スーツ第二話(記憶という名のカードで真実に辿りつけるか?)
第二話
翌日のMRI、CT両検査異常なし。
十条タケシ医院長の診断は、やはり、かなりの疲れがあったようで春先でもありその日は日中の気温が異常気象の為か25度を超えていたので寒暖差アレルギーとの診断が下される。
水分補給とビタミンを含んだ食品を多めにとる事を推奨されるに至っただけ。
投薬治療等の必要なし。
ようは、ただの疲れで健康体そのもの。
言われてみれば、連日、日本初、国産ワクチンの開発やら治療薬の治験の確認等に追われていて、睡眠時間も十分に取れないありさま。
それに加えて、恥ずかしながら35歳に至る今でも独身の一人暮らしで食事はほとんどウーバーイーツで済ませている。
今回は食生活の大切さをいやというほど感じさせられた。
「嫁さんもらわなきゃーな!」
独身が深刻な問題になりそうで怖い。
それにしても、昨日の出来事はいったい何だったんだろう。
「貴方が発見された方は亡くなられていました。」
テレビ番組なんかでよく見る鑑識係が担いでいる鞄を持った人が警官に耳打ちしていたはず。
この耳が聞いたんだ。
「貴方が発見された方はどうやら亡くなられたようです。」って。
でも、中年のベテラン看護師柳井さんや若手の冨里さんや医院長でさえ、貴方が第二公園で倒れているとの通報で警官と一緒に救急車で運ばれたとの話のみ。
俺が見た上等なスーツとピカピカに磨かれた靴を履いていて木陰で横たわっていた人はどうなったんだろう。
薄っすらだが、白髪で七三にキレイな分かれている頭頂部、品のよさそうな顔立ち。
今でも思い出せる。
やばい、また、頭の中がぐるぐる回ってくるようで。
唐突に隣りのベッドから声が聞こえる。
ICUから一般病棟に移っていた。
「あんちゃん、どうしたんだい。昨日警察と一緒に来たんだろ。なんかやばい事やったんかい。に、しちゃー、まともそうだね。あんちゃん。」
あの初老の男性と同じくらいの年だろうか。
「噂になってたんだぜ。やけに騒がしかったから。俺の苦手な警察と一緒に救急車に乗って来たんだろ。」
もう、噂になっているのか。
暇人ばかりだからか、やけに親しそうに話しかけてくる。
「おれは外壁工事の最中屋根から落っこちた死にぞこないだ。だけど、あんちゃん、神様っているんかね?たまたま、駐車場の屋根の上に落っこちて、生きているってこっちゃ。」
やけに親しそうで少しうざく感じたが、仕方ない、話し相手探しているだろう。「近くの第二公園でウオーキング途中倒れたらしく見かけた方の通報で来たんです。貴方は、どのくらい入院してるんですか?」
「肋骨にひびが入ったくらいで一週間の安静で明日、退院だよ。」
「そうですか、ぼくも明日退院です。」
「そうかい、あんちゃんも晴れて出所かい。あははは。」
笑い事じゃない。
思ったが、言葉を抑えた。
あ、この人なら知っているかもしれない。
「あのーすいませんが、昨日、この病院近くの第二公園でだれか亡くなったでしょう?そんなニュース聞いたでしょう?」
「あんちゃん、頭打っていないよな。暇でずーっとテレビ見てたけどそんな話なかったよ。ホント大丈夫かい。」
「いえ、すいません余計な事お聞きしてしまい。」
「あんちゃん、きっと疲れてるんだよ、休むんだね。人生一度っきりだよ。今回俺はいやというほどそれ感じたんだからさ。」
人生一度っきりだったらあの人の人生は何だったんだろうか。
いや、きっと俺の思い違いだ。
柳井さんも冨里さんも、十条タケシ医院長も嘘言ってるように見えなかったから。
疲れだな、きっと。
俺は自分に言い聞かせていた。
翌日、晴れて出所?になったが、第二公園での事に納得した訳ではない。
ともかく、ニュースや新聞、ネットなんでもいい、情報が欲しい。
