93.ふわふわ大戦争
それから3日後。
アッシュはギルド長に招集されたため、いつものようにギルド長室にいた。
部屋の中には、ギルド長のプラス、後輩のティゼット。
それともう一人、良く見知った人物がいた。
「あっ、ハリスさん!」
アッシュがいち早く名前を呼んだ。
まるで10歳の子供のように執事服のおじさんに挨拶した。
「ええ、お久しぶりですアッシュさん。フッ、実に、4年ぶりですね」
ハリスは目をキラーン☆とさせて深々とお辞儀する
「なにをおっしゃるのさ。毎年お見舞いに来てたし、最近だってそうさ」
「いえいえ、あれはノーカウントですよ。残念ながら全てノーカンです」
病室以外でアッシュと会ったのは、実に4年ぶり。
万年筆を渡したお別れの日以来だった。
なので、この執事は年甲斐にもなくはしゃいでいる
「エリーさんからお聞きしました、教育課程を無事修了させたそうで。素晴らしい、これで大人の仲間入りですね」
「あっ、そういえばまだ言ってなかったっけ。ゴメン、ハリス先生には一番に報告するべきだったさ」
「ええ全くです、まだ爪が甘いですね。ハハハハ!」
前々回のヴァリアード襲撃で、ファーマ=ダストリラの空爆に晒されて負傷したハリス=ハロウズ。
彼はエリーの治療によって完治した。
おかげで病室から退会できたので、今日から前線に復帰するそうだ。
「なら退会のお祝いしないと、今夜プラスの家にお邪魔するさ!」
「ほう、それはそれは。今から楽しみです」
教師と教え子が笑い続ける。紳士の笑いだ。
「──コホン」
そんな男たちに呆れた家主のプラス。
彼女がわざとらしく咳払いした。
多忙なのでさっそく本題に映る。
「アンタたちを呼んだ理由は他でもない、クロスオーブについてよ」
持ち主がいなくなったため、今回新しく決めたいそうだ。
なので、候補であるハリス、ティゼット、アッシュの3人の野郎共を呼び出した
「別に決めなくていいだろ、そんなのさ」
アッシュがお口を挟む。
必要な時に必要な人が使えばいい。
一々決める意味が分からないと言って反発した。
「はあ……」
またいつもの屁理屈か、プラスは眉を細める。
「なんでため息を吐くのさ」
「言い方が悪かったわね、ならこうしましょう。普段誰が持っておくか、それについてお話しましょうか」
「う~ん、プラスでよくないか? 一応ここの最高責任者だしさ」
ティゼットもコクコクと首を縦に振る。
先輩の素晴らしい意見に賛成している。
「お嬢さ──いえ、ギルド長はここを離れるわけに行きません」
しかし、執事──いや、ギルド長の側近であるハリスは言う。
またいつゲリードマンたちが襲撃に来るか分からない。
だからそうなった時に、指揮できる者がいないと大変困る。
それができるのは、現状、プラスしかいない。
あと、ギルド長がいないと皆不安がって、日々の業務に支障が出てしまう。
「ちなみに側近である自分もここを離れることはできません、良かったですね」
と、ちゃっかり断りまで入れてきた。
元々クロスオーブを持たせたゴーを、中央教区に派遣させる予定だった。
しかし、決まった直後に殉職してしまった。
なので急遽代わりの者が必要になった。
「だけどハリスはこの通り口を曲げないの。悪いけど2人のどちらかにするわ、で、どっちがいいかしら?」
「どっちって、いきなりそんな」
アッシュとティゼットは顔を見合った。
遠慮しているのか、はたまた臆したのか、どちらも名乗り出る様子はない。
それとも最近の若い子は、神様の白物とかに興味がないのだろうか。
「別にオレたちの中からじゃなくてもさ、中央の人でも良くないか?」
アッシュは当然の疑問を投げかけた。
ここに誰もいないのなら中央のハンターに渡せばいい。
むしろ必要なのはあっちの方だろうと。
「それが、教王が遠慮しちゃってるのよね……」
「……は? どういうことさ?」
アッシュから唖然とした声が出る。
「まあ、そうなるわね……はあ、なんだか頭痛がしてきたわ。ゴメンなさいハリス、代わりに説明してくれないかしら」
「ええ、承知しました」
お疲れのお嬢様の代わりにハリスが説明する。
実は一度、こちらからクロスオーブの話を持ちかけたのだが、教王から速攻で断れたそうだ。
なんでも、そちらがわざわざ苦労して取ってきた物を簡単に受け取るわけにはいかない。
ましてや使わせて頂くなんて尚更だ。
だからギルドの者か、直接取って来た者が使ってくれと。
ただし、増援はしっかり寄越せと言うのだ。
プラスは頭を悩ませる。
「変なところで謙虚なのよね、ジャックおじさんって」
「えぇ……」
これにはアッシュも引いてしまった。
隣のティゼットも同意見だ。
しかし、この国は一番偉いのは、そのジャックおじさんである。
だから従うしかない。
「そういうわけだから、2人のどちらかにお願いしたいの。わたしとしてはアンタが良いと思ってるんだけど」
と言ってアッシュに目を向けた。
「…………」
アッシュは露骨に嫌そうな顔をした。
絶対に嫌だと目で訴えている。
──バチッ! バチバチバチッ!
