91.追放
翌日、病室が足りないから退会しろと、ギルド長に命令された。
アッシュは仕方なく「立ち入り禁止」の張り紙を取り外し、次の入居者のためにせっせとお掃除。
晴れて教会から追放されていた。
現在、自分の宿舎に帰るため街中をブラついている。
しかし、その足取りは少々不安定なものだった。
「やっぱりいるよな……ヘルナ」
アッシュはトボトボ歩く。
これから宿舎で寝ているであろうヘルナに謝罪する予定だ。
昨日の犯行は見逃してやる。
だから謝って来なさいとエリーにキツく言われ、仕方なく向かっていた。
「クソッ、なんでオレが……あっちだって悪いのに」
どこか腑に落ちない様子で愚痴をこぼす。
あの後、結局エリーにこっぴどく叱られていた。
傷だらけのあなたを教会に運んだのは一体誰だ。
恩人に対してやっていいことではないと。
そしてこうも言われた。
彼女にも悪い所はあったのかもしれないけれど、あなただって酷いことをしたのは確か。
だからその部分はきちんと謝りなさい。
ごもっともな意見にアッシュはぐうの音もでなかった。
「はあ……でもなんて言えばいいのさ……」
どういう顔でヘルナと会えというのだ。
あんなことをしてしまった後に、また会ってくれるのだろうか。
昨日はついカッとなって思わずやってしまった。
だが、いくらなんでもあれは酷すぎた。
もしエリーが来てくれなかったらきっと……。
あの時、ヘルナの切なそう顔が頭から離れない。
中々考えがまとまらないまま、やがて宿舎についた。
アッシュはまずヘルナの部屋に行く。
本人がいないのを確認し、次に自室へと向かう。
すると予想通り、眠り姫はそこにいた。
ドアに背を向けてアッシュのベッドで横になっている。
「はあ……」
昨日と全く同じ光景、アッシュは安堵する。
同時に、あんなことをされたのにも関わらず、懲りずに容疑者のベッドにいるのは如何なものかと心配になる。
「自分の部屋で寝ろよ、まったく」
情けないことに第一声がそれだった。
「…………」
ヘルナはピクリとも動かない。
だが、寝音は聞こえないためおそらく起きている。
「ちょっと話があるからさ。起きてくれないか?」
「…………」
「頼むさ、ヘルナ」
「っ!」
名前を呼ばれると弱くなるヘルナ。
彼女がゆっくりと身体を起こす。
そして、やはり警戒しているのか、ふわふわを抱いたままアッシュをジッと見てくる。
そのふわふわは自分のふわふわだ。
返してもらうためには早く謝罪した方が良い。
そう思ったアッシュは口を開こうとした。
「その、昨日はさ……」
「……ゴメンなさい」
「えっ」
しかし、相手に先を越されてしまった。
「私には、分からない」
ヘルナは言う。
昨日、君がどうしてあれほど怒ったのか、いくら考えても自分には分からないと
「軽率だった、でも悪気はない」
でも、君をあそこまでさせたという事は、かなり酷いことを言ったのだろう。
だから謝ると。
「信じて欲しいとか、許してとも言わない、嫌いでも構わない」
ただ君の近くにいさせて欲しい。
少しだけ目を潤ませながらに訴えた。
「もういいさ、べつに」
そんな目を向けられて動じない男はいない。
アッシュも例外ではなかった。
それに、悪気はなかったことだけは十分に伝わった
だから今回は許すことにし──
「──って言うとでも思ったかよ」
「っ⁉」
「オレに謝ってどうなるのさ」
一体誰に向けた言葉なのか。
謝罪する相手が違うだろう。
だから許すことはできない。
本当は水に流すつもりだったが、その気は完全に失せてしまった。
この女は自分に謝ってるのであって、初めからゴーのことはこれっぽちも考えていない。
これではゴーがあまりにも浮かばれない。
「わざとじゃないってのは分かったさ、でも許すか許さないかは別の問題。そうだろ」
「……うん」
ヘルナは表情が沈み、ふわふわをギュッと握りしめる。
それを見て、アッシュはさらに不快感を覚えた。
