79.再会
そして、ようやく場面が元に戻る。
目的を果たしたアッシュ御一行。
彼らは現在、ラズライト遺跡を後にして帰還中だ。
負傷したティゼットをアッシュがおぶっており、少し時間が遅れていた。
ちなみにマルトンもいる。
そんな男3人の後ろから、当たり前のようについて来る、一人の女がいた。
クロスオーブの番人、ヘルナ=ラズラールだ。
「あの、坊ちゃん」
マルトンが唐突に尋ねた。
「な、なにさ」
仲間を背負い、少しお疲れのアッシュが返事する。
「いいんですかい? 本当に連れて行く気で?」
マルトンはチラッと後ろの露出の高い女を見た。
見慣れない格好に不審がっている。
ティゼットもコクッとうなづく。
気に入らない、同意だと言っている。
散々な目に遭わされたこともあり、2人ともまだ信用できないようだ。
「はあ、仕方ないさ。ついて来るって言うことを聞かないんだ、アイツ」
アッシュもため息をついて、勝手についてくる女に目を向けた。
「っ!」
ご主人様の視線に気づいたヘルナは言う。
「迷惑はかけない」
「いや、すでに迷惑なんだけど……」
「それに私はヘルナ、アイツじゃない」
ちゃんと名前で呼んでほしい、と言葉を付け加えた
「君は新しい主、行動を共にするのは当然……寝る時も」
ヘルナは先ほどからずっとこの調子だ。
余程この新しいご主人様を気に入ったのだろう。
後ろからピタリと絶妙な距離を保ってくる。
「はあ、どうしていつもこうなるのさ……」
この露出の多い女を連れて帰ったら、ギルド長になんて言われるか、
だが、ティゼットがこんな状態では逃げることもできない。
アッシュは途方に暮れていた。
「にしても、このお嬢さんがあっしたちを襲った張本人とは、とても信じられやせんねえ」
マルトンがしなやかに揺れるお胸を見ながらそう言った。
ティゼットもウンウンうなづき、大きな胸元を無言で見る。
「オレだって見つけた時はビックリしたさ、コイツを」
アッシュも同じくガン見した。
「コイツじゃない、ヘルナ」
ヘルナは身体を逸らして胸を遠ざけた。
「それにこの肌の色に尖った耳、本当に人間ですかい?」
「さあな、オレも聞いたけど秘密だってさ。コイツが」
「ヘ、ル、ナ」
そんな何気ない会話をしながら、しばらく歩いていると、
「待って、誰かいる」
ヘルナが急に足を止めた。
「ん? どこにいるのさ?」
「さあ? 観光客ですかね?」
男2人は辺りをキョロキョロする。
ティゼットもオロオロする。
「違う、私たちを見てる」
ヘルナは辺りを警戒し始めた。
言われてみれば先ほどから周りの雰囲気が異様だ。
さっきまで鳴いていた鳥のさえずりが聞こえない。
殺気とまた違う。
誰かに見られているような感覚がする。
「坊ちゃん、アレをやってみてはどうです?」
「ん~、そうだな。やってみるか」
マルトンの提案に乗り、アッシュはおもむろに左目を閉じた。
「よし、悪魔の……」
とその時、
「坊ちゃん! 上っス!」
「っ⁉」
まぶしい日の光が差し込む。
突然、何者かが真上から現れ、襲いかかって来た。
「危ない」
「ぶほっ⁉」
アッシュは反応が遅れるも、自称従者のヘルナが突き飛ばす。
おかげで躱せはしたが、バランスを崩してティゼットに押し潰されてしまう。
「おいティゼット! どけよ!」
意図せず先輩に乗っかってしまい、後輩はアタフタしている。
その間にも、ヘルナが襲撃した人物と格闘する。
「くっ⁉」
だが、敵の攻撃を受けて怯んでしまう。
「死ね!」
少し低い女の声だ。
女が拳に光を込め、そのまま振り下ろす。
「させないさ!」
ティゼットをどかしたアッシュが助けに入った。
アッシュの方が少し背が高いみたいだ。
「っ⁉」
敵はヘルナへの攻撃を中断し、とっさにガードした
青い髪をなびかせ、衝撃を流すため、一度後方に飛んだ。
「大丈夫か⁉︎」
ダメージを受けた仲間に様子を尋ねた。
「なんともない、でも前見て」
「わかってるさ……っ⁉」
敵の姿を見てアッシュは絶句した。
それは、青色の髪を一纏めにして、印象的な紅の瞳を持つ少女。
「…………」
少しは背は伸びているが、相変わらず気の強そうな表情。
「…………」
服装だってあの時と似たような感じ、間違いない。
「……レクス」
この4年間どれだけ想っていたことか。
