85.神の使い
特訓中のアッシュの前に現れた謎の男。
彼はベルルを知っており、これから宿主ごと始末すると言う。
そして、男はオーブを構えた。
「分離」
標的にオーブを放つ。
「くっ!」
アッシュはそれを左の避けた。
すかさずオーブを撃って反撃をするも、男はそれを素手で弾く。
「効くかよ今さらァ!」
男は再度分離で連続攻撃する。
「っ⁉ なんてオーブなのさ!」
アッシュが躱したことで、狙いの外れたオーブは後方の木に飛んでいく。
直撃を受けた木が一瞬枯れたかと思うと、砂のように崩れ落ちる。
ただの分離ではない。
アレに当たれば自分も瞬く間に朽ち果ててしまう。
アッシュは言いようのない恐怖に包まれた。
「ハハハッ! すばしっこい奴だ!」
アッシュは敵の攻撃を避けつつ、分離で牽制しながら、徐々に後退する。
「いまだ!」
そして、瞬時に破裂を出し、森の中に姿を消した。
「お? なんだ逃げる気か? 良い判断だ」
男も破裂を使い、標的を追う。
しばらくして、
「アイツどこに行った?」
男は森の中を見渡す。
どうやら相手を見失ったようだ。
しかし、男にはまだ標的が近くにいることが分かっていた。
このままやり過ごすつもりか。
どこかの木に姿を隠している。
「──浮遊分離!」
そして、アッシュの声が辺りに響き、緑のオーブが襲いかかる。
「おっと!」
男は危なげなくそれを躱す。
オーブが軌道を変えて再び突っ込んでくる。
男は身体を逸らしてやり過ごす。
「あ? なんだこれ?」
しかし、オーブが何度も追尾して向ってくる。
男はそれをひたすら躱し続けた。
だがレクスの時と違い、随分と余裕がある。
避けながら周りの木を見て隠れたアッシュを探している。
「なるほどベルルか、悪魔の力を使ってやがるな、改めて見るとマジで信じらんねえ」
あの少年が、悪魔の能力を駆使して、見えない位置から攻撃している。
男は瞬時にそれを見抜いていた。
「やっぱ危険だぜ、お前らのガキは」
男はそう声を漏らし、
「フンッ! 無駄だァ!」
腕にオーブを纏い、浮遊分離を容易く消し飛ばす
「なッ⁉」
無傷で飛ばせるほど弱いオーブではないはず。
アッシュが一度に込めることのできる最大の量を、敵はあっさりと打ち消してみせた。
「まずいさ」
攻撃が一切届かない。
グレン同様に勝機が微塵もない。
それを見越したのか、男が声を張り上げる。
「分かったろ? お前には勝ち目はねえ! 諦めて出て来いよ!」
アッシュは出てこない。出て来るはずがない。
「まあそうだよな、誰だって死にたくはねえもんだ。俺もそうだったからな、良く分かるぜ」
そう言って男は両手からオーブを構える。
「めんどくせえ、手当たり次第ぶっ放す」
そのまま森の中で無造作に乱射した。
辺りの木はカビのように朽ち果てていく。
「ハハハッ! どうしたどうした! マジで死んじまうぜ!」
「くっ⁉」
アッシュは隠れたまま動かない。
むしろその場から動くことが出来なかった。
このままではあのヤバいオーブにやれてしまう。
でも、例え姿を出した所で一瞬でお陀仏にされる。
それ程までに相手との力量は絶望的だった。
「うっ⁉」
隣の木が崩れ落ち、その破片が頬をかすめた。
もう考えてる時間はない。
少しでも距離を取って逃げるしかなかった。
アッシュはイチかバチかで飛び出そうとしたが、
「っ⁉ 誰か来る⁉」
ベルルの瞳がもう一つオーブを感知した。
それは、敵と同様に生気を感じられない。
考えたくないが相手の仲間だ。
似たような奴もう一人現れ、アッシュは再び身を潜めた。
「──シルバ、あなた何をしているの」
フードを被って顔は見えないが、声からして女性である。
