84.謎の男
翌日、アッシュはギルド長室にいた。
何やら緊急のお話があるらしく、直ちに来いと招集されたのだ。
「話ってなにさ?」
アッシュがいつも通り尋ねる。
部屋の中にはギルド長のプラスだけ。
すでにゴーには伝えたそうで、後は寝坊したアッシュだけだった。
「そうね、まずは座りなさい」
「別にこのままでいいさ、早く言えよ」
「いいから座りなさい」
「……わかったさ」
アッシュは言われた通りに近く椅子にゆったり腰を掛けた。
今のプラスはすっかりお仕事モード。
昨日の優しいお姉さんとまるで違う。
身内と2人きりというのにこの冷めた対応は一体……。
余程大事な話なのか、そう考えていると、
「さっそくだけど、教王の側近、トテモカッタ=コッティル。彼が……戦死したわ」
「っ⁉ コッティルさんが⁉」
衝撃の知らせが耳に入る。
教王の側近、トテモカッタ=コッティルがヴァリアードとの戦いで殉職した。
これはAランクハンター、つまり支部長クラスの貴重な戦力を一人失ったということだ。
「わたしたちと同じ頃に中央教区も襲撃を受けたそうよ」
「中央もそんな……マリーは大丈夫なのか」
マリコ含む見張り隊が戻った時には、すでにヴァリアード軍は撤退した後だった
前回より敵の侵攻が凄まじく、甚大な被害を受けてしまった。
街の中は極めて悲惨な状況だという。
「教王は何してるのさ、数ではこっちが有利なんだろ」
戦力はユースタント側に分があるはずだ。
前回の襲撃では、街までは侵入されなかったと聞いた。
なぜ今回は侵攻を許してしまったのか。
「落ち着きなさい、まだ話は終わってないわ」
プラスが両手を組んだまま話を続ける。
「報告が入ったの、知らない敵を確認したって」
「敵? 他にもAランクがいたのか?」
「わからないわ、でもものすごく強かったそうよ。ソイツのせいでこっち側は総崩れ、被害が街にまで拡大したの」
ここに来て新たな敵と遭遇したそうだ。
その人物が驚異的な強さで中央教区を暴れ回り、街に大きな被害をもたらした。
たった一人で戦況を変えるほどの人物が敵の中にいる。
なぜ今まで襲撃に参加しなかったのかは不明。
しかし、これからユースタント側の脅威となることは確実だ。
「よくそれで撃退できたな」
「そうね、でもかなりの戦力を失ったのは確かだわ」
「なるほど、ならオレたちも中央に行くのか?」
「話が早いわね、そういうこと」
今回の襲撃で中央の戦力は著しく低下した。
そのため、ギルドの戦力を回して欲しいと、教王が連絡を寄越てきたという。
「ゲリードマン派はもう壊滅状態だし、こっちは問題ないでしょうね。だから第一教区の守りは最低限にして、後は中央に回すことにしたの」
「いよいよ総力戦か、で、いつ行くのさ?」
ようやくマリコたちに加勢できる。
次こそはレクスを捕まえて監禁する。
あと、何気に中央教区に行ったことがないアッシュは、少しだけ舞い上がっていた。
話に聞く都会という奴を一度お目にかかりたいのだ。
そのため内心テンションが上がるが、
「何言ってるの? アンタはこっちで防衛よ」
「……へっ?」
アッシュの顔がこわばる。
「言ったじゃない、守りは最低限にするって。とりあえずゴーとティゼット、その他ギルドのハンターたちを送ることにしたの。向こうはそれで十分よ」
「えぇ~、また蚊帳の外かよ……」
またも戦力外通達を受けたアッシュは、肩をガックリ落とす。
自分だってそこらのBランク相手には引けは取らないつもりだ。
クロスオーブだって取って来たし、十分戦力になるはず。
なのに過保護なプラスはダメだと言い張っている。
そして、納得のいかない少年を見て、いきなり机をバンと叩く。
「なによ! わたしを一人にする気! 言っとくけどね! このためにアンタを呼んだんだから!」
「またそれかよ! ティゼットはまだ怪我してるんだからオレが行った方がいいだろ!」
「フフッ、残念だったわね。今度エリーさんが治療に来てくれるそうよ、これでハリスも復帰できるわ!」
今回の戦闘で、多くの負傷者が出た。
そのため、ゴーの飼い主であるエリー=レザーフットが第一と中央教区を訪問するそうだ。
普段はエリーを出し渋ってくる第二教区教会。
しかし、お国の一大事ということもあり仕方なく聞き入れた。
アッシュはそれを聞いてひどく落胆してしまう。
これで自分はお役御免だと。
「またゲリードマンが来る可能性は十分ある、その時はアンタも手伝いなさい!」
「はあ……そんなのってないさ……」
「そう落ち込まないでよ、わたしと一緒にいられて嬉しいでしょ?」
「はあ~あ」
「しょうがないわね、またメイドさんになってあげるから、ねっ?」
「っ!」
突如、優しいお姉さんが舞い降りたが、
「そ、れ、に!」
無情にも、一瞬でギルド長の顔に変わってしまう。
「敵もすぐには攻めて来られないはず。アンタはそれまで特訓よ! さあ行きなさい!」
アッシュはギルドを後にした。
というか追い出された。
──アッシュは手厳しいお姉さんの言いつけ通り、良い子に特訓していた。
