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~お姉さんと進むギルド王国~  作者: 二月ふなし
第2章 ヴァリアード強襲 編
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89.報告

 一週間後、

 重症を負ったアッシュは、なんとか一命を取り留め、今は教会に入会していた。

 よほど怪我が酷かったようで、あれから一度も目を覚ましていない。


「…………」


 そんな療養中のアッシュの他に一人、お見舞いだろうか、怪我人の顔をジッとのぞき込む、比較的若い男がいた。

 後輩のティゼットだ。

 真顔のままずっと先輩の顔を見ている。


 毎日欠かさず決まった時間にやって来ては、こうやって5時間ほど無言で患者のお顔を拝見。

 そして、突然立ち上がったかと思うと、何事もなかったように病室を後にする。

 これでも本人にとっては立派なお見舞いである。

 

 なので、いつも通りアッシュを長時間眺めていると、


「──入りやすよ坊ちゃん」


 ドアがゆっくり開き、中から小汚い男が入って来た。マルトンだ。

 扉が重いのか、閉めるのに苦戦している。

 

 そんな非力な男を見て、優しいティゼットが手伝ってあげた。


「おや? ティゼの旦那じゃありやせんか、今日も来てたんスね」


 ティゼットはコクッとうなづく。

 また来たと言っている。

 あれからこの通り、マルトンとはすっかり打ち解けていた。

 

「コイツは奇遇っスね、しっかし3度も時間が被るとは驚きでさあ」


 というか自分がお見舞いに来た時は必ずいる。


「いや~、こんなに心配してくる人がいて坊ちゃんが羨ましいですぜ」


 ティゼットは顔を横にそらす。


「……もしかして毎日来てやす?」


 ひょっとして泊まり込みで看病をしているのか。

 この男ならやりかねない。

 マルトンはそう思ってしまう。


 立ち話はこれくらいにして、マルトンも椅子に座ることにした。


「坊ちゃん、起きやせんねえ」


 ティゼットも首を縦に動かす。


 もう一週間も寝たきりなため2人はとても心配している。

 

 アッシュが教会に運ばれた時、怪我もそうだが酷く衰弱しており、ハッキリ言うと死にかけていた。

 あと少しエリーが来るのが遅れていたら危険な状態だったそうだ。

 彼女の治療の末に、なんとか一命は取り留めた。


 あとは目が覚めるのを待つだけ、待つだけなのだが、


「はあ、一体なんて言えばいいんですかい……」


 マルトンは深くため息をつく。

 いつもの陽気な姿とは大違いだ。


 アッシュが起きたら何から話せばいい。

 また、どう話したらいいのか、その小さな頭で思い悩んでいた。


「…………」


 例え自分の口から言わなくても、他の誰かが言ってくれる。

 それこそ隣の男に言わせてやればいい。

 だが、やはりアッシュのことが心配。

 いや、少しでもこの虚しさを紛らわせたいのかもしれない。

 マルトンはついお見舞いに来てしまう。


「やっぱり無理っス! あっしには言えないっスよ!」

 

 なので自分がいる時に、アッシュが起きないことを願うばかりであった。


「……?」


 ティゼットがその様子を不思議そうに見ていると、


「う、う~ん……」


 アッシュが、


「っ!」


 起きてしまった。


「こ、ここは……」


 いつもより高い天井、だけどすごく見慣れている。

 ここが病室で、自分は怪我をして入会したと瞬時に理解した。


「ゲッ⁉ 最悪っス」


 どうして今起きてしまうのか。

 もちろん目を覚ましてくれたことは嬉しい。

 しかし、タイミングの悪さにマルトンの顔はひきつってしまう。


 姿を見られる前に、ベッドの下にでも隠れようとしたが、


「あっ! ティゼの旦那⁉」


 ティゼットが高速で病室から出て行った。

 ギルド長に報告しに向かったのだ。


 アッシュがそのままゆっくり身体を起こす。


「マルトン、お見舞いに来てくれてたのか?」

「へっ、そ、そうっス」

「ん? 身体はもう何ともない、あんなに酷くやられたのに……そっか! エリーさんが治してくれたのか!」

「え、ええ、はい……」


 マルトンは上手く返事が出来ない。

 

「後でお礼しとかないとな。あの人こういうのに口うるさいからさ。で、今回はどれくらい寝てたのさ?」

「い、一週間程度っスね」

「えっ、そんなに⁉」


 アッシュがびっくらこいた。

 マルトンは反対に、下を向いたまま顔を合わせようとしない。

 

