92.お茶会①
時を同じくして。
ここは第四教区の教会地下室。
室内はなんだか薄暗く、普段から掃除をしていないのがモロバレ。
至るところに蜘蛛の巣が張り巡らされている。
──カチャカチャ、カチャッ、カチャカチャ
そんな薄気味の悪い部屋で一人、白衣を着た男がコソコソとスーツを弄っていた
何かの研究だろうか。
かなりご熱心な様子だ。
「──ゲリドーマン、茶だ」
グレン=レオストレイト、彼が科学者にお茶を差し入れた。
「ほう、いつも気が利きますね。レオストレイトさん」
第四教区支部長、ゲイリー=ゲリードマンがそれを有難く受け取る。
「すみません、今は手が放せません。ですからそちらに置いといて下さい」
と言って、カチャカチャしながら横にある机を指を向けた。
「…………」
グレンは眉間にしわを寄せる。
せっかく淹れたお茶が冷めてしまうではないか。
今すぐに飲め、とでも言いたげだ。
「近頃こもっているようだが、一体何をしている」
コトッ、お茶を置いた音。
前回の襲撃から、この調子でずっと自室の研究室に引き籠っている。
何の研究をしているのかなんて正直知ったことではない。
しかし、これでもは一応同僚。
なのでグレンは気に掛けてあげていた。
「何を? フッ、決まってるでしょう、対策です」
ゲリードマンが眼鏡をクイッとさせた。
レンズの芯から光っている。
「対策?」
「ええ、あの洗濯板……いえ、第一教区の支部長、ですよ」
「そうか」
「ただの小娘と侮っていましたが、まさかあれほどまで……雷神とはよく言ったものだ」
前回の戦いでプラスにこっぴどくやられたゲリードマン。
挙句の果て、自慢の装備まで木端微塵に破壊された。
あの場でグレンが来なかったら死んでいただろう。
これほど苦渋を受けたのは初めて、その雪辱を果たすべく、新装備の開発に着手していた。
「また第一教区に行くつもりなのか?」
「ええ、今度こそあの断崖絶……いえ、女支部長に目に物を見せてあげます」
「凝りないな、ゲリードマン」
「そうですね、私としましてもこれほど火が付いたのは久々。自分でも驚くほどです」
ゲリードーマンは復讐に燃えていた。
その様子に、グレンはため息交じりに口を開く。
「それもいいがゲリードマン、そろそろこちらにも手を貸してくれ」
前回の襲撃でこちらもかなりの戦力を失った。
そのため、また第一教区に回せるほど人員に余裕はない。
今まで我がままに付き合ってあげていたが、それはもう厳しいとグレンは言う。
「貴様の弟がやられたという報告もある」
「ええ、耳にしています。愚弟の勝手な行いには私も頭が上がりません、代わって謝罪します。ザイコールさんにはそう伝えておいてください」
弟のロドリーとは昔から馬が合わなかった。
芸術など所詮、科学の前ではミジンコに等しい。
これは、彼が自分と共に科学者にならなかった愚かな末路、自業自得である。
弟がやられてたというのにあまり気にしていないようだ。
兄はカチャカチャとスーツを弄る。
復讐の方がはるかに大事だった。
「ダストリラもあの様子ではもう使い物にならない、貴様だけでは無謀すぎる」
「ファーマ……あの子は十分貢献してくれました。あとは私だけでやります」
一人で行くらしい。
こうなったら言うことを聞かないのがこの科学者だ。
それに、いつまでもこの陰気臭い部屋にいると気分が悪くなる。
なのでグレンは話しを畳むことにした。
「いいだろう。だがこれが最後だ、次は参加してもらう」
「はい、恩に着ます」
「ああ……だから冷める前に飲んでおけ」
グレンがお盆を持って退室しようとした。
「ちょっと待ってください」
しかし、ゲリードマンが呼び止める。
「なんだ?」
グレンが無表情で振り返った。
お茶を淹れ直して欲しいのかと、期待に胸を膨らませたが、
「本当によろしいんですか、私がやっても?」
宿敵であるスターバードのお嬢さんを、自分が頂いちゃってもいいのか。
その問いにグレンは間を入れず、
「好きにしろ。貴様如きやられる相手なら、はなから俺の敵ではない」
だそうだ。
そのまま去って行った。お盆を持って。
「フッ、そうですか。ズズズ……」
ゲリードマンはお茶を飲んだ。
──場所は少し変わって。
ここは研究室のちょうど真上にある部屋。
教会の二階にある支部長室だ。
中には現在のヴァリアード首領、ザーク=ザイコール。
それとレクスがいた。
「おい爺、お茶だ」
バンッ!
