怪力! 投げ捨て魔人(1)
彩佳市は、どちらかというと……いや、どこからどう見ても田舎である。
そのため、かつてのヤンキー漫画に出てきそうなアホな若者たちが、未だにあちこちを徘徊しているのだ。
そんな連中が、この場所にもいた。数人の若者たちが、野原にバイクを止めて雑談していたのである。赤、青、金色……さながら信号機のような髪の色と奇怪なデザインの特攻服は、彼らがどんな人間であるか如実に物語っていた。
「おい、猫がいるぜ」
ひとりの若者が、草むらを指差す。皆がそちらを見ると、一匹の三毛猫がいた。警戒しているような素振りで、若者たちをじっと見ている。
「なんだよ、きったねえ猫だな」
言いながら、別の若者が近づいて行く。すると、猫はフシャーッと鳴いた。威嚇の唸り声だ。
「なんだこいつ、調子のってんじゃねえぞ。ブッ殺してやろうか」
その若者は、残忍な表情を浮かべた。直後、ブンと蹴りあげる。当たっていれば、ただではすまなかっただろう。
だが、猫はあっさりと躱した。さらに、またしても威嚇の唸り声を上げる。よく見ると、猫の背後には小さな仔猫が数匹いた。どうやら、仔猫を守ろうとしている母猫らしい。
普通なら、こんな母猫など相手にしないであろう。しかし、彼は違っていた。
「この野郎、一度殺さねえと分からねえらしいな」
仲間の前という意識のせいか、若者は仔猫に近づいて行こうとする。母猫は唸るが、若者はまたしても蹴飛ばそうとした。
その時、不意に声が聞こえてきた。
「動物を……」
低い不気味な声とともに、森の中からのっそりと現れた者がいた。その瞬間、若者は恐怖のあまり絶句し立ち止まる。
それは、恐ろしく大きな男であった。巨岩を力ずくで擬人化したような体格、軽く二メートルを超えているであろう身長。筋骨隆々の素肌に直接ベストを着こみ、迷彩柄のパンツ姿だ。だが何よりも不気味なのは、その顔である。日本人には見えない、異様に濃い造りであった。
「動物を……いじめるなあぁ!」
叫ぶと同時に、大男は若者の襟首を掴む。
次の瞬間、片手でブンブン振り回し始めた──
まるで円盤投げのように、若者を振り回す大男。回されている若者は、既に意識が飛んでいる。周囲で見ている者たちは、あまりの出来事に硬直していた。
やがて、大男は恐ろしい雄叫びを上げる。と同時に、若者を投げ捨てた──
若者は軽々と飛んでいき、草むらへと落下する。
一方、大男はギロリと他の者たちを見た。その目には、危険な光がある。
「動物を……動物を! いじめるなあぁぁ!」
吠えると同時に、大男は襲いかかって行った──
・・・
「店長! お先に失礼します!」
気をつけの姿勢から、海兵隊のごとき声で挨拶する大門大介。店長の梅津和子は、顔を引きつらせながらも笑顔で応対する。
「う、うん。いつもお疲れ様」
「はい! では、お先に失礼します!」
もう一度頭を下げると、大介は大股で歩き店を出ていく。
「はあ、あの子と話すと本当に疲れるわ。悪い子じゃないんだけどな」
ブツブツ言いながら、梅津は仕事を続ける。その時、またしても異様な者が入店してくる。
「あ、先輩。ちわっす」
後輩の日野秀美が店に入って来た。特攻服に身を包んだ彼女は、梅津に向かい大きな声で挨拶する。
「先輩、じゃないよ。ったく、何しに来たんだい」
「あー、ひどい。あたしは客っスよ。せっかく、ジュース買いに来たのに。あたし、先輩の接客に対する姿勢ってものに疑問を感じちゃいますね」
「何が接客に対する姿勢だよ。あんたみたいなのに来られたら、アホが集まる店だと勘違いされるじゃないか」
ぶつくさ言いながら、棚の商品をチェックする梅津。その時、日野が何か思い出したのか、ぽんと手を叩いた。
「あ、そうだ。昨日、また変なのが出たらしいですよ」
「変なの? どんな奴?」
尋ねる梅津だが、内心では不吉なものを感じていた。今度こそ、本当に大介が何かやらかしたのではないだろうか。あの男は、誰が見ても変なのだ。
「それがですね、ゴリラみたいなデカイ男が森の中から出てきて、人を襲ったらしいんですよ」
「ゴ、ゴリラぁ……」
その言葉を聞いた梅津は、真っ先に大介の外見を思い浮かべた。百八十センチを超す長身、百キロはあろうかというガッチリした体格、あれならゴリラと言われても納得できる。
「あと、ものすごく濃い顔だったって話っスよ。外国人みたいな濃い顔だったとか」
「が、外国人みたいな濃い顔って……もしかして」
梅津は、思わず頭を抱える。ゴリラみたいな体格で、濃い顔……そんな男、このあたりでは大介以外にいるとは思えない。
明日、店に来たらそれとなく聞いてみよう……などと思いつつ、フウと溜息を吐いた。
「このあたりには、まともな奴がいないのかい……」
・・・
その頃、大介は猫耳小僧や送り犬らと共に神社にいた。猫耳小僧と送り犬は、大介の持ってきた期限切れ寸前のパンを食べている。
「焼きそばパン、美味しいニャ!」
「美味しいワン!」
ふたりの喜びの声を聞き、大介も満足げに頷いた。
「そうか! 今日は弁当がなかったんだが……喜んでもらえて嬉しいぞ!」
そう言うと、大介は再び正拳アゴ打ちの練習を続ける。ちなみに正拳アゴ打ちとは、空手の基本の技であるが……説明が少々ややこしいので割愛する(どうしても知りたい方はググることを勧める)。