なぜそこまで自分に入れ込むのか分からない。
まるで奴隷にして下さいとでも言ってるようで、目の前の女に対して虫唾が走ってくる。
「…………」
初めから思っていたがこの女はどこかおかしい。
昨日だってそうだ。
普通の人間とは考え方がまるで違う。
「オレはお前のご主人様じゃない、勝手に決めないでくれ。こっちはいい迷惑さ」
「……っ」
アッシュの口調がさらに強くなる。
「おかげでプラスに勘違いされた、レクスに殺害予告までされた。やっと会えたのにあんまりさ」
「……ゴメンなさい」
もう抑えることができない。
「昨日はオレが悪かった、それは謝るさ」
「……っ!」
「で、どうするのさ? 許してくれるのか?」
「うん、許す」
ヘルナは即答したが、
「……気に入らない」
アッシュは歯をギリッとさせた。
「えっ……?」
「気に入らないって言ったのさ! どうして簡単に許せるのさ! どう考えたっておかしいだろ!」
ヘルナの首元に目をやった。
余程強い力で絞められたのだろう、首に痕が薄っすら残っている。
「あのまま殺してたかもしれない! いや、エリーさんが来なかったら本当に……なのにどうしてさ!」
アッシュは声を荒げて疑問をぶちまけた。
「フフフ……」
が、しかし、
「私は大丈夫、再生するから」
「……は?」
「時間が立てば、また会える」
ヘルナは微笑みながら言う。
クロスオーブの番人である自分は、例えその身が滅んだとしても、7年経つとまた遺跡から身体ごと再生する。
これまでだって何度か死に、その度に復活してきた
なのでもう慣れっこだと。
これはクロスオーブを未来永劫守るため、神様と契約した際に授かった恩恵。
だから心配しなくてもいいそうだ。
「でも昨日みたいなことはやめて欲しい。君に会えなくなる、それはイヤ」
ヘルナは澄まし顔でそう言った。
少し怒っています、そうアピールしている様にも見えた。
「なにさ……それ……」
それを聞いて、アッシュはめまいを起こす。
あまりに現実味のない話で頭が混乱する。
違和感の正体はこれだったのだ。
生死に関しての感情があまりにも薄い。
だからゴーが「死んだ」と簡単に言えたのか
自分は死んでも生き返るから、そこで終わりではないから。
たった一度の死なんて屁でもないということか。
この女には話が通じない。
この世の者とは思えない。
「……?」
体調が悪そうなアッシュを気遣って、ヘルナが頬を触れようとしたが、
「っ⁉ 触るな!」
アッシュはすぐに手を払いのけた。
「っ!……っ⁉」
ヘルナはビクッとした。
相手の怒る理由がさっぱり理解できないのだ。
タイミングが分からず困惑している。
「……チッ」
彼女のキョトンとした姿に、アッシュは昨日と同様に手が震えた。
そして、椅子からガタッと立ち上がる。
「お前と違って、ゴーは生き返らない……」
もう話したくない、顔も見たくない、目障りだ。
「もういいさ、出て行ってくれ」
「…………」
「自分の部屋で寝ろよ!」
アッシュが大声で怒鳴る。
すると、
「──っるせえぞッ、スターバードォ! 痴話喧嘩なら外でしたらどうだァ!」
隣の住人からの苦情が。
「──こちとら毎日ギルドにこき使われて寝不足なんだよ! ギルド長の親戚だかなんだか知らねえが図に乗ってんじゃねえぞコラァ!!!」
シーン……。
そして、部屋の中に沈黙が流れた。
「……わかった」
ヘルナは名残惜しそうにベッドから降りて、浮かない様子で部屋を出ようした。
しかし、
「おい、オレの布団は置いて行け。なに勝手に持ち帰ろうとしてるのさ」
「……イヤ」
「いやじゃないさ、放せ! この!」
「っ⁉︎ イ〜ヤ!」
ふわふわを強引に剝ぎ取って、部屋から追放させた
乱数調整、というよりお話的にキリが良いため今日は3話ほどしか投下しません。
また、明日からは投下時間を変えたいと思います。
夕方辺りになるとつい油断して忘れちゃうんですよね……。
朝、昼、夜、夜、深夜! で行きたいと思います。




