89.報告
一週間後、
重症を負ったアッシュは、なんとか一命を取り留め、今は教会に入会していた。
よほど怪我が酷かったようで、あれから一度も目を覚ましていない。
「…………」
そんな療養中のアッシュの他に一人、お見舞いだろうか、怪我人の顔をジッとのぞき込む、比較的若い男がいた。
後輩のティゼットだ。
真顔のままずっと先輩の顔を見ている。
毎日欠かさず決まった時間にやって来ては、こうやって5時間ほど無言で患者のお顔を拝見。
そして、突然立ち上がったかと思うと、何事もなかったように病室を後にする。
これでも本人にとっては立派なお見舞いである。
なので、いつも通りアッシュを長時間眺めていると、
「──入りやすよ坊ちゃん」
ドアがゆっくり開き、中から小汚い男が入って来た。マルトンだ。
扉が重いのか、閉めるのに苦戦している。
そんな非力な男を見て、優しいティゼットが手伝ってあげた。
「おや? ティゼの旦那じゃありやせんか、今日も来てたんスね」
ティゼットはコクッとうなづく。
また来たと言っている。
あれからこの通り、マルトンとはすっかり打ち解けていた。
「コイツは奇遇っスね、しっかし3度も時間が被るとは驚きでさあ」
というか自分がお見舞いに来た時は必ずいる。
「いや~、こんなに心配してくる人がいて坊ちゃんが羨ましいですぜ」
ティゼットは顔を横にそらす。
「……もしかして毎日来てやす?」
ひょっとして泊まり込みで看病をしているのか。
この男ならやりかねない。
マルトンはそう思ってしまう。
立ち話はこれくらいにして、マルトンも椅子に座ることにした。
「坊ちゃん、起きやせんねえ」
ティゼットも首を縦に動かす。
もう一週間も寝たきりなため2人はとても心配している。
アッシュが教会に運ばれた時、怪我もそうだが酷く衰弱しており、ハッキリ言うと死にかけていた。
あと少しエリーが来るのが遅れていたら危険な状態だったそうだ。
彼女の治療の末に、なんとか一命は取り留めた。
あとは目が覚めるのを待つだけ、待つだけなのだが、
「はあ、一体なんて言えばいいんですかい……」
マルトンは深くため息をつく。
いつもの陽気な姿とは大違いだ。
アッシュが起きたら何から話せばいい。
また、どう話したらいいのか、その小さな頭で思い悩んでいた。
「…………」
例え自分の口から言わなくても、他の誰かが言ってくれる。
それこそ隣の男に言わせてやればいい。
だが、やはりアッシュのことが心配。
いや、少しでもこの虚しさを紛らわせたいのかもしれない。
マルトンはついお見舞いに来てしまう。
「やっぱり無理っス! あっしには言えないっスよ!」
なので自分がいる時に、アッシュが起きないことを願うばかりであった。
「……?」
ティゼットがその様子を不思議そうに見ていると、
「う、う~ん……」
アッシュが、
「っ!」
起きてしまった。
「こ、ここは……」
いつもより高い天井、だけどすごく見慣れている。
ここが病室で、自分は怪我をして入会したと瞬時に理解した。
「ゲッ⁉ 最悪っス」
どうして今起きてしまうのか。
もちろん目を覚ましてくれたことは嬉しい。
しかし、タイミングの悪さにマルトンの顔はひきつってしまう。
姿を見られる前に、ベッドの下にでも隠れようとしたが、
「あっ! ティゼの旦那⁉」
ティゼットが高速で病室から出て行った。
ギルド長に報告しに向かったのだ。
アッシュがそのままゆっくり身体を起こす。
「マルトン、お見舞いに来てくれてたのか?」
「へっ、そ、そうっス」
「ん? 身体はもう何ともない、あんなに酷くやられたのに……そっか! エリーさんが治してくれたのか!」
「え、ええ、はい……」
マルトンは上手く返事が出来ない。
「後でお礼しとかないとな。あの人こういうのに口うるさいからさ。で、今回はどれくらい寝てたのさ?」
「い、一週間程度っスね」
「えっ、そんなに⁉」
アッシュがびっくらこいた。
マルトンは反対に、下を向いたまま顔を合わせようとしない。
「そう言えばゴーは? あの後どうなったのさ?」
「っ⁉……」
遂に聞かれてしまった。
マルトンは目を瞑ったまま身体を震わせている。
「マルトン? まあ無理ないさ。ゴメン、ちょっと今からプラスのとこに行って来るからさ」
アッシュがベッドから降りようとしたが、
「……ダメっス」
手を握って止められた。
「ん? なんでさ?……っ⁉」
顔を上げると、そこには悲しい顔をする小汚い男がいた。
いつもの明るさがなく、今にも泣き崩れそうな顔でこちらを見ている。
おそらくここに来る前もそうなのだろう。
目の下は赤く腫れていた。
彼の様子から何か悟ったのか、アッシュも凍りついたように固まってしまう。
「……坊ちゃん、落ち着いて聞いてくだせえ」
自分の口から言わないとダメな気がした。
マルトンが震えながら声を出す。
「だ、旦那が──」
「っ⁉」
最後まで聞かずにマルトンの手を振り払った。
そのまま病室を飛び出して行った。
「ヒグッ……旦那……どうして、どうしてでさあ……」
静まり返った部屋の中、すすり泣く声だけが聞こえた。
「──ハア……ハア……」
アッシュは急いでギルド長室へ向かっていた
病み上がりでうまく身体が動かない。
息だってあがりっぱなし。
それでも構わず走り続ける。
バンッ!
