高速! 首なしライダー!
「ロースカツ弁当、美味しいニャ!」
役満神社のベンチに座り、美味しそうに弁当を食べる猫耳小僧。大門大介はその横で、気合いと共に大木に回し蹴りを叩きこんでいる。いつも通りの、平和(?)な光景だ。
ふたりの間には、暑苦しくも微笑ましい空気が漂っていたが……不意に、その空気をかき乱す騒音が響き渡る。ブンブンブブブンというバイクのエンジン音だ。
「なんだ? この辺りにも暴走族がいるのか?」
大介は回し蹴りの鍛練を止め、辺りを見回した。一方、猫耳小僧は顔をしかめる。
「違うニャ。あれは、妖怪の仕業ニャよ」
「よ、妖怪だとお? いったい──」
言葉の途中、爆音と共に現れた者がいた。
黒いヘルメット、黒い革のツナギ、黒く大型のハーレーダビットソン……その黒ずくめライダーは、稲妻のような勢いでバイクごと神社の石段をかけ上がり、大介たちの前で止まった。
「いったい何者だ!?」
バイクに乗った男に向かい、大介は吠えた。その巨体での咆哮は、妖怪も真っ青である。だが、相手は怯まず答える。
「俺は……首なしライダーだ!」
「く、くびなしらいだあだとお? なんだそれは?」
困惑する大介に、首なしライダーはガッツポーズをしてみせる。
「俺はな、ここいらじゃあ最速のバイク乗り妖怪だ! おい大介、てめえは最近、調子くれてるそうじゃねえか。だったら、俺とスピードで勝負してみねえか?」
あまりにも意味不明かつ強引なセリフである。常人なら、目が点になってしまうだろう。
しかし、大介は番長である(あくまでも自称だが)。番長たる者、売られた勝負は買わなくてならないと思いこんでいる。
「んだと! 上等だぁ! なんだか知らんが、勝負してやろうじゃねえか!」
即答する大介だったが、猫耳小僧が腕を引っ張る。
「だ、大介、あれを相手にしちゃ駄目ニャよ。あれは、暴走族が妖怪になった恐ろしい奴だニャ」
「バカ野郎! 俺は、売られた勝負から逃げたりしない!」
小僧に怒鳴った後、首なしライダーの方を向いた。
「いつ、どこで勝負するんだ?」
「ほう、さすが番長というだけのことはある。では明後日の深夜二時、天驚山のふもとにて待つ」
「上等だあ! やってやるぜ!」
怒鳴る大介に、首なしライダーな不敵な笑い声を返した。
「フッフッフ、面白い奴だな。ちなみに、負けた方が勝った方の言うことを聞く……それが条件だ。それでも、やるのかい?」
首なしライダーの問いに、大介はまたしても即答する。
「当たり前じゃねえか! やってやるぜ!」
「そうかい。じゃあ、楽しみにしてるぜ」
直後、首なしライダーは爆音と共に去って行った──
「大介……念のため聞くけど、バイクは持ってるのかニャ?」
恐る恐る、といった様子で尋ねる猫耳小僧だったが、大介は胸を張って答える。
「もちろん持ってない!」
「えっ、えええと……じゃ、じゃあ、バイクを借りるのかニャ?」
「いいや、俺は無免許だ。バイクは運転できない」
またしても、胸を張って即答した。すると、猫耳小僧が飛び上がる。
「ニャニャニャ!? だったら、どうやって勝負するニャ?」
「決まってるだろうが。あそこにある、俺の愛車で勝負だ」
言いながら、大介が指差したのは……いつも彼が乗っているママチャリであった。
「ニャニャニャ!? あ、あんなんで勝てるわけないニャ!」
「大丈夫だ。必ず最後に俺は勝つ!」
自信満々な表情で言ってのけた大介に、猫耳小僧はため息を吐いた。
「お前は、本当に凄い奴だニャ。その自信は、どこから生まれるのかニャ……」
そして、勝負の日が来たのだが──
「お、お前は首がなかったのかあ!?」
深夜二時、天驚山のふもとにて大介は叫んでいた。
前回に会った時、首なしライダーはヘルメットらしきものを着けていたのだが……今は違う。本来なら頭のある位置には何もなく、首から下は普通の人間と同じ体が動いている。
「いや、だから首なしライダーだって名乗ったニャよ……」
呆れたような口調で言ったのは、猫耳小僧である。なんやかんや言っても、大介が心配で付いて来てしまったのだ。
