77.センスの差
普通のお縄に捕えられてしまい、あえなく絶対絶命のマリコ。
これは好機。
ロドリーはとても気持ち悪い笑みを浮かべている。
「ヒッヒッヒッ、これで終わりですねえ。終焉です」
オーブのムチで地面をパシパシさせる。
「うぐ……っ!」
マリコは苦しそうだ。
縄がキツく縛られて身体に食い込んでいた。
これではオーブを使えそうにない。
「苦しそうですねえ、良いお顔ですよ……そうですね、『ロドリー様は天才です』と言うのなら少し緩くしてあげてもいいですよ」
「だ、誰がそんなこと、言うのかな」
マリコは片目を瞑りながらそう言った。
「この期に及んでまだそんな態度を……よろしい、アーティストは多忙なのです。あなた如きに構ってる暇はありませんから、もう楽にしてあげます」
ロドリーが鞭を振り上げた。芸術の時間だ。
「……フフン」
しかし、マリコが小さく笑った。
それを見てロドリーの眉毛が吊り上がる。
「……何がおかしいのですか? 芸術を前に気でも狂われましたか?」
この状況でなぜ笑うことができるのか。
これからなぶり殺されると言うのに。
ロドリーは目の前の女を不信に思う。
「私の攻撃は、まだ、終わってないよ」
「何を言いますか? あなたオーブは上空に……はっ⁉」
ロドリーは自分と女の間に映る、巨大な影の存在に気づいた。
それは丸い形をしており、ユラユラと漂っている。
「ま、まさか……」
すぐに顔を空に向けると、
「っ⁉」
そこには巨大なオーブが存在していた。
ピンクの球体がフワフワしながら静止していた。
「う、美しい……これは、げ、芸術……」
「そう、だよ。私の取って置きの、オーブちゃんなんだな」
ロドリーの額に汗が流れた。
「ほう、これを私にぶつける気ですか?」
おそらく彼女が注ぎ込める最大量の分離だ。
なるほど、確かにこの質量のオーブを受けたら一溜りもない。
だがしかし、
「……つまり私の元に落ちる前に、あなたをヤレばいいというわけですね?」
ロドリーが右手に握る縄を瞬時に引っ張り上げた。
「うっ⁉」
マリコは体勢を崩し、引っ張られた方向へ倒れそうになる。
縄の締め付けが強くなり、さらに顔を歪めた。
「今です慈愛の鞭! あの女をズタズタにしてあげなさい!」
ロドリーがそこに鞭をシュルッと伸ばす。
「っ⁉ 落ちて! 可愛いお星様!」
マリコのとっさの合図で、空中のオーブが両者の中間に落下する。
「っ⁉」
それが慈愛の鞭と、マリコを縛る縄を巻き込んだ。
マリコの狙いはロドリーではなく、初めからこの忌々しい縄だった。
そのまま地面に衝突、オーブの爆音が耳に広がる。
辺りに砂埃が舞い上がり、2人は飲まれていく。
「イテテ……キツく縛りすぎだよ、もう」
砂埃が舞う中、マリコは縄を振り解いて脱出した。
姿の見えない敵に、杖をグッと握って備える。
下手に撃つとこちらの居場所がバレてしまう。
相手もそう考えているのか、なかなか攻撃してこない。
「っ!」
一瞬の空気が乱れ、マリコはピクッと反応した。
「──創造光撃! ヒヒッ!」
煙の中から、ロドリーが拳に光を乗せて襲い掛かる
「っ⁉」
マリコは瞬時に身体を逸らし、ギリギリでかわす。
ロドリーがそのまま接近戦を仕掛けてきた。
光撃が使えないマリコは、無理に撃ち合わずひたすら躱し続ける。
「接近戦は苦手でしょう!」
ロドリーが撃ち込む。
この女は遠距離タイプ、つまり接近戦に持ち込こめばこちらが有利。
予想通り相手は光撃を出してこない。
接近戦なら自分の方に分があるみたいだ。
だが、ロドリー自身も光撃が苦手なためこれは苦肉の策。最後の手段だ。
「ヒッヒッヒッ! 芸術面ではあなたが上だ! ですがここからは関係ない!」
確かに相手の方がセンスは高い。
そこは素直に認めよう。
芸術とは、勝ち負けだけで判断するといった浅はさかなモノではなく、互いに称賛して切磋琢磨していくもモノ。
ここまでされては、一芸術家として彼女を賞賛しないわけにはいかない。
しかし、遠距離タイプは一度接近されたら、再び距離を取るのは難しい。