「そう言えばゴーは? あの後どうなったのさ?」

「っ⁉……」


 遂に聞かれてしまった。

 マルトンは目を瞑ったまま身体を震わせている。


「マルトン? まあ無理ないさ。ゴメン、ちょっと今からプラスのとこに行って来るからさ」


 アッシュがベッドから降りようとしたが、


「……ダメっス」


 手を握って止められた。


「ん? なんでさ?……っ⁉」


 顔を上げると、そこには悲しい顔をする小汚い男がいた。

 いつもの明るさがなく、今にも泣き崩れそうな顔でこちらを見ている。

 おそらくここに来る前もそうなのだろう。

 目の下は赤く腫れていた。

 

 彼の様子から何か悟ったのか、アッシュも凍りついたように固まってしまう。

 

「……坊ちゃん、落ち着いて聞いてくだせえ」

 

 自分の口から言わないとダメな気がした。

 マルトンが震えながら声を出す。

 

「だ、旦那が──」

「っ⁉」


 最後まで聞かずにマルトンの手を振り払った。

 

 そのまま病室を飛び出して行った。


「ヒグッ……旦那……どうして、どうしてでさあ……」

 

 静まり返った部屋の中、すすり泣く声だけが聞こえた。







「──ハア……ハア……」


 アッシュは急いでギルド長室へ向かっていた

 病み上がりでうまく身体が動かない。

 息だってあがりっぱなし。

 それでも構わず走り続ける。

 

 バンッ!


 ノックもせず勢いよくドアを開けた。


「ハア……ハア……」


 息切れのアッシュは部屋の中を見る。

 そこには机に座って手を組むギルド長と、彼女の前でオロオロと突っ立つティゼットがいた。


「プラス!」


 アッシュは休憩もせずギルド長に詰め寄った。

 そして、机をバンと叩く。


「ゴーは! ゴーはどこさ!」


 プラスは何も言わず、静かに目を閉じるだけだ。


「どこにいるのさ! おい!」

「…………」

「何とか言えよプラス! 一体何があったのさ!」

「…………」


 落ち着いたのかを確認して、プラスが目を開く。


「よく聞きなさい、一度しか言わないわ」


 そして、


「第二教区支部長、ゴー=ルドゴールドが……戦死した」

 

 時間の流れが止まった。

 まるで夢の中にいるような、全てが灰色に変わる。


「一週間前のことよ」


 プラスは淡々と話を続けた。

 第二教区の支部長が正体不明の敵と交戦してその命を落とした。

 Aランク試験官のコッティルだけでは飽き足らず支部長までも。


「…………」


 アッシュは彼女の言葉が何も入ってこない。

 ただ、言いようのない虚しさだけが流れ込んでくる

 全てが過ぎ去っていく。


「…………」


 この短期間でAランクを2人失ったのは痛い。

 しかも今は戦時中、これには流石の教王も──


「──黙れ」


 アッシュが言葉を遮った。


「しっかり聞きなさい、これにはさす──」

「死体は……」

「っ!」

「死体はあったのかよ!」


 その手は震えている。


「報告では何も見つからなかったそうよ、死体もね」

「っ⁉ じゃあどうして分かるのさ! どうして決めつけるのさ!」

「生きてる証拠だってない、本人が戻って来る様子もない。悪いけどそう考えるのが妥当よ」

「なにさ……」


 たったそれだけで判断したのか。

 プラスの対応だって気に入らない。

 どうしてそんな風に平然と、ギルド長として振舞ってくるのか。

 受け入れることなんて出来ない。

 とても納得のいくものではなかった。


「続けてもいいかしら」


 プラスはさらに続ける。

 第一教区の東方面で大きな爆発を確認した。

 街の中からでも十分に伝わる程の衝撃で、多くの人が銀色の光を見たそうだ。


「ここに居たわたしも感じたわ、あれは間違いなくゴーのオーブよ」


 プラスや他のギルドの者たちは、その光からオーブを感じ取っていた。

 クロスオーブを使用していたらしく少々神々しい。

 だが、ゴーを良く知ってる者たちは、彼のオーブだと皆が口を揃えて言っていた


「……だから何だっていうのさ」

「分からない。ただ爆発があった、という事実をあなたに伝えた。それだけよ」

「なにさ、それ……」

 

 爆発が起きた場所にギルドの調査員を送った。

 そこには何もなく、あるのは無残に焼け焦げた木々と、所々に黒煙のあがる不毛な大地だけであった。

 敵がいた痕跡やそれらと交戦した痕跡、何一つ残されていなかった。

 

 ただ、瀕死のアッシュを教会に運んだヘルナの証言によれば──


「ヘルナ⁉ ヘルナはどこさ!」


 また遮った。


「…………」


 手を組んだまま無言のプラス。


「クソッ!」



 アッシュは部屋を飛び出した。

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