忘れた日は一度だってない。
彼女が今目の前にいる。
アッシュは鼓動が早くなるの感じた。
「…………」
レクスもアッシュを見たまま動かない。
だが、少しして、
「クロスオーブを渡せ」
無愛想にそう言った。
「っ⁉」
「貴様らが所持してることは知っている。こちらに渡してもらおうか」
レクスもクロスオーブを狙ってここまで来たようだ
しかし、敵に先に越されてしまった。
なので強硬手段に出ている場面だ。
「渡さない、もう彼の物」
「彼、だと?」
「お、おい、なに勝手に言ってるのさ……」
「それに……」
ズイッ、ヘルナがいきなりご主人様に身を寄せた。
「私も、もう君の物。フフフ」
「うっ……」
アッシュは顔を引きつらせた。
ヘルナが胸を押し付けてくる。
この状況は非常にまずい。
これでは誤解されてしまう。
レクスは眉が一瞬ピクッとなるが、
「そんなことはどうでもいい、早くしろ。そうすれば命だけは見逃してやる」
冷ややかに言い放つ。
「あのお嬢さんは確か……っ⁉ ひぇえっ⁉」
マルトンが悲鳴をあげた。
ようやく思い出したか、昔の嫌な記憶が蘇ってしまう。
ティゼットはオロオロする。
上官たちの様子に戸惑っている。
「…………」
レクスはまるでゴミを見るかのように、小汚い男に目を向けたが、すぐアッシュに視線を戻した。
「渡す気はないようだな、なら仕方がない」
無理やり奪うまで。
レクスは真っ赤なオーブを構えた。
炎のように燃え上がる力強いオーブだ。
「ひぇええ⁉ 坊ちゃん! 早く渡してくだせえ!」
恐怖が染みついている。
マルトンが早くも泣きながら降参した。
「ダメ、絶対ダメ」
主人を変えたくないヘルナが断固拒否としてする。
ティゼットは先輩を見た。決断を迫っている。
そして、
「……みんな、先に行け」
ここはアッシュが身を呈してくれるそうだ。
リーダーの鏡である。
きっとレクスの前だからだろう、少しカッコつけている。
「坊ちゃん! 一人で戦う気ですかい⁉ 無茶ですぜ!」
「マルトンは戦えないだろ」
ティゼットも首を横に振った。無謀だと言っている
「余計なお世話さ、怪我してる奴に言われたくないさ」
「君を置いて行けない」
「いや、お前はクロスオーブを守れよ」
アッシュは自分の言うことを、ウンとも聞かない仲間に苛立ちを覚えた。
レクスが見ている。
これでは締まりが悪いではないか。
「今は任務が重要さ、だから頼む」
今はクロスオーブを持ち帰ることが最優先。
負傷しているティゼットを置いたまま戦闘するのは危険だ。
これが最も現実的な選択。それに……
「何をしている、さっさとしろ」
見ての通りレクスが急かしてくる。
機嫌も悪そうだ。
アッシュは慌てて言う。
「ティゼットを早く教会に運ばないとさ」
「ですが坊ちゃん……」
「なにさ、リーダーの言うことが聞けないのかよ!」
「ま、またそれですかい」
こうなったらボスの権限を行使するしかない。
ティゼットとマルトンを無理やり納得させた。
あとは……。
「お前はクロスオーブを守ってくれ」
「イヤ、君から離れない」
「おい、言うことを聞けよ!」
「イ・ヤ」
「……頼むさ、ヘルナ」
「っ!」
アッシュが名前を呼んでお願いした。
「はぅ……うん、任せて」
ご主人様の命令は絶対なので承諾するしかない。
ヘルナは顔を赤くしてうなづいた。
「ああ、任せた。あとで追いつく」
「坊ちゃん! どうかご無事で!」
「マルトンも頼んださ。ん?……っ⁉」
アッシュはギョッとした。
目を閉じてこちらに腕を広げるヘルナがいたからだ
「な、何してるのさ……」
「絶対に戻ってきて、約束。んー」
「…………」
アッシュは恐る恐るレクスの方に目を向けた。
またも眉をピクリとさせている。
これはまずい。絶対にまずい。
「なにしてるんスか、早く行くっスよ!」
「あっ、誓いが……」
マルトンが無理やりヘルナの手を引っ張る。
「上げるっスよ! せーのっ!」
そして、2人でティゼットを担ぎ、急いでその場をスタコラと去っていく。
「ふう……」
仲間の背中を見送り、アッシュは一安心。
しかし、
「……チッ」
「うっ⁉」
強烈な視線を感じてゆっくり振り返る。
そこには不機嫌に腕を組み、こちらをギロッと睨む少女がいた。
「……ひ、久しぶり、さ」
挨拶した。