いろいろと調べはしたが、やはり、そのような情報は無かった。
何故か、会社で仲の良い人事部の佐野さん(親父の代からの社員さんだ)にあれこれ聞いたりしたが、やはりそのような事件は聞いていないとの事。
こんな話は社内でも信用出来る人物以外には無理。
やはり、勘違いか。
社内でも俺の倒れた事件?は噂になっていて、あちこちで「大丈夫でしたか」
聞いて来るたびに答えるのが少々億劫になっていた矢先にその事件は起こった。
連日の忙しさで家に帰れず一人、社長室で夕飯の宅配カレーを食べていると、思わず持っているスプーンを落としそうになった。
「今日、東京湾で水死体が上がりました。着衣や持ち物から、自由の党幹事長八神徹氏の第一秘書、道浦公さん65歳と断定。警察は事件、事故両面からの捜査を行う予定…。」
アナウンサーの声がかすれて聞こえる。
映し出された写真はあの人そのもの。
記憶の中のあの人物そのもの。
遠目でしか見てないし、恥ずかしながら倒れちまったから、でも、確信がある。
まさにあの品のよさそうな顔立ち、白髪だが七三に整えられた頭頂部、初老の男性がテレビのニュースに映し出されている。
自由の党幹事長八神氏の第一秘書、そんなえらい人物だったとは、夢にも思わなかった。
どおりで出来の良いスーツを着ていて、ピカピカに光るよく磨いてある革靴履いていた訳だわ。
妙に納得していたが、そんな場合じゃない。
警察に連絡しなくちゃいけない。
しかし、なんで東京湾で水死体として発見されたんだろう。
おかしいじゃないか。
しかも、あの時いた警官や鑑識用であろうバッグを待った人物3人とも俺に嘘ついてた事になるよな?
奇妙過ぎる。
だが、しかし、国民の義務、警察に連絡しなくてはいけない。
気が付くと俺はスマホで110番していた。
通報者の常だろうか、警察は組織で動いているとつくづく感じる。
氏名、年齢、職業、前回と同様に聞かれて、もう、正直どうでもよく感じた自分を恥じる。
電話先の警察関係者は俺の話を全く信じていない様に感じ、少し腹が立ってきた。
「本当に第二公園で道浦さんの遺体を見たんですか?貴方酔っぱらっていたんじゃありませんか?」
「何を仰っているんですか、私は道浦さんが河原の近く、第二公園の木陰で横たわっているのを見て、自ら市民の義務で、通報したんですよ!少し失礼な言い方ではありませんか。」
あまりの物言いに腹立ちが止まらん。
「その時に二人の警察の方と一緒にテレビでよく見る鑑識の鞄を持った人、三人とその現場で合っているんですよ。あ、そうだ、あの時の三人の方々に合わせてくださいよ。そしたら、私が本当のこと言っているのが分かりますよ。」
「残間道郎さんと仰いましたよね。今、係の者がお調べしましたら、先日、貴方が、第二公園で倒れているのを見つけた方が救急車を呼んでくれて、一応事件性が無いか、警察にも通報してくれたんですよ。逆じゃ無いんですか?」
「どなたが、そんな嘘を言っているんですか?」
「どなたの通報かは、個人情報で言えないんですよ、残間さん。」
昨今の物騒な世の中ではさもありなん。
妙に納得した。
が、絶対にテレビで映っていたあの初老の男性は、木陰で横たわっていた人。
俺は一歩も引く気になれない。
こんな言い争いは無意味にしか思えんが。
「明日、警視庁迄言って説明させてもらいますが良いですか。」
「近くの交番で十分ですよ、残間道郎さん。」
やや、呆れた声で電話先の警官が言った。
「はい、分かりました。第二公園に一番近い寺尾中央交番に出頭致します。」
嫌味を言ってやったら少しすっきりした。
「分かりました。駐在している警官に伝えておきます。」
「じゃ、明日寺尾中央交番に行きます。」
そんなやり取りが行われていたが、まさか、こんな事件にまで発展するとは。
その当時には想像もつかなかった。