「い、いや……クビナシが名字で、名前がライダーのクビナシ・ライダーかと思ったんだよ」
大介は真顔で、そんなことを言った。
その時、一匹の犬がどこからともなく現れる。体は大きく子牛ほどの大きさがあり、全身が白い毛に覆われていた。
その犬はとことこ歩いて来たかと思うと、大介と首なしライダーのちょうど間にて立ち止まった。
「な、なんだこいつは?」
尋ねる大介に、犬はすました表情で答える。
「僕は妖怪・送り犬なんだワン。今日は、この勝負の立会犬として来たワン。ところで……」
送り犬はそこで言葉を止め、まじまじと自転車を見つめた。
「お前、本当に自転車で勝負する気かワン?」
「あ、当たり前だ!」
「そうかワン……さすが番長、大した奴だワン」
感心したように、送り犬は呟いた。だが、首なしライダーは人差し指を軽く振って見せる。
「悪いけどな、俺はチャリンコ相手でも容赦しねえぞ。全力でブッチ切ってやるからな」
続いて送り犬が、すました表情で語る。
「この峠道を四十キロくらい行くと、満貫神社という寂れた小さな神社があるんだワン。先にそちらに着いた方の勝ちだワン」
そう言うと、送り犬は両者を交互に見つめる。
「用意は、いいかワン?」
「もちろんだ!」
「ああ!」
大介と首なしライダーは、同時に答える。送り犬は頷いた。
「では、用意……」
その言葉と同時に、大介はママチャリのペダルを踏む。
「スタートだワン!」
その声とほぼ同時に、首なしライダーのバイクがブッ飛んで行く。遅れて、大介のママチャリも走って行った──
大介は、凄まじい勢いでママチャリを漕ぐ。常人には有り得ない脚力、そして持久力だ。その速度は、時速にして四十キロは出ていただろう。
だが、その脚力の強さが災いした。途中、ブチンと音が鳴る。と同時に、大介は異変を感じママチャリを止める。
直後、大介は叫んだ。
「な、なんじゃこりゃ!」
なんと、大介の乗ったママチャリのチェーンが切れていたのだ。チェーンは目の前でぼろりと落ち、大介は唖然とした表情で立ち止まる。
その時、送り犬が猛スピードで走って来た。その上には、猫耳小僧がおぶさっている。
チェーンの切れたママチャリを見た猫耳小僧は、半ば安心したような様子で大介に言う。
「大介、これじゃレースにならないニャ。仕方ないから、今日の勝負は負けということで──」
「バ、バカ野郎! まだ勝負は終わってねえ!」
怒鳴ると同時に、大介はママチャリを軽々と持ち上げる。
しかも、ぶっ壊れたママチャリを担ぎ上げたまま走り出したのだ──
「お、お前は何を考えてるニャ! もう勝負はついてるニャ! お前の負けだニャ! だったら、無駄なことはやめるニャ! ケガしたらどうするニャ!」
叫ぶ猫耳小僧。さらに、送り犬までもが心配そうに声をかける。
「もう無理だワン。首なしライダーは、時速二百キロで峠を走破できるんだワン。お前がどんなに頑張っても、追いつけないんだワン──」
「バカ野郎!」
いきなり立ち止まったかと思うと、大介は怒鳴り付ける。その顔は、怒りで真っ赤になっていた。
「ど、どうしたんだワン? なぜ怒るんだワン?」
戸惑う送り犬を、大介は睨み付けた。
「俺はな、こいつに言ったんだ……勝負をなめるな、とな! 俺は、自分の吐いた言葉に責任を取らなきゃならないんだ! 勝ち目がないからって勝負を投げてちゃ、俺はこの猫耳小僧に申し訳ないんだ!」
言いながら、大介は猫耳小僧を指差した。しかし、当の猫耳小僧はただただ困惑するばかりだ。
「い、いや、確かにそう言われたのは覚えてるけどニャ。でも、それとこれとは別ニャよ……」
そっと囁く。だが、大介は気づいていない。自転車を担いだまま、熱い表情で送り犬に語りかける。
「いいか! 勝てる勝てないじゃないんだ! 今、俺は最後まで闘い抜かなきゃならないんだ! 勝負を投げちゃいけない……それを身をもって、猫耳小僧に教えなきゃいけないんだよ! でなきゃ、俺は嘘つきになっちまうんだ!」
