75.裏門警備隊
一方その頃、ここは中央教区。
正門から少し進んだ場所では、ザイコール率いるヴァリアード軍と、教王を中心とするユースタント軍が戦闘を繰り広げていた。
こちらが主戦場であるため、第一教区よりも戦いの規模がいくらか大きい。
敵の目的は教王だ。
従ってこれは教王を守る戦いでもある。
しかし、当の本人は最前線で暴れており、その進撃を前にヴァリアード軍は劣勢に追いやられていた。
現在、ザイコールが一人で教王の相手をしている。
クロスオーブのおかげでなんとか五分に持ち込めているといった所だ。
完全に教王の囮役となっているザイコール。
そのスキに教王側の戦力を削ぎ落とすべく、参謀のグレンの指揮により、側近のコッティル率いる部下たちと抗争状態にあるという構図だ。
そんな戦乱の最中、なぜか裏門を見張る数名の兵士がいた。
「はあ、どうして私だけここなのかな……」
ため息をつく一人の女性がいる。
長いローブを着ており、黒いとんがり帽子をかぶる不思議な女性。
彼女はアッシュのルームメイト。
マリコ=キャパスティ。19歳
増援として呼ばれたマリコは、故郷である中央教区に久々に帰省していた。
挨拶のためジャックおじさんと世間話をしていると、さっそくヴァリアードが侵攻してきたため、この通り戦闘に駆り出されている。
それがどうして裏門を見張っているのか。
相手はヴァリアード。大変不届き者の集団だ。
なので、裏門から攻めてくる愚か者がいるかもしれない。
教王としては戦いに集中したい。
そこで裏門の警備を任せるために、第一、第二教区のハンターたちに数人ほど来てもらい、今回、マリコもそれに呼ばれたと言うわけだ。
雑務に等しい。
「トホホ……せめてお母さんに会いたかったよ」
久々に実家にも寄ろうと思っていた。
お母さんやお父さんに会いたい。
だが、早くも敵が襲撃してきたため、それも叶わずションボリだ。
おまけに自分だけ中央教区に呼ばれたことに不満だった。
アッシュとゴーは、プラスのいる第一教区なのに、どうして自分だけここなのか。
敵が裏門から現れるなんてとても思えない。
どうせなら自分も第一教区がよかったとマリコは愚痴っている。
「アシュ君、大丈夫かな……」
アッシュは今頃、プラスにこき使われているのではないか。
この4年間、一緒に生活していたこともあり、今では可愛い弟みたいなものだ。
最近は反抗期というやつなのか、抱き着こうとしたらすぐ怒られる。
少し悲しいが、それでも大事なルームメイトだ。
「…………」
それに近ごろ急に男の子らしくなり、不意にドキッとする時が──
「はっ! ダメだ! 今は見張ってなくちゃ!」
同居人のことを考えてついボーっとしてしまった。
マリコは自分の顔をパンと叩いて、他のハンターたちとは別の方角を見張る。
「──おや? そちらは第二教区ですよ、お嬢さん」
そんな方向音痴のお姉さんに声をかける、一人の男がいた。
「えっ、あっ、そうでした」
マリコがイヤな顔をして振り向く。
そこにいたのは全身鎧姿で頭が寂しいおじさん。
カール=メルメルトだ。
マリコと同じく見張り役として呼ばれていた。
「第二教区からわざわざ大変でしたね」
「い、いえ。試験官さんこそ……」
「おや? 今日は違います。それにあなたはもうBランクと聞きましたよ」
「はい、そうですね……」
マリコは帽子を深く被る。
このおじさんはとても苦手だ。
4年前、この試験官に落とされた苦い記憶が蘇ってしまう。
次の年は別の試験官だったため、無事昇格できたのだが、もしまたこの人だったら不合格だったかもしれない。
「私たちの他はまだCランクです、頑張りましょう」
「は、はい……」
見張りには6人のハンターが配置されており、2人の他は第一教区のギルドの者たちだ。
第二教区は未だに人手不足。
なので、Bランクのマリコだけが招集されている。
「うぅ……」
そんな中、お知り合いがよりにもよってこのカールだけだ。
マリコはとても居心地が悪かった。
「ところで坊──いえ、アッシュさんはお元気ですか?」
「アシュ君? 知ってるんですか?」
「一度仕事をした仲でしてね、少し気になりまして。彼はいま第二教区にいるらしく、そちらでもお元気そうですか?」
「ええ、元気、だと思います」
知り合いどころか一緒に暮らしている。
「ほほう、それは良かったです」
「ホントに来るんでしょうか、敵なんて」
マリコがポツリと尋ねた。
「おや? 不満そうですね」
「いえ、そういうわけじゃないです。ただここにいても意味ないんじゃないかなって」
と言って不服そうな顔で石ころを蹴飛ばした。
もう自分だって立派な大人でBランクだ。
なのにこんなとこで来るかもわからない敵を待つだけでいいのか。
その内心を察したのか、カールがニッコリして言う
「大丈夫ですよ、中央のハンターは精鋭揃いです。何より教王がいます」
「それはわかってます……」
「第一教区の皆さんが心配ですか?」
「……はい」
