レクスの日記
ピタ歴110年 8月2日生まれ 中央教区出身
レクス=レオストレイト
この国では、その日起きた出来ごとを寝る前に記録するという、ささやかな風習がある。
これは、彼女が生前につづったほんの一部分だ。
・ピタ歴120年 2月14日 赤曜日 晴れ
今日やっと第一教区への引っ越しが終わった。
これから例のスターバードの一人娘とやらを倒しにいく。
全く、父さんには困ったものだ。
なんせ、いきなりスターバードを倒して来いと言われたからな。
そのうえ目的を終えるまでは帰って来るな、だと。
まあいい、父さんのああいうところは、今に始まったことではない。
因縁だかなんだか知らないが、早いうちに倒してやる。
……と、言いたいところだが、相手は15だそう、ワタシよりはるかに年上だ。
しかもBランクハンター。
Cランクのワタシがどうにかなる相手ではない。
ワタシはその辺のガキと違って頭が良いからな。
まずは相手の研究をするのが妥当なとこだろう。
さっそく明日から張り込みを開始しようと思っている。
・ピタ歴120年 3月9日 青曜日 晴れ
この一か月、あの女を尾行して分かったことがある
名前はプラス=スターバード。14歳
誕生日は7月31日、結構ワタシと近いな。
好物はプリン、ケーキ、といった風にもっぱらスイーツ女。
趣味はお人形集め……そうなことはどうでもいい。
ここ一週間での、奴の行動範囲だが、
まず最初の3日間は教会にいる。
修道女の話を聞くには、仕事の手伝いをしているそうだ。
なんでも、将来支部長になりたいとか。
その業務内容も兼ねて色々研修中とのことだ。
……変わってるな。
いや、相当頭のおかしな奴だ。
支部長とやらが大変なのは、父さんを見て良く知ってるからな。
役職や給料に対して仕事量が割に合わない。
父さんもやめたいって何度もボヤいていた。
おそらく罰ゲームみたいなモノなんだろう。
それを自分から率先して成ろうとするなんて正気とは思えない。
残りのうち3日は、街を離れてどこかに出かけている。
尾行しようとしたが途中で見失ってな。
このワタシとしたことが、森の中で少しだけ道に迷ってしまった。
ワタシは賢いからな。
これ以上探るのは得策でないと判断した。
で、最後の1日は休暇。
使用人らしき人間と買い物に出かけたり、自宅で羽を休めたりしている。
とまあ、週によっても違うがだいたいこんな感じだ。
さて、ある程度情報も集まってきたことだし、そろそろ次の段階へ移ろうと考えている。
・ピタ歴120年 3月10日 藍曜日 晴れ
しまった。
ワタシとしたことがあの女にバレてしまった。
まあいい、元々こういうのは性に合わん。
自分でも向いてないと薄々気づいてたからな。
むしろ好都合だ。
これからは堂々と会いに行ってやる。
ただし、同時に一つ問題も発生した。
それはあの女がワタシを子供扱いして、勝負に全く応じないということだ。
何がずっと妹が欲しかったーだ。
馬鹿馬鹿しい。
まあ無理もない。
ワタシはこれでも9つ、世間的に見るとまだまだガキだからな。
さて、どうしたものか……。
・ピタ歴120年 3月15日 緑曜日 晴れ
今日はあの女と鬼ごっこをした。
『もしわたしを捕まえられたら、勝負してもあげてもいいわよ』だそうだ。
ワタシはこう見えて暇ではない。
乗ってやることにした。
結果は、まあ、ダメだったな。
あれほど逃げに徹されてはどうにもできん。
第一、逃げる相手の尻を追いかけるのは性に合わない。
そもそもワタシは破裂が苦手だからな。
そのワタシに捕まるようでは、ヤツ自身に大した実力は見込めない。
まずまずと言ったところだろう。
これから徐々にヤツの底を引き出してやる。
…………はあ。
・ピタ歴120年 3月20日 橙曜日 晴れ
今日はあの女と一緒にアイスを食べた。
これは、そう、奢ると言われたから仕方なくだ。
アイツいわくこの街では有名な出店とのこと、らしい。
だから一度食べてみたかっただけだ。
まあ確かに、言うだけあって味は悪くなかったな。
調子の良いことに夕飯もどうだと誘ってきた。
敵とそこまで慣れあうつもりはない。
流石に断っておいた。
・ピタ歴120年 3月26日 黄曜日 豪雨
今日はあの女と一緒に……っていい加減にしろ!
なにが『2人でお空を鑑賞しましょう!」だ。
曇ってて何も見えないだろう!
おまけに外は土砂降り! 雷まで鳴っていたぞ!
アレを見て面白がるのはせいぜい10歳前後のガキくらいだ!
一体全体、アイツはどうなっている⁉
最近では服まで寄こそうとしてくる始末。
「サイズがピッタリだからあげる!」だそうだ。
なぜこのワタシがあの女の、しかもお下がりなんて着ないといけないんだ!
親切心のつもりか、いや、違うな。
アレは中央の人間がやる独特なお節介だ。
いらないからって何でもかんでも他人に押し付けようとするな!