「だ、だけど、自転車は担がなくてもいいワン……」
「バカ野郎! これはマラソンじゃねえんだ! レースなんだよ! 俺の愛車と一緒にゴールしなきゃ、勝負は成立しねえ!」
訳のわからんことを叫んだ直後、大介は再び走り出す。だが、そのスピードは遅い。
その時、何者かが驚異的なスピードで走って来た。赤いコート、長い黒髪、美しい顔の女……だが、その口は裂けていた。
もはや説明の必要もない、口裂け女である。
「ク、クチサケさん?」
思わず立ち止まる大介に、口裂け女は凄まじい形相で怒鳴りつける。
「こんなとこで何やってるんだい! まだ勝負の最中じゃないか! さっさと行きな!」
「は、はい?」
「はい、じゃないよ! まだ勝負は終わってないんだろうが! だったら行きな! 全力で闘って来るんだよ! どうなろうが、あたしは見守ってるから!」
口裂け女は、そこで言葉を止めた。大介はと言えば、壊れたママチャリを担いだ姿でワナワナ震えている。その目には、涙が溢れていた。
すると、口裂け女は峠を指差した。
「さあ、前に進むんだよ! 負けたら、あたしがきっちり骨を拾ってやるから!」
「わ、わかりました! 行ってきます!」
「その意気だよ! あたしも見守ってるから! 根性見せてみな大介!」
その言葉に、大介は再び歩き出す。
少し遅れて、口裂け女と送り犬が付いて行く。
さらに遅れて、猫耳小僧が首を傾げながら歩いて行く。
「あいつら、言ってることが無茶苦茶だニャ……それとも、おかしいのは俺なのかニャ?」
ブツブツ言いながらも、お人よしの猫耳小僧は付いて行くのであった。
その頃、峠の先にある満貫神社では、首なしライダーがバイクを止めてくつろいでいた。彼は人知を超越した妖怪のはずなのだが、バイクを飛ばせば少しは疲れるらしい。
「大介の奴、口ほどにもない。まあ、チャリンコじゃあ仕方ねえやな。これじゃあ、いつになったら来るか分からんぞ」
そんなことを言いながらも、首なしライダーはじっと待っていた。この男、自身の勝利を確信している。後は、へろへろになった大介の目の前で勝利の瞬間を見せつけてやる……首なしライダーは、そういうちょっと性格の悪い一面があった。
やがて夜が明けて空に陽が昇り、周囲が明るくなってきた時だった。
大介が、ついに到着したのだ。体は汗だくで、リーゼントの髪はぐしゃぐしゃだ。チェーンのちぎれたママチャリを担ぎながら、『走れメロス』の主人公メロスも真っ青の形相でこちらに走り……いや、歩いて来ている──
「お前、歩いて来たのか?」
唖然となる首なしライダー。もっとも彼に顔はないので、声や仕草から判断するしかないのだが。
「首なしライダー……俺は、俺はまだ勝負を捨ててねえぞ……」
息も絶え絶えな様子で言葉を返し、大介は神社の石段を上がって行く。その後ろから、口裂け女と送り犬が叫んだ。
「行くんだよ大介! ゴールはもう少しだよ!」
「そうだワン! 頑張るんだワン!」
涙を浮かべて大介の後を付いて行くふたり(?)に続き、猫耳小僧が釈然としない様子で歩いて来る。
「みんな、おかしいニャ。それとも、間違っているのは俺の方なのかニャ……」
ブツブツ言いながらも、熱血野郎たちに律儀に付き合っている。すると、彼らに感化されたように、首なしライダーも一緒になって歩いて行く。
「大介! 負けるんじゃないよ! 最後まで歩き抜くんだ!」
「そうだワン! ゴールは近づいてるワン!」
口裂け女と送り犬の言葉に押されるように、大介はよろよろしながらも石段を上がっていく。四十キロ近い距離を、ママチャリを担ぎ走っているのだ。既に足はボロボロであり、全身を疲労が蝕んでいる。
それでも、大介は進んで行く。番長である以上、勝負は最後までやり遂げなくてはならないのだ。
しかも、親友である猫耳小僧が見ている。口裂け女や送り犬も、エールを送ってくれている。番長たる者、彼らの前で無様な姿は見せられない……その一念が、彼の両足を支えていたのだ。