神社はいつものように、暑苦しくも微笑ましい空気に満ちていたが……不意に、その空気をぶち壊す者が現れる。
「た、助けてえ……」
下から、声が聞こえてきたのだ。明らかに、尋常ではない様子である。猫耳小僧と送り犬は顔を見合せ、大介も鍛練の手を止める。
「な、何かあったのかニャ?」
不安そうに言う猫耳小僧に、大介は首を捻る。
「わからん。俺が行ってみるから、お前らはここにいろ」
言った直後、大介は石段を降りて行った。すると、ひとりの男が倒れている。
「お前、大丈夫か」
言いながら、大介は男に近づいて行く。その男はラフな服装で、道路を這うようにして動いていた。まだ若く、大介と大して変わらない年齢だろう。
だが若者は、大介の姿を見るなり悲鳴を上げた。
「う、うわあぁぁ! もう許してえぇ」
叫びながら、尻餅をついた体勢で後ずさる。大介は面食らった。
「お、おい、ちょっと落ち着け。俺は何もしない。何があったのか説明しろ」
敵意はないことを示すため、両の手のひらを前に出し、近づいて行く大介。だが、若者は震えながら後ずさるばかりだ。
その状況を、さらに悪化させる者が乱入した。
「ちょっと! あんた聞いてるのかい!」
怒鳴りつける声は、いきなり現れた女から発せられたものである。長い黒髪、赤いコート、長身でグラマラスな体型……ただし、その口は耳元まで裂けていた。
その姿を見た時、若者は叫ぶ。
「ば、化け物だ!」
直後、若者は気絶した。
「誰が化け物だい。ま、妖怪なんだけどさ」
言いながら、口裂け女は若者を見下ろす。その時、大介が恐る恐る尋ねた。
「あ、あのう……クチサケさんは、こんなとこで何をしてたんですか?」
「えっ……」
「いや、こないだも真太郎を連れて来てくれたし……なんか最近、よく会いますね──」
「は、はあ!? た、ただの偶然だよ! べ、別にあんたの周りをうろうろしてたわけじゃないから!」
ムキになって言い返すが、口裂け女の顔は真っ赤である。まともな者なら、この態度に何かを感じたことだろう。
しかし、大介は残念な思考回路の持ち主である。ついでに鈍感でもある。どのくらい鈍感かというと、某ラノベのハーレムを作る主人公と同じくらいに鈍感なのである。
「そ、そうですか。偶然ですか。けど偶然でも、クチサケさんと会えるのは、とーっても嬉しいです!」
そう言って、濃い顔を近づけていく大介。口裂け女は、両手で思いきり突き飛ばした。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! こいつを助けてやるんじゃなかったのかい!」
「あ、そうでした。すみません」
そう言うと、大介は男を軽々と担ぎ上げる。
直後、恐ろしいスピードで走り出した──
「何をやってんだい、あいつは……」
呆れたような口調で、口裂け女は言った。しかし、大介の背中を見つめる彼女の眼差しは暖かい。まるで、我が子を見守る母のようだ……。
そんな彼女を見ている猫耳小僧は、とても困った顔をしていた。自身の猫耳をポリポリ掻きながら、独りで呟く。
「あいつらは、どっちもアホだニャ……」
一方、男を担いだ大介は──
「店長! 人が倒れてました! 助けてあげてください!」
喚くと同時に、大介はバイト先のコンビニへと入って行く……若者を担いだ状態で。
当然、店長の梅津は怒鳴り付けた。
「ちょ、ちょっとあんた! 何やってんの!」
「すみません! 人が倒れてるのを発見したものですから!」
「だ、だったらケータイで救急車を──」
言いかけて、梅津はハッとなった。この少年は今どき珍しく、ケータイを持っていないのである……履歴書に、そう書かれていた。
「そ、そうだったね……あんた、ケータイ持ってないんだよね。忘れてたよ。あんたにしては、よくやった方かもね」
呟くように言うと、梅津は電話で救急車を呼んだ。
やがて救急車が到着し、若者は病院に運ばれて行く。一方、大介は警官に事情を聞かれていた。
「じゃ、じゃあ君は、神社のそばで彼を見つけたんだね?」
「はい! そうであります!」
直立不動の姿勢で、海兵隊のような声で答える大介。さすがの警官も、リアクションに困っている。
「そ、そうか。ところで君、名前は?」
「はい! 大門大介、十六歳です! 番創高校の一年生です!」
「き、君は十六歳なのかい!?」
驚愕の表情を浮かべる警官に、大介は敬礼する。
「はい! そうであります!」
そんなやり取りを横で見ていた梅津は、思わず頭を抱えていた。この少年は、確か番長だと称していたはずだ。番長とは、一応は不良少年の頭目のはずだが……大介は、警官に対し反抗する気配がない。それどころか、警官に純粋なる敬意を持って接している。
「そ、そうか。ところで、君は神社で何をしていたんだい?」
「はい! 修行であります!」
「しゅ、修行おぉ?」
「はい! 常日頃より自らを律し戒め修行に励み、非常事には牙なき人を守れるような番長でありたいと──」
「う、うん、わかったよ。君は偉いね。うんうん」
なだめるかのように、警官は大介の肩をポンポンと叩いた。
「とにかく、君のお陰で助かったよ。協力、ありがとう」




