83.お姉さんと休日
それから2日後、アッシュはいつものようにハンター専用宿舎で眠っていた。
初めは落ち着かなったこの部屋であるが、もうすっかり住み慣れたものだ。
自宅のようにくつろいでいた。
「……ん?」
そんなアッシュはふとを目覚ます。
なんだかベッドが狭く、違和感を覚えていた。
試しに寝返りを打ってみると、
「……うわっ⁉」
アッシュは飛び上がってしまう。
隣に女性がいたからだ。
これは、自称従者のヘルナ。
何も着ておらず全裸で眠っているヘルナがいた。
「ん……うるさい……」
その声に気づいてヘルナも目を覚ます。
「な、なんでオレの部屋に、どうして裸なのさ……」
アッシュは右手で目を隠し、左手で指をさす。
コイツは別の宿舎に泊っていたはずだ。
それがどうして自分の部屋にいるのか。
まさか事後なのか、やってしまったのか。
いや、昨日は普通に一人で就寝したことはしっかり覚えている。
アッシュが困惑していると、
「何もしてない、寝てただけ」
ヘルナは普段裸で寝ているそうだ。
毛布で身体を隠しながらそう言った。
ちなみにその毛布は、アッシュの大事なふわふわだ
「なんでオレの部屋にいるのさ……」
「人肌が恋しい、癒しが必要」
一人で寝るのは寂しいそうだ。
……嘘は良くない。
なら今までどうやって生活していたのか。
アッシュは心底疑問に思う。
「疲れが取れない、まだ寝たい」
あれからヘルナは、主のゴーにたっぷり絞られていた。
ずっとクロスーブの修行とやらに付き合わされており、その疲れが中々抜けないため、アッシュの部屋で眠っていたというわけだ。
ちなみに、今日の修行はお休みだそうだ。
「……なんかゴメン」
あの修行の厳さは身体に染みついている。
なので、さすがにヘルナを気の毒に思う。
こうなったのは自分のせい。
アッシュは今更ながら申し訳なくなる。
「許す、だから一緒に寝て」
他人ごとながら、今回のヘルナは苦労している。
アッシュは少し迷う。
他の女と寝るのはどうなのか、浮気にはならないか
いや、すでに一夜を過ごしてしまっている。
そして、
「…………」
添い寝くらいならいいか。
と、労いも兼ねて承諾することにした。
「分かったさ、でも服は着ろよ」
「っ! うんわかった」
珍しく要求を呑んでくれて、ヘルナがぱあっと明るくなる。
彼女が素早く服を着るのを確認したアッシュは、布団の中にお邪魔した。
しばらくして、
「もう寝たか、ヘルナ」
「……まだ」
「お見舞いに行きたいんだけど」
今日は手のかかる後輩に会いに行く予定だ。
なので早く眠って頂きたいところ。
ふと横にいるヘルナに目を向けると、もうウトウトしており、今にも眠りにつきそうだ。
余程疲れているのだろう。
うつらうつらに何か言っている。
「あの人には、合わない」
「ん?」
「合わない」
ヘルナがぼんやりと言う。
ゴーではラズラの力を十分に発揮できない。
あれは心の穏やかな者が使った方が良いと。
「君に使って欲しい」
「いや、オレもそんなに穏やかじゃないし……」
アッシュは自分が結構怒りっぽいことを自覚していた。
すぐムキになってしまうし、ここ最近は特に荒れている。
おかげでプラスとは喧嘩ばかりだ。
そう考えるとなんだか泣けてくる。
「そんなことない。君のオーブ、とても優しい」
「だといいけどさ」
「うん……いわくつきだけど」
「い、いわくつき……まぁいいさ、ならティゼットが良いんじゃないか?」
ティゼットは物静かだし、ああ見えて意外と素直で良い子だ。
彼にピッタリ、適任ではないか。
アッシュはそう思ったが、
「あの子、ちょっと不気味」
ヘルナいわく、何を考えているのか分からないそうだ。
確かにそう見えてしまうのも仕方ない。
アッシュは初めて会った時のことを思い出して、苦笑いした。
そして、ヘルナがウトウトと続ける。
「君に渡した、つもり、だった」
「……悪かったさ、でも仕方ないだろ」
