怪力! 投げ捨て魔人(2)
その翌日、大門大介はいつものようにバイトをしていた。
棚に商品を並べていた時、店に誰かが入って来た。大介は立ち上がり、大きな声で挨拶をする。
「いらっしゃいませ……あれ、真太郎じゃないか?」
意外そうな顔で言った。そう、彼の目の前には、浦井真太郎が立っていたのだ。学校の制服姿で、何やら困った様子でこちらを見ている。
「どうしたんだ?」
「いや、どうしたじゃないですよ。最近、この辺りでゴリラみたいな大男が暴れてるって聞いたんで……ひょっとしたら、大介さんかと思って」
真太郎の顔は真剣である。彼もまた、この周辺に出没する怪人の噂を聞きつけ、心配して駆けつけて来たのだ。
しかし、大介は首を傾げるだけだった。
「お前は、何を言ってるんだ? 俺は、そんなことはしていない。そもそも、俺にはゴリラほどの筋肉はない」
「は、はあ、そうですか……でも、やってることが大介さんそのものなんですよね」
「何だと? それはどういうことだ?」
「いや、聞いた話なんですが……動物をいじめてると、森の中から出てくるらしいです」
真太郎の言葉に、大介は首を捻る。森の中から出てくる、ということは……もしかしたら、森に住んでいる妖怪かもしれない。
そんな大介に向かい、真太郎は喋り続ける。
「それで、動物をいじめるな! なんて言いながら、凄い力でぶん投げるらしいんですよ。みんな、投げ捨て魔人って呼んでます」
「投げ捨て魔人? なんだそりゃ?」
首を捻る大介に、真太郎は真剣な顔つきで答えた。
「その魔人は、すっごく力が強いらしいんです。動物をいじめる人間を見つけると、そいつの腕を掴んだままブンブンと回して、最後に遠くに放り投げるみたいです。だから、投げ捨て魔人て呼ばれてるんですよ」
「ほう、それは凄いな。是非とも、会ってみたいものだ」
「凄いな、じゃないですよ……誉めてどうするんですか。そいつは、洒落にならないんですよ。これまでに、十人以上が病院送りにされてます」
「うーむ、それは許せんなあ」
大介は、腕を組んで考えてみた。その時、顔を引きつらせた梅津が彼をつつく。
「大介くーん、君は今、何をしなきゃならないのかなあ?」
「あっ! す、すみません!」
慌てて頭を下げ、大介は真太郎の方を向いた。
「というわけだ、すまんな真太郎。続きは、また後でな」
バイトが終わった後、大介は役満神社へとママチャリを走らせる。真太郎たちが、待っているはずなのだ。
神社に到着した大介は、ママチャリを停めて石段を上がっていく。すると、楽しそうな声が聞こえてきた。
「これが、ボボボの北郎だよ。いろんな悪い妖怪を、アフロヘアーの北郎が懲らしめるんだ」
「ニャニャニャ! この本は面白そうだニャ!」
聞いているだけで、思わず笑みがこぼれてしまいそうな会話だ。真太郎と猫耳小僧と送り犬は、気が合うらしい。大介は微笑みながら、石段を上がって行った。
「よう、お前たち」
その声に、皆が一斉にこちらを向いた。
「大介は、いっつも遅いのニャ。バイトなんか、辞めて欲しいのニャ。そうすれば、もっといっぱい遊べるのニャ」
文句を言う猫耳小僧。だが、送り犬がたしなめる。
「それは困るワン。バイトを辞めたら、大介はお金が稼げないワン。僕たちも、弁当がもらえないワン」
そんなことを言う送り犬を、ニコニコしながら見ていた大介。
その時、彼の頭に閃くものがあった。
「そうだ! 真太郎、その投げ捨て魔人とやらは、動物をいじめていると出てくるんだったな?」
「へっ? は、はあ、そうです」
突然のことに、真太郎は戸惑いながら答える。すると、猫耳小僧が口を挟んだ。
「大介、何を言ってるニャ。俺たちにも分かるように言って欲しいニャ」
「そ、それもそうだな。よし真太郎、投げ捨て魔人について、このふたりにも説明してあげてくれ」
「は、はい」
真太郎は、投げ捨て魔人の説明を始めた。あくまでも噂程度であるが、動物をいじめているとものすごい大男が出て来てブン投げられると……猫耳小僧と人面犬は、目を丸くして聞いていた。
「なんて、アホな奴だニャ」
呆れ顔で言ったのは猫耳小僧だ。一方、送り犬は首を傾げる。
「そんな奴がいるとは、知らなかったワン。そいつは新参者だワン。にしても、迷惑な奴だワン」
その言葉に、大介も頷いた。
「ああ。そいつのせいで病院送りにされた人間がいるらしい。だから、お前たちに協力して欲しいんだ。みんなで、投げ捨て魔人を捕まえよう」
そう言って、大介はふたりを見つめた。だが、猫耳小僧は気が進まないようだ。
「ちょっと待つニャ。なぜ、俺たちが協力しなきゃいけないんだニャ?」
「えっ……」
「悪いのは、動物をいじめる人間だニャ。そんな奴、襲われて当然だニャ」
猫耳小僧の言葉に、大介は何も言えず下を向いた。だが、すぐに顔を上げる。
「確かに、お前のいう通りだ。しかし、このまま犠牲者が増えるのも見逃せん。頼む、俺に協力してくれ!」