「それこそ心配入りませんよ。ここ数年、ギルドのおかげで人手不足も解消されましたし、それにあのギルド長がいれば問題ないでしょう」
「確かに、そうですね。はい……」
カールの言う通りあそこにはプラスもいるし、師匠のゴーだっている。
あの2人が入れば安全だろう。
というか敵が可哀そうまである。
そんなことは分かっている。
でも自分もみんなの役に立ちたい。
マリコはそう思っていた。すると、
「まあ、このままここにいるのも退屈です」
「へっ、退屈?」
カールの発言に、マリコは少し呆気を取られた。
「ええ。なのでもう少し待って敵が来なかったら、我々も戦いに参加しましょうか」
「いいんですか? 勝手に決めても」
「ええ。私がこの見張り隊の指揮官です。ただいま決定しました」
「は、はあ……」
相変わらずこのおじさんの考えてることは分からない。
だが、指揮官としての意見には賛成だ。
早く戦いを終わらせて皆に会いに行く。
マリコは内心張り切る。
おしゃべりはやめて、裏門の見張りを再開した。
しばらくして、
「そろそろいいんじゃないかな?」
マリコがそう呟いた。
大分待ったが、敵なんて出てこない。
もう十分だろうとカールの方を向いた。
「指揮官さん、もういいですよね? 何も起きませんよ」
「…………」
「あの、聞いてるのかな? 指揮官さ……っ⁉」
カールが恐い顔していた。完全に戦闘モードだ。
そのあまりの迫力にマリコは絶句する。
「……どうやら囲まれたようです」
「えっ⁉」
「静かに。敵の気配がします。5人か、いや、我々と同じ6人」
「そんな……いつの間に」
マリコは慎重に周りを見るも、敵がいるようには見えない。
だが指揮官をいると言う。
ここは歴戦の勘というやつを信じたほうが良さそうだ。
「私は他の方々にこの事を伝えてきます。お嬢さんはそこから動かないように」
「は、はい」
もうお嬢さんと言われる年齢ではない。
しかし、上官の命令は絶対だ。
なのでマリコはその場を動かず、敵に気づいていないフリをした。
すると、
「──お嬢さん! 後ろです!」
突然カールが叫んだ。
「えっ?」
次の瞬間、マリコの背後から何者かが襲いかかる。
「──まずはあなたからです、死になさい!」
「丸盾!」
マリコは振り返るのと同時に、盾を展開して防御した。
「なにッ⁉ 私の芸術的奇襲を躱した⁉」
「急になにかな!」
敵は不意打ちに失敗し、すぐ距離を取る。
「あなた達! 出て来きなさい!」
そして、かけ声を共に新たに5人が姿を出し、カール含む5人のハンターからマリコを分断した。
「くっ……」
「うぅ……」
敵に囲まれたことで、経験の浅いCランクハンターたちが動揺している。
「へっへっへっ、上手く分断できましたねえ。ロドリーさん」
敵の一人が気持ち悪い声で言う。
「ええ、私が一人ずつやっつけます。素晴らしい作戦です」
ロドリーと言われた男がさらにキモイ声で言う。
「これはいけません! お嬢さん、今行きます!」
カールが急いでマリコの元へ向かおうとするも、
「おっと、オッサンは俺らの相手をしてもらうぜ!」
「おや?」
「『へっへっへっ……』」
5人のヴァリアードが、同じく5人のハンターをジリジリと囲む。
ロドリーという男が一人ずつ始末する作戦のようで、まずは弱そうなマリコから狙ったのだ。
まんまと敵の思い通りになってしまった。
「指揮官さん、私は大丈夫だよ! それよりも他のハンターさんをお願いしようかな!」
ぼっちになったマリコが指揮官にそう言った。
「し、しかし……」
「なにかな? 少し信用して欲しいな!」
もう昔と違ってマリコはBランクだ。
ここは信用するしかない。カールはそう考えた。
「……分かりました、ですがくれぐれも無理はしないでください」
「大丈夫だよ! 私もすぐそっちに……」
「──お別れの挨拶は済みましたか?」
「っ⁉」
ロドリーが会話を遮った。
同時に、彼の部下共が一斉に飛びかかる。
「へっへっへっ! 行くぜ! ハンター共は残らず皆殺しだ!」
「行きますよ皆さん! 出遅れないように!」
カールが兜を装着して、腰の剣を抜いた。
「ヒャーホー!!!」
そして、マリコの背後で乱戦の火蓋が切られた。
「さて、これで私と2人きりですねえ」
ドンパチなっている中、薄気味悪く言うロドリー。
「気持ち悪いおじさんだね」
「なんですと⁉ アーティストであるこの私に対してそのような下劣な言葉を!」
「ホントのことを言ったまでだよ!」
「許せませんねえ、今のは頭に来ましたよ……」
自分は年上である、礼儀がなっていない。
ロドリーは挑発を流せず、ピキピキしてしまう。
「場所を変えましょう、ここでは集中できません!」
こうも周りがうるさくては、芸術性にムラが出てしまう。
より良い作品を生み出すには、静かな場所がいい。
インスピレーションは大切だ。
よって、ロドリーが移動することを提案した。
「いいよ、特別に乗ってあげようかな! フフン!」
移動した。