森の中一人で虚しく。
どこか腑に落ちないようで、特訓にまるで精が出ていない。
「はあ……どうしてオレだけ……」
オーブをプカプカさせながら嘆く。
確かに自分のオーブは見ての通り、真正面から戦うのに向いてない。
だからと言って、そこらのヴァリアードに易々と敗北する程やわではない。
この4年間、血の滲むような修行を乗り越えてきた
そこの所は大丈夫なはずだ。でも、
「強かったさ、やっぱり」
やはりレクスは強かった。イヤというほどに。
まともに戦ったら勝ち目がないと改めて理解させられた。
ああやってコソコソ隠れて戦うしか出来なかった。
次は会う時はまた森の中とは限らない。
今度は身を隠せる場所があるとは限らないし、もしそうだとしたら自分は何もできず、本当に殺されるだけではないか。
「どうしたらいいのさ……」
まるで振り出しに戻された気分だ。
今まで強くなるために必死に努力してきた。
しかし、最近めっきり手ごたえを感じない。
というより、自分にはもう伸びしろがないような気がしていた。
これ以上強くなれる様子がまるでなかった。
アッシュは伸び悩んでいた。
元々物覚えだけは異常に早いこの少年には、その分自分の限界が早く見えるのだ。
また、変なところで頭が回るせいか悪いことばかり考えてしまう。
やはりどんなに努力しても、レクスやティゼットという才能の壁には太刀打ちできないのか、と。
「はあ、もうあれを使うしか……」
ウィリーの力、悪魔の左腕。
かつてのアッシュにはそれがあった。
あの力があればレクスとの接近戦でも十分に戦えるはずだ。
実のところ、使おうと思えば使えないことはない。
少し時間はかかるが、一週間ほど練習すればまた出せるようになる。
代わりにその間は、悪魔の白眼を使用できないが。
しかし、それは同時にウィリーの力を高めることになる。
前回ウィリーが出てきたのは、力が急激に増大したのが原因である。
ベルルの力を奪い取ったことが決め手だが、悪魔の左腕も少なからず手を貸していた。
悪魔の力は使えば使うほど、本体の力が強まっていく。
アッシュは4年間の悪魔研究の末、こういう結論にたどり着いていた。
なので、復活したところで大した問題にならないベルルならまだしも、ウィリーの方は危険過ぎる。
だから封印した。そうしたつもりだったが、
「もうこれに頼るしか……いや、ダメさ! それだけは絶対ダメさ!」
アッシュは首をブンブン横に振る。
もしまたウィリーが復活でもしたら、今度はどうなるか分からない。
これ以上自分のことで、プラスを危ない目に巻き込みたくなかった。
それに、悪魔は心の弱いところに漬け込んでくる。
気をしっかり持たなければ。
「また頑張るしかないさ!」
自分の力でなんとかするしかない。
少し頼りないがベルルだっている。
アッシュは顔をパンッと叩いて特訓を再開した。
すると、
「──おいおい、こんな所で特訓か? 寂しいねえ」
背後から男の低い声がした。
「っ⁉」
アッシュが振り向くと、そこには黒いローブに身を包む謎の男が立っていた。
不気味な妖気を纏っており、顔は全く見えない。
その分、怪しさがより引き立っている。
「まさか勝手に一人になってくれるとはな、おかげで襲う手間が省けたってもんよ」
明らかに敵だ。アッシュはオーブを構えた。
「お前だれさ、ヴァリアードじゃなさそうだな」
「ふざけんな、あんな醜悪な奴らと一緒にすんな」
「じゃあ何者さ、なにしにきた」
右手を前にかざし、相手を威嚇する。
「ハッ、お前に用はない、あるのはお前の中にいる奴だけだ」
「っ⁉」
アッシュは目を大きく見開いた。
この男は悪魔を知っている。
しかも、自分の中にいることまで分かっている。
というのを瞬時に理解した。
「どうしてそれを知ってるのさ? ていうか誰さ」
「なあ~に、お前のことなら何でも知ってるぜ、本当の名前、父ちゃんと母ちゃんのことだってよ~く知ってる、お前より詳しいかもな」
この怪しい男は一体何者、なぜそこまで自分を知っている。
念のため相手のオーブを透視すると、
「っ⁉」
アッシュは驚愕した。
男のオーブから生気を感じられなかったからだ。まるで死人のよう。
生き物が発するエネルギーではない。
悪魔もまた異質なオーブではある。
でもこれは全く別の何か、無機質なところがクロスオーブに近い。神の力。
「ん? ああ、そうだったな。”透視” か」
「っ⁉」
「そいつがベルルって奴の能力だったな、また厄介な力だなおい」
ベルルのことまでご存じだ。
もちろん透視もお見通し、詳し過ぎだ。
「お前もお前だ、人間の癖して悪魔の力を使えるなんてどうかしてるだろ」
「…………」
「おっといけねえ。少し喋りすぎたな、やべえわ怒られちまう」
男が頭を触りながら反省する。
「じゃ、悪気はねえけどそろそろヤッちまうか」
「っ⁉」
「悪魔が宿りし者、そして悪魔の子、イーナス=スターバード。世界のために死んでくれや……あ、いや違うな、用があるのはベルルの方だったわ」
男がオーブを出した。