自分で言ってちょっと悲しくなるが、センスなど無意味である。
従って、ロドリーは勝利を確信したが、
「ブヘッ⁉」
急に頭にガンッと衝撃が走る。
マリコが可愛い杖で殴ったのだ。
「えいっ!」
今度は両手で杖を握り、横から思いっきり振り抜いた。
「ブハッ⁉」
ロドリーはとっさに反撃するも、マリコが軽快な動きでそれを躱す。
杖をクルクル回し、勢いを乗せて頭部を殴りぬく。
ロドリーは果敢に挑むがどれも空を切り、マリコを捉えることが出来ない。
彼女の芸術的な動きを前に手も足も出ない。
「おそいよ!」
「がはっ⁉」
怯んだところをさらにボコボコに殴っていく。
「なっ、なぜですか⁉ あなたは遠距離のはずでは……」
歯がボロボロに欠けたキモいおじさんが言う。
すでに顔が膨れ上がっていた。
「フフンッ! アシュ君と特訓したからね!」
「っ⁉」
マリコから小さな笑みが零れる。
この4年間、アッシュに分離を教える代わりに接近戦を教わっていた。
Bランク試験の時に、カールの接近を恐れたせいで無理をしてしまい、それが不合格に繋がった。
あの時、少しでも接近戦が出来ていれば、結果はまた違ったかもしれない。
遠距離タイプは近づかれると何もできなくなる。
ならば、この杖を武器にしてなんとか戦うことはできないか。
マリコはそういう結論に至っていた。
「な、なんということだ……」
この勝負、芸術を捨てた時点でロドリーは敗北していたのだった。
真のアーティスト、それはマリコであった。
「終わりだよ、おじさん!」
ガン! ガン! ガン!
ロドリーの意識が途切れるまで何度も杖を叩きつけた。
「えいっ! えいっ!……あれ?」
気づいた時には敵はグッタリしており、ピクリともしない。
「ふう……終わった~」
戦いを制してホッと息をついた。
結構危ない所もあったが、なんとか勝てたようだ。
「…………」
マリコはふと横たわる中年に目をやった。
「っ!……そうだ!」
そして、おもむろに落ちていた黒い縄を拾い、
「う、う~ん……よいしょっと!」
ロドリーをキツーく縛りあげた。
「これで安心かな! 芸術だよ! フフンッ!」
ズルズル引きずって仲間の元へと戻る。
──少し進むと、カールとその仲間たちを発見した。
どうやら彼らも戦いに勝利したみたいだ。
そばにはヴァリアードが数人倒れている。
それを見たマリコはホッとし、その大きな胸をなで下ろす。
「おや? 無事でしたかお嬢さん」
気づいたカールが振り向く。
「うん! 私は大丈夫だよ!」
マリコは元気よく返事をした。
敵を倒して上機嫌なのか、いつに間にか指揮官相手にもため口だ。
懐の広いカールは気にせず、部下の無事に安堵した
「はえ~、みんな倒れてる」
マリコが手で口を押さえている。
「はい、皆さんのおかげで助かりました」
カールはそう言って、他のハンターたちを見てニッコリした。
みんなヘナヘナして地面にへたり込んでいる。
ほとんどカール一人で倒してしまい、その戦いぶりに腰を抜かしていた。
「おや? ところでお嬢さん、それは?」
カールが、マリコの持つ縄を指さす。
「フフンッ! ほら見て! 捕まえたんだよ!」
すると、嬉しそうに無残な姿のロドリーを見せた。
まるで獲物をゲットした狩り人のようだ。
「おや? 凄いお嬢さんですね。我々も向かおうとしたんですが不要な心配でしたか」
「そうなんだ、あっ! 他の人もこれで縛っておいた方がいいかも!」
そう言ってマリコがもう一つ縄を取り出した。
ロドリーはスペアを持っていたのだ。
「おや? 確かにそうですね、そうしておきますか」
カールは倒れている敵を全員縄で縛り上げた。
ちょっと楽しそうだ。
「これでヨシ!」
「よしなんだよ!」
「それでは戻りましょうか、教王に加勢します」
「うん!」
新たな戦場へ向かう。
──場所は変わって。
ここは第一教区付近の戦場。森の中。
戦況は依然としてギルド優勢であり、統率の取れていないヴァリアード軍の中には、逃げ出す者もチラホラ出ていた。
バン! バンバンバンバン!