その女が男の前に降り立つ。
「ん? なんだカーラじゃあねえか、俺一人で十分だって言ったろ」
仲間に気づいた男が攻撃を中断した。
もう完全にお仲間だ。
「アイツらはどうした? お前だけか?」
「来るわけないでしょう、あの2人には残酷過ぎる」
「ハッ、どうだか。そんなんで世界って奴は救えんのかよ」
「言わないで。こんなことするのは私たちだけで十分よ。それで、もう終わったの?」
男が顔を背けて辺りの森を見た。
「いや、まだだ。思ったより手のかかるガキだ。くどい所が母親にそっくりだぜ」
「そう……」
女は一瞬ホッとしたように見えたが、
「でも早くしないと。ここでハンターにでも来られたら厄介よ」
「……分かってる」
「それにあなたの悪い癖が出てる、可哀そうだけどやらなくちゃ」
「ああ、そうだな」
「せめて楽にしてあげて」
一方、アッシュは身を潜め、聞き耳を立てている。
「…………」
何を話しているか分からない。
でも、どうにかしてここから離れなければ。
あの2人を前にして、果たして逃げられるだろうか。
今の自分は赤子同然だ。
浮遊分離を2人の前に落っことして、そのスキに逃げる。
今の自分にはそれくらいしか手段がない。
アッシュはそう考えて、オーブを出そうとしたが、
「──あそこよ」
突然、女の瞳が不気味に光り、アッシュのいる木を指さした。
「了解! そこだな!」
「っ⁉」
アッシュはとっさに木から身を投げた。
元居た場所が灰塵となって散っていく。
時間がスローに流れるの中、瞳を怪しげ光らせるローブの女が少年の目に映る。
「──会いたかったぜえ! さっそく死ねや!」
男が破裂ですぐそばまで迫っていた。
「うがっ⁉」
アッシュは両腕を固めてガードしたが、たまらず上空に打ち上げられた。
「軽い軽い、軽すぎんだろ! ちゃんと食ってのかオラッ!」
「がはっ⁉」
男は上に回り込み、標的を追撃する。
真上から地面に叩き落とし、衝撃で砂埃が巻き上がる。
「うぐ……」
アッシュは地面に激突したまま身動きが取れない。
「なーに気持ちよく寝てんだッ! さっさと起きろや!」
「ぐはっ⁉」
男の蹴りが腹部にめり込み、ギシギシと音を立てた
アッシュはそのまま地面を凄い勢いで転がっていく
やがて、木に思いっきりぶつかった。
「ぐおああああ!!!」
「うるせえよ」
「っ⁉ かはっ⁉」
アッシュが痛みで悶えていると、男が接近してもう一度蹴り上げる。
「チッ、なに今更ガードしてんだよ!」
だが、今度は腕を出して腹部を守っている。
「無駄なんだよ! お前なんかオーブを使うまでもねえ! とっとと死ね! 死ね!」
「がはっ……ぐっ……うっ」
「ああ、そうだよ! お前はここで死ぬんだよ!」
男は構わず両腕ごと何度も蹴りつけた。
「うぐっ……食らえ!」
アッシュが痛みを堪えながら、なんとか分離で攻撃するも、
「なに反撃してんだてめえ!」
男が至近距離から撃ったオーブをハエを払うように素早く弾いた。
「っ⁉」
「お前が何やっても意味ねえ! いい加減くたばれってんだッ!」
「ぐはっ⁉」
再び蹴りを開始した。
アッシュは血を吐きながら、悲痛な表情で守り続ける。
「おい立て」
「ぐっ⁉」
今度はアッシュの頭を掴み、無理やり立ち上がらせ
「オラッ!」
そのまま後ろの木に磔にして殴りまくる。
周りはアッシュの鮮血で赤く染まっていく。
「リ、分……」
フラフラになりながらも、男にオーブを向けたが、
「無駄だっつってんだろうがあ!!!」
右腕の骨を無惨に砕かれ、あえなく不発に終わる。
「うぐっ、ぐ、ぐあああああ!!!」
想像を絶する痛みが右腕を襲う。
アッシュは悲痛な叫びをあげた。
