たちは無敵の走り屋だぜ!」
派手な爆音と共に、道路で蛇行運転をしている数台のバイク。そう、彼らもまた暴走族である。今や、未開の地に住む絶滅寸前の部族のごとき存在ではあるが……この彩佳市では、未だに活動を続けていた。
「おらおらおら! 今夜もぶっこんで行くぜ!」
叫びながら、さらに大きく蛇行運転をする少年たち。だが、彼らの天下は続かなかった。
「お前らは、遅すぎるシカ。そんなんじゃ、あたしとは競えないシカ」
蛇行運転するバイクに並走しながら、バカにしたような言葉を投げかけてきたのは……実に不思議な姿をした少女であた。
栗色の髪と、体育着のような服を着ているが……そんなことより注目すべきは、頭から生えている角である。長さ十センチほどの、鹿の角に似た物が頭に付いていたのだ。さらに、お尻からは馬の尻尾らしきものも生えている。
その少女は、可愛らしい顔に小バカにしたような笑みを浮かべ、蛇行運転している少年たちの周囲をぐるぐる回り始めた──
「ヒヒーン! お前ら遅いシカ! ハエが止まるくらい遅いシカ!」
言いながら、さらに激しく走り回る──
「う、うわあぁぁぁ! 何だコイツ!」
「人間じゃねえ!」
「オバケだ!」
少年たちは、あまりの出来事に混乱した。結果、バイクが次々と衝突していく……。
先ほどまで、我が物顔で蛇行運転をしていた少年たち。ところが今や、道路上でうめき声をあげ倒れている。スピードが出ていなかったため大事には至っていないが、それでも血を流したり、腕を押さえて顔をしかめていた。
一方、少女の方はというと、振り向きもせず猛スピードで去って行った。
「お、お前ら! 大丈夫か!」
しばらくして、その現場を通りかかったのが大介と真太郎だ。大介は凄まじいパワーで少年たちを道路脇へと運び、真太郎はスマホで救急車を呼ぶ。
やがて救急車が到着し、重傷の少年は運ばれていった。一方、大介は軽傷の少年たちから話を聞く。
「頭から角が生えていて、足の速い娘だったんだな?」
確認する大介に、少年たちは頷いた。
「は、はい。あいつは、シャレならない足の速さでした。あれは人間じゃないですよ」
少年たちの言葉を聞き、大介は眉間に皺を寄せる。
「どうやら、噂の馬鹿娘が出たらしいな。このままにはしておけん……必ず、この手で捕まえてやるぞ」