レクスがお茶を雑に置く。
おかけで机に少しこぼれ、老人のお顔にピチャッと跳ね飛んでしまう。
「ほう、お主が淹れたのか。珍しいこともあるものじゃな」
老人、ザイコールがそれを有難く受け取る。
「……不味い」
「フンッ」
「不器用なところは母親似じゃな」
「うるさい、いいから黙って飲め」
父親のようにはいかない。
だが、せっかく淹れてあげたんだ。
全部飲み干して貰わないと困る。
「してレクスよ、クロスオーブの件じゃが……非常に残念じゃったな」
敵の元に片方行ってしまった。
ザイコールが今更その話をほじくり返してきた。
「はあ、またその話か。何度も同じ話をするな、ようやくボケたのか」
このボケ老人が会うたびにその話をするので、レクスはうざったく思っている。
「すでに一つ持ってるだろう、贅沢な奴だ」
「そう、じゃな……じゃがワシとしてはあっちが良かったんじゃ」
「ん? どういうことだ?」
「元々ラズラ様を狙っておったんじゃよ、この老体にガルスはちと扱いづらい」
老人はちと嘆く。
ガルスのオーブを使うと、光撃、破裂の威力が格段にパワーアップする。
その代わりに分離、丸盾の性能が落ちる、という極端なモノだ。
事実上、接近して戦えと宣告されているに等しい。
自分はどちらかと言えば分離が得意、つまり遠距離タイプであるため適正ではない。
おまけに破裂の制御が難しく、非常に扱いづらい代物だ。
いっそのこと交換して欲しいとさえ思っていた。
「本来はお主かグレンが使った方が良いのじゃが、これがないと教王に太刀打ちできん」
「いや、ワタシも破裂が苦手だ。それにあれは色が派手過ぎる、こっちから願い下げだ」
「フッフッフッ、あやつも同じようなことを言っておったぞ」
反抗期といえどもやはり親子。
そう思い、ザイコールは微笑ましくなる。
「……チッ」
気に入らない、レクスは舌打ちした。
「まあ物は何事も考えようじゃな、敵に渡らなかっただけでも良しとしよう」
少なくとも例の最重要危険人物2人組が入手できないよう、厳重に保管しておく価値はある。
もしも彼らの手に渡ってしまった場合、それこそ教王どころではなくなるからだ。
そう思い、ザイコールは昔リンチで負った古傷を優しく撫でた。
「ところで爺、アイツはどうだったんだ?」
レクスが別の話題に変えた。
「アイツ? はて、なんのことじゃ?」
「決まっている、例の番人とやらだ。やはりボケてたか、明日墓を手配してやる」
「ああ、奴か……」
どこか浮かない様子のザイコール。
「結局参加させた聞らしいな。で、どうだったんだ?」
老人は少しを間をおいて、
「……最悪、じゃった」
と罰の悪そうに答えた。
「そうか、やはりな」
「お主の代わりに連れて行ったつまりじゃったが、それが返って仇となりおった」
「フンッ、だからわたしは反対したんだ。あんな得体の知れない、人間かも怪しい奴を参加させるとはな」
「そうじゃな、こればかりは言い返す言葉もないわい」
「全くだ、父さんは何を考えてるんだ」
「………」
14の年端も行かない少女に、軽く説教をされるご老人。
ザイコールは言葉が出ない。
アイツ、というのはバドル=ガルスロードのことだ。
主がどうとか言って、ザイコールに勝手に付き従おうとする、色々と謎の深い男である。
必ず役に立って見せると豪語するので、不参加のレクスの代わりに、物の試しに戦場へ投入させてみた。
正直なところ、あまり期待はしていなかった。
しかし、その予想をはるかに上回る彼の大活躍により、敵Aランクハンターを一人仕留めることに成功。
さらには中央教区に甚大な被害を与えることが出来た。
もう万々歳である。