そして、譲れないバトルが、今幕を開けた。
「そもそも取って来たのはアンタだし、適任だと思うのよね」
先行はプラス。
ティゼットも静かに頷く。相応しいと言っている。
「命令したのはそっちだろ、なに言ってるのさ」
「前から中央に行きたいって言ってたわよね?」
「状況が違う。それにクロスオーブの持ち主になるくらいなら、行かない方が全然マシさ」
「強情だこと、今度またメイドさんになってあげるから」
「なんで味を占めてるのさ、なりたいなら勝手にすればいいさ」
「ねっ?」
「フンッ!」
両者一歩たりも遅れは取らない。
少しでもスキを見せると、そこを皮切りに一瞬で崩されてしまう。
互いにそのことを理解し、決して引き下がろうとしなかった。
「それにあの子、ヘルナもあなたが良いって──」
「──チッ」
「あっ……これは禁句だったわね」
プラスがわざとらしくお口を押さえた。
──あれからアッシュとヘルナは、依然としてギクシャクしていた。
と言ってもアッシュの一方的なものではあるが。
ここは最近は特に顕著で、今の2人はふわふわを巡って対立関係にある。
まずヘルナが相手の部屋に侵入してふわふわを奪う。
それに気づいたアッシュが取返しにくる。
すると、案の定またヘルナが……。
そんなことをもう三日ほど繰り返していた。
これは、のちに後世まで語り継がれる、”ふわふわ大戦争”である。
現在は、アッシュがプラスの家にふわふわを隔離しているため冷戦状態だ。
「とにかく! 絶対! ぜーったい嫌だからな!」
アッシュは断固拒否する。
まるで駄々をこねる10歳の子供のようだ。
「はあ……分かったわよ……」
こうなったら引き下がらないのがアッシュだ。
終いにはお姉さんであるプラスの方が折れてしまう
「それならティゼット、もうあなたで良いかしら?」
ティゼットは突っ立たまま茫然とするが、
「……っ⁉」
アッシュがキッと睨みつけてきた。
いつものようにウンウン頷けと目で脅迫している。
なので、たまらずコクッてしまった。
「決まりね。それじゃティゼット、頼んだわよ」
これにて作戦会議は終了だ。
「やっと終わった、ちょっと毛布が心配だから見てくるさ」
外せない用がある。
アッシュは急いで部屋を後にした。
バタン……。
「やはりまだお若いですね、昔のお嬢様を思い出します」
「そう? わたしってあんなに荒れてたかしら?」
「ええ、それはそれはもう……」
ハリスは昔の辛い記憶が蘇り、涙が出そうになる。
同時に、やんちゃしてた若かりし頃の自分と重なって見えてしまい、少々感慨深くなった。
ただの思い出補正だ。
──アッシュは廊下を早歩きで進む。
一刻も早くふわふわの安否を確認したいのだ。
「……っ!」
そんな急ぎ足の少年の顔が途端に険しくなる。
前方から敵対する憎き相手、ヘルナの姿が見えたからだ。
「……っ!」
ヘルナも相手の存在に気が付いた。
「フフフ……」
そして、アッシュを見たかと思えばすぐに小さく微笑む。
「っ⁉」
アッシュは瞬時に理解した。
この女にふわふわが略奪されたと。
プラスの家を突き止めて、きっとメイドのステラに入れてもらったのだろう。
「クソッ」
そう考えて、さらに早歩き、ヘルナとすれ違う。
「…………」
ヘルナはその背中を見て、満足げな笑みを浮かべる。
ふわふわを発見したこともそうだが、自分に構ってくれることが何よりも嬉しいのだ。
だからこれから何度も取る。
何度だって見つける。
ヘルナの意気込みは強大であった。
そのヘルナは上機嫌で廊下を進む。
少しすると、ある部屋の前で足を止めた。
軽くノックをして中に入ると、
「──あら、やっと来たのね」
そこにはプラスがいた。
ギルド長にお呼ばれしていたのだ。
「時間もピッタリね、あの子もいなくなったし丁度いいわ」
アッシュを仲間外れにして何やらお話があるそうだ
「それじゃティゼット、話を聞かせてちょうだい」
コクッとうなづいた。