戦場の中心では一際大きな爆音が響き渡る。
ただいま、第一教区支部長兼ギルド長のプラス=スターバードと、敵の主導者であるゲイリー=ゲリードマンによる激戦が繰り広げられていた。
これはいわゆる大将戦、リーダー同時の戦いだ。
ここで勝つことが出来れば戦況は一気に有利になる。
それは逆も然り、よって大将が負けることは許されない。
部下たちに示しがつかない。
「くっ⁉」
プラスが敵のオーブを避ける。
破裂で接近を試みるも、敵の攻撃で阻まれ、近づくことが出来ない。
「ハハハハハ! どうしました! この程度ですか!」
ゲリードマンは嘲笑し、さらに無数のオーブを放つ
科学者を意識してるのか綺麗な白衣を羽織っており、如何にも弱そうな研究者。
少しだけ弟のロドリーの面影が見える。
自身が独自に開発したという専用のグローブを装着しており、それにより分離の威力、発射速度を大幅に上げていた。
本人の実力は精々Bランクがいいところ。
だが、研究者という長所を生かし、支部長の座を手に入れた異色のハンターだ。
プラスは、そのゲリードマンが放つ分離に苦戦し、立ち往生していた。
「あーー! もうっ!」
そして、かなりイラついていた。
「ハハハ、噂ほどではなくて安心しました。大した事ありませんね」
ゲリードマンが爽やかに笑う。
でも弟と同じく顔が気持ち悪い。
「なによそれ! 外しなさい!」
プラスが敵の装備に悪態をついた。
「ハッ、何を言いますか、これは私が開発したものです。負け惜しみとはみっともない、支部長とあろうものが聞いて呆れてしまいます」
「なんですって!」
「それに私から言わせてみれば、今あなたが着ているそのオーブスーツはこの私が発明したものだ。よってあなたが脱ぐべきでは?」
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
プラスは言い返せずに悔しがる。
ファーマ=ダストリラといい、この研究者といい、クマさんといい、どうして自分の相手はいつもムカつく奴ばかりなのか。
というかヴァリアードのAランクは全員こうなのか
考えるとさらにムシャクシャしてしまう。
「もうあったまに来た! ホントはもう少し様子見したかったんだけどもうプッチンよ!」
「様子見? まだ言いますか、見苦しい」
「うっさい! アンタたち全員、わたしが黒こげにしてやるわよ!」
「フッ、何を世迷言を。あなたには不可能です。現に私すら相手に出来てないではありませんか。大体、オーブスーツ開発者であるこの私に対してなんです、その思い上がった態度は──」
「──雷神電来」
プラスが拳を握り込み、全身から雷を放電する。
「なっ⁉ なんですかそれは⁉」
相手の雰囲気が変わり、ゲリードマンは驚愕した。
「覚悟しなさい、ゲリードマン」
静かな闘志を放つ。




