8.悪手と悪臭
アッシュは街を駆け回っていた。
レクスに先に行かれてしまい、現在一人で移動している。
イービルは見つからない。
ここに来てまだ日が浅いアッシュは、まだ街を把握しておらず、軽い迷子になっていた。
どこに行っても同じような民家に出るばかりだ。
「どこにいるのさ」
もう戦っているのだろうか。
一度戦ってレクスが強いことは理解できた。
だが、それはあくまで自分と比べてという意味。
前回のイービルと比べると厳しいモノがある。
Bランクのハリスが苦戦していたのに、Cランクの少女一人で大丈夫なのか。
アッシュは不安だった。
「ん?」
しばらく走っていると、遠方からバンッと爆発音がした。
この音に既視感がある。
そうか。
この爆発は、レクスの謎のオーブ技、爆殺光撃によるものだ。
アッシュは音のする方向へと走り出した。
──場所が少し変わって。
先に向かったレクスは、すでに戦闘を行っていた。
「コイツ⁉」
アッシュの不安が的中し、案の定苦戦している。
不気味なうめき声をあげる真っ黒な物体。
身体が大きく、腐ったゴミ袋のような見た目で、その場を動かない。
酷い臭いが辺り一面に立ち込めている。
腕には何本も触手があり、その部分だけ異常に俊敏だ。
レクスは近接攻撃が主体なのだが、接近することができない。
あっけなく捕まってしまった。
捕食するのだろうか、少女を口まで運ぶ。
「クソッ、離せ!」
暴れるも、まるで意味がない。
やがて、イービルが口をあんぐりと開き、そのまま食べようとした。
「うっ⁉」
口から洩れる激臭が、少女の鼻をつく。
「──分離!」
突然、どこからかオーブが放たれた。
触手に命中し、ボンッと膨らみ爆発する。
触手がシュルシュルと離れた。
両手の空いたレクスが、下半身に巻き付く触手を、オーブを使って振りほどく。
「レクス!」
アッシュが助けにきた。
かなり急いだようでその息は荒い。
「ワタシだけで十分だと言ったはずだ」
「なにさ、食べられそうになってた癖に」
「少し油断しただけだ」
相変わらずの意地っ張り。
レクスは何もなかったかのように振舞う。
間に合ったみたいだ。
ホッとするアッシュだったが、前回と全く違う形をした生物に戸惑う。
「あれがイービル……」
「動きは鈍いがあの触手、かなり厄介だぞ」
「この臭い……うえっ、なにさ」
「ああ。ワタシも匂いがするタイプは初めてだ」
ハンターは汚れ仕事なのか。
2人は鼻を押さえるが、
「来るぞ!」
イービルが触手を伸ばしてきた。
せっかくの食事を邪魔されてしまい、かなり怒っている。
2人は距離を取り、触手が届かない位置まで退避。
「なにか作戦とかあるのか?」
作戦は大事だ。
アッシュが不意に尋ねる。
「そんなものはない。近づいて一撃入れるだけだ」
聞いたのが悪かったらしい。
「そう言う貴様は何かあるのか?」
「……ない」
「フンッ、なら聞くな」
アッシュなりに考えた。
このイービルもどうせ、分離では倒せないだろう。
ならレクスの言う通り、近づいて光撃を当てるしかない。
しかし、その前にあの触手に捕まってしまう。
自分より機動力の高いレクスがそうなるのだから、よけきれるはずがない。
出来ることならアレに近づきたくはない。
ここからでさえ、ひどい臭いがする。
これ以上は無理だ。
そんなことを考えていると、ふとある作戦を思いつく。
同時に顔をしかめて言う。
「あのさ、近づけさえすればいいのか?」
「ああそうだ。何か思いついたのか?」
「はあ、じゃあ任せた」
作戦、というよりこれしかない。
アッシュは臭いを我慢し、イービルの元まで一直線に走りだす。
「なんだ、臭いにやられて血迷ったか」
レクスも加勢した。
──2人は悪臭と戦う。
接近を試みるも、素早い触手の動きに苦戦し、近づくことができない。
「あっ⁉︎」
アッシュが捕まってしまう。
「クソッ!」
気を取られてレクスも捕まった。
そのまま仲良くイービルのお口まで運ばれていく。
ゴミ袋も嬉しそうだ。
「おい! このまま喰われるのが貴様の作戦か⁉」
「そんなワケないさ。一発しかないからあとは任せた」
「なんだ、一体なにを……」
イービルが先に捕まえたおいしそうなアッシュを食べるため、大きく口を開けた。
「えっ⁉ くっさ⁉」
今までの比ではない激臭。
吐きそうになるアッシュは左腕を黒く染めた。
触手を力任せに千切り、標的の大きな口に向け、左腕を構えた。
「食らえ! 分離!」
そう叫び、黒いオーブが直線状に発射される。
口内に直接光線を流し込まれたイービルが悲痛な叫びをあげた。
中のモノが色々飛び出して、たまらないといった様子。
2人の拘束を解いてしまう。
「レクス!」
「ああ、任せろ!」
グッタリするゴミ袋。
レクスはすぐに接近し、手の甲がオーブで熱を帯びた。
「──爆殺光撃!」
裏拳で一撃と言わず、何度も殴り滅多打ちにする。
本当に手加減していたらしい。
勢いがアッシュの時とは段違いだ。
イービルの身体が爆発し、粉々に吹き飛んでいく。
やがて、悪臭と共に跡形もなく消滅した。
「ハア……ハア……やった」
やっと臭いから解放された。
アッシュは地面に寝転んだ。
「なんだ、フラフラじゃないか」
「あれをやると、毎回こうなる」
弱々しく返答する。
「なぜワタシと戦ったときは使わなかった?」
「そっちと違って、手加減できないからさ」
お互いに手加減していたらしい。
「まあいい。今回は助けられたな。一応、礼を言う」
「いいさ。困ったときはお互いさまって」
「フッ、そうだったな」
2人は笑った。