スーツ最終話(大井建設会長室に盗聴器)
最終話
順子へ。
これを読んでいると言うことは、既に、私はこの世にいないのだろう。
もし私に何かあったら、約束通りに一通は君あて。
もう一通は「週刊月光」に送ってくれ。
気の重くなるお願いだね。
本当にすまない。
この世に生を受けてからこんなに残念な思いに駆られるとは。
徹君とは、親父さんの頃からに付き合いだから。
彼が幹事長になった時の驚きと喜びは筆舌にし難かった。
やっとの思いで建設に着工した「土狩原発」だったが、再稼働と交付金を使っての体育館工事に対して私は命を掛けて反対した。
いくら原発に頼った政策が時代遅れと申し上げても徹君は首を縦には振らない。
柏原で原発を作ったころが昨日の事の様に思えてしょうがない。
当時は、地元の漁業連盟や農業団体の強い反発があったが、二人で相手方と膝を交えて、時には身銭を切り、なんとか着工にこぎつけた。
だが今は、再生可能エネルギーを主軸とした概念が世界中にはびこっている。
もう原子力に頼ってはいけない。
幾度も徹君と話し合ったが埒が明かない。
これから、若手の秘書「柴門」君にあってくる。
彼は徹君の言いなりになっている。
説得するのはおそらく無理な話。
柴門君は徹君にマインドコントロールされている状態。
命がけで徹君の指示に従う。
たぶん、生きて君に会えない。
順子、忙しさを言い訳にして、君とは旅行さえいけなかったね。
本当にすまない。
美智をどうか、どうか、よろしく頼む。
「週刊月光」にも同様の内容が記された手紙が送られてきた。
送り主は八神徹幹事長の第一秘書である、道浦公氏の妻、順子さんからであろう。
手紙には彼女の指紋が多数付着していた。
彼女は、おそらく道浦さんの自筆の手紙を投函後、自宅で首を吊った状態で見つかった。
発見者は一人娘の美智さんだった。
岡崎巡査証言
あの日は、ともかく暑かったと記憶しております。
前日から,かん口令が引かれていて、上司からはともかく一早く道浦氏のご遺体を探せとの命令でした。
私と、高橋巡査はパトロールの形をとり、前日の夜から探し回っていた折、翌日の早朝、「残間道郎と名乗る人物から人が倒れている」との通報があったと知らせを受けました。
高橋巡査と共に現地に赴きスマホで送られてきた、道浦公氏の写真と同一人物と確信いたしました。
運良く、まだ誰の目にもふれられておらず、残間さんも倒れてしまいました。
しかし、私は残間さんになぜか「残念ながら貴方の見つけた方はもうなくなっています。」
こんな内容を伝えた記憶があります。
その返答を受けて彼は倒れてしまったのかもしれません。
おそらく私自身の罪の意識、道浦公さんのご遺体を隠せとの命令に対し、抵抗したのだと思います。
見た感じ、残間さんは正義感が強い方とお見受けいたしました。
彼にかけてみた。
この方なら、真実にたどり着いてくれるかも知れないと。
それが功を奏しました。
やはり彼は疑問を感じ私共の寺尾中央交番まで当日の事情を聞きにやってこられました。
私の直観は当たったのです。
残間さんが倒れて救急車がやってきました。
高橋巡査は自身が乗って来たパトカーで救急車と共に近くの病院に直行。
警視庁からも鑑識官がやって来て、なんとか人払いに成功しました。
周囲の人々が倒れこんだ残間道郎さんに気を取られている内に高橋巡査と鑑識官の富山さんとで隠すようにもう一台のパトロールカーに道浦さんのご遺体を運び込みました。
そして命令通りに富山鑑識官と共に東京湾に道浦さんのご遺体を遺棄致しました。
時間が無かったので錘等で沈めるのは不可能でした。
その後の事は全く分かりません。
ともかく一早く、道浦さんのご遺体を探し出し、東京湾に遺棄すれとの上からの指示に従っただけです。
それ以上でもそれ以下でもなかったです。
それが正しい行いであったかなど、巡査の考える事ではないと私個人の考えです。
以上、事件当日に私共が行った事の全てです。
別室での高橋巡査に対する事情聴取も全く同じだった。
柴門学(自由の党現幹事長八神徹氏秘書)の証言
あの日は5月中旬にしては暑かった記憶があります。
辺りが静まってくる午後9時過ぎ、携帯で道浦公さんを呼び出しました。
道浦さんがご遺体で発見された寺尾第二公園のあの木陰で二人で話し合いました。
道浦さんは第一秘書、私の上司にあたります。
がどうしても伝えたかった。
なんとか土狩原発の再稼働を辞めていただきたい。
そして、地元の大井建設に原発交付金を使っての体育館建設を止めて欲しいと。
しかし、道浦さんは頑なに拒否し、八神氏を説得して欲しい。
是非、地元大井建設の手で体育館建設に着工して頂きたいと。
話は平行線、埒が明かなかった私は次第に追い詰められていました。
道浦さんが「もう、話しても無駄だね。」
と仰って、踵を返し後ろに振り向いたとき思わず近くにあった重石程度の大きさの石で道浦公さんの後頭部を一撃してしまいました。
その後、道浦さんの呼吸が止まっているのを確認してご遺体をそのままにし、私はその場を離れました。
道浦さんをこの手にかけてしまったことは誰にも話していません。
八神先生は御存知無いです。
いえ、絶対に知りません。
柴門学被告の証言は今回の事件は八神徹氏は全く関係ない。
自身の個人的な気持ちでやったの一点張り。
ましてや、八神氏は今回の原発交付金での入札事件には一切関係ない。
第一秘書である道浦公さんが勝手にやったこと。
完全に道浦さんが「週刊月光」に送った自筆の手紙の内容とは反対の証言だった。
また、道浦公さんのご遺体を解剖した医師の一人T氏の後頭部に陥没があったとの証言とも一致。
今回の土狩原発交付金を使っての入札疑惑は第一秘書である道浦公さん独断での犯行。
それを阻止しようとした柴門学被告が思い余って、道浦の後頭部を近くにあった石で殴った、単独犯行で終了した。
晴れて、入札疑惑に対し事実無根が証明された八神徹氏は、次回総裁選に立候補した。
そんな折、「週刊月光」にUSBメモリーが届けられた。
中身は音声ファイル。
大井建設会長と八神氏との会話が入っていた。
「八神先生、今回の入札価格事前に報告頂きありがとうございます。
7千万は道浦公さん経由という形で先生の懐に入ります。」
「分かりました。今度帰郷の際、また飲みましょう。」
「承知いたしました。お会いできるのを楽しみに致しております。」
後に福潟県警の調べで大井建設会長室内に備え付けてあるテレビのソケットに盗聴器が仕掛けられていたことが判明。
そのまま、八神徹氏逮捕に至った。
悪が蔓延る事は無い???
このミステリーは全てフィクションです。
登場人物、会社名も作者の作ったものです。