これ以上は自力で立っていられず、力尽きたように地面にずり落ちていく。
「──やり過ぎよシルバ!」
仲間の女が駆けつけ、少年をかばうように止めた。
「あなた自分が何してるか分かってるの⁉」
「うるせえ、止めんな」
「もう見ていられない! どうしていたぶるような真似をするの! もう楽にしてあげて!」
「バカが、このガキを見てみろよ」
「えっ……っ⁉」
女は、ボロッキレとなった少年を見た。
「ハア……ハア……」
今にも息絶えそうな勢い。
しかし、腕を押さえたまま静かな闘志を2人に向けていた。
もう身体はどこも動かない。
目で最後の抵抗をしていた。
「この子……」
「この期に及んであり得ねえだろ。見ろ、いっちょ前に俺たちを睨んでやがる」
「だから何だっていうのよ……こんなになって、すごい苦しそうにしてる……2人が見たらなんて思うか……」
女が悲しそうに少年を見下ろしている。
その瞳には薄っすらと涙を浮かべており、これから殺す敵に対して向ける目ではなかった。
「まだやり残したことがあるって目をしてんな。チッ、俺もそうだったよ。だから余計に潰したくなるんだ。特にこういうのを見せられるとよ」
男も少年に目を向けた。
その瞳に光があるうちは、生きることを諦めないうちは、決して殺しはしない。
それが自分にできるせめてもの情けだと言葉をつづる。
悪趣味だ。
「せいぜい足掻いてみろ……と言いたいところだが、こっちもそういうわけに行かねえ。そろそろ楽にしてやるか」
散々格好つけといて結局殺すらしい。
男が拳に光を溜めた。
「勝負はお前の勝ちだ、両親もさぞ誇りに思うだろうぜ」
「ハア……ハア……」
腕を振り上げた。
「安心して逝けや!」
最後の一撃を振り下ろす。
とその時、
「っ⁉」
アッシュの目に光が映る。
バシュンッ!
閃光が男の腕を撃ち抜いた。
「ぐあっ⁉ なんだこれ⁉」
男の手にかざ穴が空くも、流血はしていない。
「──全身丸盾!」
「どわッ⁉︎」
突如、横から現れた巨大な塊が、男をぶっと飛した
そのまま森の奥へと消え、何かにぶつかったような鈍い音が響く。
「なっ⁉︎ シルバ!」
女は呆気を取られた。
「おいアッシュ! 大丈夫か⁉」
アッシュは意識が途切れそうになる中、その人物を確認した。
熊のような巨大な図体で見るからに極悪人。
いざという時にはすごく頼りになる背中。
こんな男は一人しかいない。
「ゴ、ゴー……」
「おう! 無事か! 危ねえとこだったぞお前!」
「どうして……ここが……」
「話はあとだ! おいヘルナ! コイツを頼む!」
ゴーがそう言うとサッとヘルナが現れた。
「無事、良かった」
アッシュの身体を支えた。
少年の体温を感じてヘルナは安心する。
だが、危ない状態ではあることに変わりない。
一刻も早く教会で治療させなければ。
「奴らは俺が相手する! お前はアッシュを安全な所に運べ!」
「でも……あなたが」
主を置いては行けず、ヘルナは躊躇する。
「命令だ! アッシュを早く教会に連れてってやれ!」
「っ! わかった」
主の命令を受け、街の方へと引き返そうとした。
「逃がさない!」
瞬時に女が行く手を塞ぐ。しかし、
「どいて、女神の使い」
「っ⁉」
ヘルナが瞳から銀色の光を放ち、女を強制的に退かせた。
そのまま破裂で逃げていく。
「あの子、私たちを知ってる……それにあの力、まさかっ⁉」
女は驚愕していると、
「──チッ、何してる⁉ 追うぞ!」
飛ばされた男が戻ってきた。
すぐにヘルナを追おうとしたが、
「させるかよ!」
ゴーの巨体が彼らの前に立ちはだかる。
「どうしても行きたいってんなら、この俺をどかしてからだ!」
「くっ……」
取り逃した。