「それに、ラズラ様も、君が、いいって……」
そのまま眠ってしまった。
「はあ……」
ようやく寝てくれた。
アッシュはベッドをそっと抜け出して支度する。
「ゴーに合わない、か」
少しに気になるがお見舞いに向かった。
──アッシュはその後、ティゼットのいる教会の病室へとお邪魔した。
持参したギルドお手製のプリンを、一緒に食べながらしばらくお話タイム。
相変わらず無口なティゼットではある。
だが、先輩がお見舞いに来てくれて不思議と嬉しそうだった。
元気な後輩を目にして安心したアッシュ。
彼はこの日、プラスから夕飯に招待されていたため、彼女の自宅へと向かう。
そして、ようやく家の前に到着した。
「ただいまー……って、誰もいないさ」
アッシュは家の中に入ると返事はなかった。
玄関にステラの靴がない。
まだ出かけているのか、それとも例のお料理教室か
「ん? これはプラスの……」
プラスのプライベート用の靴を発見した。
しかし、居間に行ってもお姉さんの姿はない。
2階の自室にいるのだろうか。
アッシュは一応挨拶するために2階へ向かう。
部屋の前。ドアをコンコンしようとしたが、
「──あら! まだいけるわね!」
中からプラスの声がした。何やらテンション高め。
「──流石はわたしね、喜んでくれるかしら。フフ」
「…………」
本当は部屋にまで入るつもりはなかった。
でもどうしても気になってしまい、
ガチャリ。すると、
「あっ、アッシュ、帰ってたの」
そこには鏡の前で自分の姿を確認する、メイド服を着たプラスがいた。
肌の露出を最小限に抑えたロングスカート。
胸部に大きな赤いリボンがついている。
可愛らしさと清楚さの両方を兼ね備えた、キュートでコンパクトなデザインだ。
「な、なにしてるのさ」
その一言を発し、アッシュは固まってしまう。
何かいけないものを見てしまったような、そんな気がした。
「あ、これはその、あのね」
プラスはアタフタしながら説明する。
「さ、最近怒鳴ってばっかりだったから……」
それがどうしてメイド服を着ることに繋がるのか。
「アンタこういうの好きなんでしょ? その、喜んでくれると思って……」
上目遣いである。
好きと言った覚えはない。嫌いではないが。
「この前は大変だったし、元気になって貰いたくて……どうアッシュ? 変じゃないかしら?」
そう言って不安そうに鏡を確認する。
「どうって……」
意識が飛びそうなくらいには、良い。
と言いたいところだが、アッシュは多感な時期のため、素直に言葉が出ない。
それに家族同然のプラスだからだろうか。
目の前のメイドさんになんだかムズムズする。
「わ、悪くないさ」
「ホント? よかった。アンタのことだから変って言われるかと」
「そ、そんなこと……に、似合ってるさ」
「そう、ありがとねアッシュ。フフッ」
アッシュのためにわざわざ取り寄せたそうだ。
それはご苦労なことだと少年はため息をつく。
「それじゃあ、こうしましょうか!」
評価は概ね良い。
気分も良くなったプラスが提案する。
「エッチなことはダメだけど、今日はわたしが何でもしてあげる!」
「なっ⁉ す、するわけ……はあ、しないさそんなこと」
「フフッ、冗談よ、分かってるわ。それで何にしましょうか? う~ん、そうねえ」
メイドさんは腕を組んで考える。そして、
「そうだ! 耳かきなんてどうかしら? 昔よくやってたじゃない? 久しぶりにやってあげる!」
4年前はよく一緒に耳掃除をしていたものだ。
あの頃を思い出し、アッシュも懐かしくなる。
「へえ~、ならオレもやってあげるさ」
「えっ、それじゃメイドさんになった意味がないじゃない……まあいいわ、はい! こっちに来なさい!」
プラスが正座して膝をポンポンした。
「わかったさ」
アッシュはお言葉に甘えて、膝枕してもらう。
「フフッ、どう?」
「ああ、悪くないさ」
耳かきした。