言いながら、大介は頭を下げる……。
それを見た猫耳小僧は、ふうとため息を吐いた。
「しようがない奴だニャ。人間がどうなろうと知ったことじゃないけど、大介の頼みとなれば断れないニャよ。で、どうするニャ?」
「俺にいい考えがあるんだ」
そして三人は、目撃情報が多発している場所へと移動したのだが……。
「これのどこが、いい考えなんだニャ。大介は、アホなのかニャ」
呆れたような口調で言う猫耳小僧。彼の目の前では、大介が送り犬を足蹴にしている……演技なのがバレバレだが。
「どうだ、この野郎。もっといじめてやる」
棒読みの口調で言いながら、大介はなおも蹴飛ばすが……その蹴りが当たっていないのは見え見えであった。
「こんなのに、騙されるバカはいないニャ」
猫耳小僧がかぶりを振った時、茂みからガサリという音が聞こえてきた。続いて、巨大な男が出現する。身長は二メートル以上、大介が見上げてしまうほどの巨体だ。肩幅も広くガッチリした体格であり、大介が小さく見えるほどだった……。
しかも、その顔は異様に濃い造りである。まるで、昭和のアニメの登場人物のようだ。
「お前が、投げ捨て魔人か?」
大介の問いに、大男は不気味な声で返す。
「ど、動物を……」
「はあ? お前、人の話を聞いてるのか? 俺は、お前が投げ捨て魔人かどうか聞いたんだぞ?」
同じ問いを繰り返す大介だったが、相手の耳には入っていないらしい。
「動物を……いじめるなあぁ!」
叫ぶと同時に、巨漢は突進して来た。大介の両腕を掴むと同時に、ブルンブルン回転し始める──
「う、うわあぁぁぁ!」
大介は思わず叫んでいた。彼の百キロを超す巨体が、軽々と回されているのだ。その様は、ふたりのむくつけき大男がダンスをしているかのようだ。
「ッアアアア!」
奇怪な雄叫びと共に、巨漢は大介を放り投げた。大介は高く飛んでいき、草むらへと落ちる。
それを見たとたんに、猫耳小僧と送り犬は慌てて駆け寄った。
「大介! 大丈夫かニャ!」
「大丈夫かワン!」
だが次の瞬間、ふたりは唖然となっていた……大介は、一瞬にして飛び起きたのだ。
「フッ、さすがだな。だがな……その程度では、俺は倒れんぞ!」
叫ぶと同時に、再び投げ捨て魔人へと襲いかかる。だが、魔人も怯まない。大介の腕を掴み、またしてもグルグル回転し始める──
「動物を……」
呟きながら、魔人はグルグル回転している。振り回されている大介はというと、凄まじい形相でじっと耐えていた。
「動物を! いじめるなあぁぁぁ!」
叫ぶと同時に、魔人は大介をぶん投げた。大介はまたしても軽々と飛ばされ、草むらへと落下する。
常人ならば、立ち上がることすら出来ないはずのダメージのはずだった……しかし、大介はすくっと立ち上がる。気迫のこもった表情で魔人を睨んだ。
「投げ捨て魔人よ! お前の言っていることは、実にもっともだ! お前の気持ちも、理解できる部分はある! 奴らのしたことは、同じ人間として恥ずかしいとも思う! だがな、お前はひとつ重大なことを忘れているぞ!」
「……?」
大介の言葉に、怪訝な表情を浮かべる魔人。
「いいか、よく聞け! 人間だって、動物だろうがあぁ! お前のやっていることも、人間という動物をいじめていることに代わりはない!」
吠えながら、魔人を睨む大介。すると、魔人の表情にも変化が生じた。口を開け、戸惑っているような顔つきだ。
動揺の色を隠せない魔人に、大介はなおも叫ぶ。
「自分よりも弱いとわかっている人間たちを、片っ端からぶん投げていく……お前のやっていることは、紛れもなく弱い者いじめだあぁぁ! 動物をいじめているのは、お前も同じではないのか! お前に、奴らを責める資格があんのか!?」
大介の心からの叫びに、魔人は戸惑い、後ずさりしていた……驚異の怪力を誇り、大介ですら圧倒した投げ捨て魔人。
だが今は、大介の気迫の前に押されていた。彼の全身全霊をかけた叫びが、魔人を怯ませたのだ……。
そんな魔人に向かい、大介は拳を固めた。
「投げ捨て魔人よ! 歯を食いしばれ! こいつはな、動物である人間からの……魂の折檻だあぁぁ!」
叫ぶと同時に、大介は全体重をかけた拳を放つ。
「喰らえ投げ捨て魔人! これが起死回生の! 投げっ放しパンチだ!」
直後、大介のパンチが顔面に炸裂する──
投げ捨て魔人は、軽々とぶっ飛んで行った。
「さあ、帰るとするか」
大介の言葉に、猫耳小僧と送り犬が心配そうに見上げた。
「大丈夫かニャ?」
「大丈夫かワン?」
心配そうに聞いてきた二人に、大介は微笑んでみせた。
「体は痛むが、大丈夫だ。それより、今日はお前たちのお陰で奴をおびき出せた。本当にありがとう」
言いながら、大介はしゃがみこむ。両腕を広げ、ふたりを抱き寄せた。
そんな三人を、大木の陰から地団駄踏んで見ている者がいる。
「くそう、くそう! 大介の奴、いつになったら私に気づくんだ! 奴は、どこまで鈍感なのだ!」
口裂け女は、悔しそうに三人を見つめていた。