ノックもせず勢いよくドアを開けた。
「ハア……ハア……」
息切れのアッシュは部屋の中を見る。
そこには机に座って手を組むギルド長と、彼女の前でオロオロと突っ立つティゼットがいた。
「プラス!」
アッシュは休憩もせずギルド長に詰め寄った。
そして、机をバンと叩く。
「ゴーは! ゴーはどこさ!」
プラスは何も言わず、静かに目を閉じるだけだ。
「どこにいるのさ! おい!」
「…………」
「何とか言えよプラス! 一体何があったのさ!」
「…………」
落ち着いたのかを確認して、プラスが目を開く。
「よく聞きなさい、一度しか言わないわ」
そして、
「第二教区支部長、ゴー=ルドゴールドが……戦死した」
時間の流れが止まった。
まるで夢の中にいるような、全てが灰色に変わる。
「一週間前のことよ」
プラスは淡々と話を続けた。
第二教区の支部長が正体不明の敵と交戦してその命を落とした。
Aランク試験官のコッティルだけでは飽き足らず支部長までも。
「…………」
アッシュは彼女の言葉が何も入ってこない。
ただ、言いようのない虚しさだけが流れ込んでくる
全てが過ぎ去っていく。
「…………」
この短期間でAランクを2人失ったのは痛い。
しかも今は戦時中、これには流石の教王も──
「──黙れ」
アッシュが言葉を遮った。
「しっかり聞きなさい、これにはさす──」
「死体は……」
「っ!」
「死体はあったのかよ!」
その手は震えている。
「報告では何も見つからなかったそうよ、死体もね」
「っ⁉ じゃあどうして分かるのさ! どうして決めつけるのさ!」
「生きてる証拠だってない、本人が戻って来る様子もない。悪いけどそう考えるのが妥当よ」
「なにさ……」
たったそれだけで判断したのか。
プラスの対応だって気に入らない。
どうしてそんな風に平然と、ギルド長として振舞ってくるのか。
受け入れることなんて出来ない。
とても納得のいくものではなかった。
「続けてもいいかしら」
プラスはさらに続ける。
第一教区の東方面で大きな爆発を確認した。
街の中からでも十分に伝わる程の衝撃で、多くの人が銀色の光を見たそうだ。
「ここに居たわたしも感じたわ、あれは間違いなくゴーのオーブよ」
プラスや他のギルドの者たちは、その光からオーブを感じ取っていた。
クロスオーブを使用していたらしく少々神々しい。
だが、ゴーを良く知ってる者たちは、彼のオーブだと皆が口を揃えて言っていた
「……だから何だっていうのさ」
「分からない。ただ爆発があった、という事実をあなたに伝えた。それだけよ」
「なにさ、それ……」
爆発が起きた場所にギルドの調査員を送った。
そこには何もなく、あるのは無残に焼け焦げた木々と、所々に黒煙のあがる不毛な大地だけであった。
敵がいた痕跡やそれらと交戦した痕跡、何一つ残されていなかった。
ただ、瀕死のアッシュを教会に運んだヘルナの証言によれば──
「ヘルナ⁉ ヘルナはどこさ!」
また遮った。
「…………」
手を組んだまま無言のプラス。
「クソッ!」
アッシュは部屋を飛び出した。