そもそも、私はスカートは履かん!
クソッ、完全にワタシをただのガキだと思ってナメているな。
もう我慢の限界だ。
こうなったら無理やりにでも勝負してもらう。
天気が良くなったら覚悟しろ!
・ピタ歴120年 4月1日 緑曜日 晴れ
負けたな。
というかアレは完全に遊ばれている感じだった。
まあ、初めから分かっていたことだ、別にどうってことはない。
おかげで頭が冷えた。
ワタシとしたことが、近頃あの女のせいで少し熱くなっていたみたいだ。
相手が冷静さを欠いているところを狙って勝負を受ける。
なるほど、まんまとアイツの術中にハマったと言うわけだ。
ああ見えて策士なのか……?
勝負にこぎ着けたのはいい。
だがやはり力の差は歴然。
また挑んだところで手玉に取られるのが関の山だ。
ワタシは賢いから*以下略。
しばらくはどこかで鍛えようと思っている。
それで、どこにしようか……、
そうだ、教会にある市民運動施設とやらが良いかもしれない。
あの広い場所でなら問題なく身体を動かせるだろう
よし、そうと決まれば明日から特訓だ。
・ピタ歴120年 5月1日 赤曜日 晴れ
また負けた。
前回と同じく進歩が見られない。
ちょっとやそっとの特訓で、どうにかなるモノではないと言うことか。
ワタシは賢明だからな。
引き続き鍛えていくとしよう。
それはそうと、あの教会の運動施設。
行った限りではいつも元気なジジババたちで溢れかえっていたな。
第一教区は素っ気ない人が多いと聞く。
だからか、声とかは掛けられたりしなかったが、なにせ子供はワタシだけ。
少し居心地が悪い気もするな。
だがスペース的には特に問題ない。
これからも利用させてもらうことにする。
・ピタ歴120年 5月25日 緑曜日 曇り
また負けた。
あの女に背負い投げをされてな。
地面に叩き伏せられる間、時間スローモーションになるという貴重な体験をした。
その時ふと空が見えた。
雲に覆われどんよりとした空だ。
まるで、今のワタシの心境を表しているみたいだったな。
……今夜もまた降ってきそうだ。
・ピタ歴120年 6月11日 赤曜日 雨
負けた。
おそらく慰めのつもりだろう。
勝負の後にあの女がアイスを奢ってくれた。
なぜだろうな。
味がしょっぱくなっていた。
・ピタ歴120年 6月28日 青曜日 晴れ
負けた。
・ピタ歴120年 7月15日 橙曜日 晴れ
負け、うるさい。
・ピタ歴120年 8月2日 青曜日 晴れ
負け。
それはそうと、あの女から本をたくさん貰えてな。
話を聞いたところによると、棚がいっぱいで困っているそうだ。
『本は長く大切に扱うべき、だからアンタにあげる!』
……ふむ、中々分かっている言葉だ。
アイツもたまには良いことを言う。
だからありがたく譲ってもらった。
これでしばらく読み物には困らないだろう。
フンッ、今日だけはアイツに感謝してやる。
近いうちに何かお返しをしないといけないな。
あのスイーツ女のことだ。
甘味な物でもプレゼントしてやればいいだろう。
……そういえば、使わないおもちゃ箱にいくつか人形があった気がするな。
父さんにでも取り寄せてもらおうか。
・ピタ歴120年 8月21日 紫曜日 晴れ
ダメだ、今日も勝てなかった。
もうここに来て半年が立つ。
何度も勝負を挑んではいるが、一向に進展は見られない。
やはり体格の差、経験の差が大きすぎる。
第一、何なんだあの女は、
オーブで雷を作るなんて聞いたことがない。
なにが『気がついたら出来るようになってた』だ。
やはり相当、いや、絶対頭のおかしな奴だ。
おそらくワタシが真似ようとしたところで出来るモノではないのだろう。
どういう原理なのか皆目見当も付かないからな。
そういうモノだと思って割り切るしかないようだ
はあ、これではいつまで経っても帰ることができない。
父さんは本当に無茶を言ってくれたな。
チッ、まだ身体が痺れている。
おかげで今日、アイツに家まで送ってもらうハメになってしまった。
どうしてくれる。
・ピタ歴120年 10月23日 藍曜日 晴れ
明日、あの女に勝負を申し込もうと思っている。
実に2か月ぶりだ。
あれから新しい戦術を開発してな。
偶然できた産物、過度な期待は望めないだろう。
だがまあ、そうだな、試してみる価値はある。
賢いワタシにしては少々強引な戦い方だと思うが、案外こういうのも悪くない。
で、その戦術というのが拳の裏側、より硬い甲の部分にオーブを乗せて戦うといったモノだ。
なぜかは知らないが、この方がオーブを乗せられる量が多くてな。
おそらくワタシの体質なんだろう。
それに加え、回転でさらに威力を上乗せした打撃を放つ。
当たりさえすれば、いくらあの女とはいえ一溜りもないはずだ。
少し目が回るのが欠点だな。
とりあえずこれを爆殺光撃と呼ぶことにした。
我ながらどうかと思う。
だが、まあ……父さんよりはマシだ。