「……までは良かったんじゃが」
なにせ彼が、敵味方関係なく無差別に攻撃するもので、こちらも同規模の被害を受けてしまった。
ザイコール様のお役に立ちたかった──ではなく、単に暴れたかっただけであった
彼の傍若無人な行動により、ヴァリアード軍は撤退を余儀なくされた。
「戦闘能力だけならこれまでとは類を見んじゃろうな、それこそあの教王に匹敵する程の力を秘めておる」
だが、どこぞのクロスオーブ同様とても扱いづらい
しかも人である分それは尚更。
なのでザイコールは頭と腰を痛めていた。
「はあ、やはりラズラ様が良かったわい……」
ともあれ、老人に後悔は付き物である。
これもきっと神からの試練、そう思うことにした。
「今度もまた使うつもりなのか? ワタシとしては迷惑だ」
あまり不確定要素は考えたくない。
レクスは事前に断りを入れた。
「いや、もう二度と使わん。それにあちらの戦力も相当落ちたはず、ワシらだけで十分じゃろう」
良くも悪くもガルスロードのおかげで、相手戦力を大幅に削れることができた。
次の襲撃で教王を討つつもりだ。
「ならアイツはどうする? 貴様の言うことを聞くのか?」
あのガルスロードが大人しくするはずがない。
その問いにザイコールはニヤッとして、
「なあに、心配するでない。奴はあの科学者と共に第一教区に放り込む、その間にワシらは中央……フッ、完璧じゃな」
「ゲイリー=ゲリードマン、アイツは一体何がしたいんだ」
手を組んだという割に、全くこちらに手を貸そうとしない。
それどころか関係ない第一教区ばかり攻め込もうとする。
使えないどころかただの足手まといだ。
「あやつは昔から変わり者じゃからな、好きにさせておくの一番良いんじゃよ」
「フンッ、貴様の仲間とやらにはロクな奴がいない。少しこっちの身にもなってみろ」
「……そうじゃな、お主とグレンには感謝してもしきれん」
この親子の協力なしではここまで成しえなかっただろう。
特にグレンには頭の上がらないザイコールであった
「そう言えばあの装置はどうする? 珍しく好評だったぞ」
「はて? 何のことじゃ?」
「とぼけるな、もうしね。イービル発生装置のことだ」
イービル発生装置とは、ザイコールが独自に開発したというイービルを出現させる特殊な装置のことである。
前回の襲撃で撤退する際に、試作品として使用したのだが、ヴァリアード軍からは大好評だったそうだ。
そのため、また投入できないのかとレクスは問いただす。
「発生装置……少し解釈が違うな。良いかレクスよ、厳密に言えばイービルを発生させるのではなく、呼び寄せると言った方が──」
「──黙れ、科学者の戯言はうんざりだ。それで、どうなんだ?」
「うーむ……」
あれはまだ試作品。
しかも量産には今だ至っていない。
一つ一つ真心を込めて丹精に作っている。手作りだ
もはや子供みたいなもの。
なるべく無駄遣いは避けたいところ。
ザイコールは出し渋っていたが、
「ええい! 今回は特別じゃ! 全て持っていけい!」
これまで発明した物は全てガラクタ扱いされてきた
でも、今回自分の発明品が初めて評価された。
老後の趣味ではあるが、これでも一応科学者の身。
良い成果をあげるほど嬉しいことはない。
なので、気前よく奮発することに決めた。
次で勝負を決めるのだから、持てる物は全て使うべきだ。
ザイコールは大きく出た。
「ワシの時代はもうすぐじゃ! 見ておれ教王! 若造の分際でしゃしゃりでおって! 必ず地に引きずり落としてくれる! わっはっはっはっはっは!」
「チッ、またこれか」
「わっはっはっはっは!」
ザイコールの笑い声が、第四教区中に響き渡る。