やがて、大介は満貫神社へと辿り着いた。荒い息を吐いてしゃがみこむ。
少しの間を置き、顔を上げた。
「首なしライダー、この勝負は俺の負けだ。何でも言うことを聞いてやる」
「その前に、ひとつ質問がある。お前、負けを宣言するためだけに来たのかよ? わざわざ自転車を担いで、四十キロの道を走ったのか?」
その問いに、大介は悔しそうな顔で頷いた。
「そうだ」
「お前、バカなのか……それとも、アホなのか?」
呆れたような口調の首なしライダーに、大介は苛ついた表情で怒鳴った。
「余計なお世話だ! それより、さっさと言え! 俺は何をすればいい!」
その言葉に、首なしライダーの動きが止まった。周囲の者たちは、固唾を飲んで様子を見守る。何せ、首なしライダーには顔がない。したがって、考えが読みづらいのである。
ややあって、首なしライダーは語り出した。
「本当に、俺の言うことを何でも聞くんだな?」
「男に二言はない!」
「男に二言はない、か。懐かしいセリフだぜ。まさか今の時代に聞けるとはな」
そう言うと、首なしライダーは右手を差し出してきた。
「じゃあ、言うことを聞いてもらう。俺とお前とは、今日からマブダチだ」
すると、大介の表情が硬直した。やがて、困惑したような顔つきへと変わっていく。
「ま、まぶだちって……何だ?」
「はあ!? マブダチも知らねえのか! てめえはバカなのか!? それともアホなのか!?」
怒鳴る首なしライダー。その場で地団駄を踏んでいる派手なリアクションから察するに、かなり怒っているらしい。
それを見た猫耳小僧は、呆れたように首を振った。
「アホは、お前の方だニャ。今どきの高校生である大介に、マブダチだなんて言ったって通じるわけないニャよ……」
そう小声で呟いたが、もちろん首なしライダーは聞いていない。
すると今度は、送り犬が間に入った。
「大介、マブダチというのは……まあ簡単に言うなら、友だちのことだワン。首なしライダーは、お前と友だちになりたいんだワン」
「そ、そうなのか?」
しゃがんだまま、首なしライダーを見上げる大介。するとライダーは手を伸ばし、大介の手を掴んだ。
そのまま、一気に引き上げ立ち上がらせる。
「お前は言ったよな、負けたら何でも言うことを聞くと。だったら、お前には今日から、俺のマブダチ兼ライバルになってもらうぜ。いいな?」
「えっ……」
「嫌だ、とは言わせねえぞ。なんたって、俺はお前とのレースに勝ったんだからな!」
そう言うと、首なしライダーは笑った……とはいっても、当然ながら笑顔は見せられない。ただ、笑い声は聞こえてきた。
その声につられて、大介も笑う。すると、それを見ていた口裂け女や送り犬も笑い出した。
ただし、猫耳小僧だけは笑っていない。彼は相変わらず、釈然としない様子で首を傾げている。
「なんで、みんな笑ってるのかニャ。俺がおかしいのかニャ……」
・・・
翌日の夜、大介と猫耳小僧はいつもと同じく役満神社にいた。猫耳小僧はベンチに座り弁当を頬張り、大介はその横で汗だくになりながらスクワットをしている。
さらに、今夜は送り犬も加わっていた。猫耳小僧から、時おり弁当のおかずを分けてもらっているのだ。
「チキンカツ弁当、美味しいニャ!」
「美味しいワン!」
ふたりの言葉に、大介はいったんスクワットを止めた。嬉しそうな表情でふたりを見つめる。
「そうか! だったら、今度はふたつもらって来てやるぞ!」
「ありがとニャ!」
「嬉しいワン!」
妖怪たちの言葉を聞き、ニコニコしながらスクワットを再開する。だいぶ暑苦しい光景である。
その時、送り犬が猫耳小僧をつついた。
「ところで猫耳、あいつは何をやってるワン?」
小声で言いながら、ちらちらと後方の大木を見る。
猫耳小僧はため息を吐いた。そこに何者がいるのかは、見なくても分かっている。
「あれは口裂け女だニャ。あいつは、いっつも隠れて見てるんだニャ」
「何で、隠れて見てるんだワン? 出て来ればいいんだワン」
「さあ、俺にはわけわからんニャ。あれじゃあ、ストーカーだニャ……」