7.おつかい
アッシュは街をブラブラしていた。
その小さな肩には、買い物袋をぶら下げている。
この日はプラスが、両親のいる中央教区に帰省している。
暇を持て余すアッシュは、メイドのステラにおつかいを頼まれたのだ。
プラスがいないから寝放題だったのに。
だが、余った分はおこずかいとして貰えるのでいいか。
そう気持ちを改め、買い物へとのぞむ。
すると、背後から嫌な声が、
「──見つけたぞ! さあ、ワタシと勝負しろ!」
レクスと出会ってしまった。
外出するときは細心の注意を払い、見つからないようにしていた。
だがこの日はおこずかいを渡されたことで油断していたようだ。
「あっ……」
指を差されるアッシュ。
この場を切り抜けるために何とか誤魔化そうとする。
「どちら様でしたっけ?」
「とぼけるな! どれだけ探したと思っている! まる3日だぞ、3日!」
アッシュは呆れてしまう。
しかし、今はステラのおつかいを完遂しなければならない。
「ごめん、今ちょっとおつかいしてて」
「おつかいだと?」
「そう。だから今日は見逃してほしいんだけど」
レクスは少し目を閉じたかと思うと、
「待ってやる」
「えっ?」
「待ってやると言ったんだ。早くしろ」
意外と話がわかるのだろうか。
そして、2人でおつかいをするという奇妙な現象に見舞われた。
「今夜はシチューだな」
ふと、おつかいリストを勝手に見たらしい。
レクスが言った。
「材料でわかる。貴様が作るのか?」
「いや、ステラさんが」
「ステラ? ああ、スターバードのメイドか。アイツのところにいるんだったな」
「そうだけど。レクスは親と暮らしてるのか?」
「ワタシは一人暮らしで使用人が……ってワタシのことはどうでもいい!」
「急になにさ」
「だまれ。ほら、行くぞ」
ガシッと、アッシュの手を引き、お店の中へ入っていった。
──おつかいを済ませると、一度モノを置くため家に戻る。
「ありがとう。今度お礼するさ」
「礼には及ばん。困ったらお互い様だ」
「そっか、じゃあ」
「ああ」
2人は仲良く握手を交わす。
アッシュは家に入ろうとしたが、
「待て」
あと一歩のところでレクスに肩を掴まれた。
「なに終わらせようとしている。ワタシの用事がまだだ」
「ダメか」
「当たり前だ。ここまでしてやったんだ。諦めろ」
「でもオレ、今からステラさんのお手伝いしないと……」
ちなみにアッシュはお手伝いなどしたことがない。
ウソをついて乗り切ろうとしたが、玄関からステラがひょこっと顔を出す。
「アッシュさん! 夕飯までまだ時間ありますから、お外で遊んでていいですよ!」
気を利かせたつもりだろう。
だがそれが逆効果になる。
「だそうだ、アッシュ」
「まあ、アッシュさんのお友だちですか?」
「ああ。悪いが少しコイツを借りる。行くぞ」
ズルズルと引きずられるアッシュが助けを求める。
ステラはニコニコで見送った。
──2人は教会の運動施設にやってきた。
ここは公共施設、
「ここなら存分に戦える」
「でもさ、他の人に迷惑が……」
「ハンター権限で貸し切りだ。それより自分の心配をしたらどうだ」
わざわざ貸し切りまでするとは、本気になりすぎでは。
「始めるぞ」
レクスは軽く跳ねたりして身体を慣らす。
「ちょっと待って。ほらっ、準備体操しないとさ」
いっちに、さんしと。
往生際の悪い少年がなんとか引き延ばそうと粘るが、
「覚悟しろ!」
無情にも、戦闘が始まってしまう。
レクスが足の裏からオーブを出し、それを破裂させ、一気に距離を詰めた。
「なっ⁉」
速い。
プラスたちがやっていたヤツだ。
あまりの速さにアッシュは反応が遅れてしまう。
急接近したレクスが拳を放つ。
アッシュはかわすも、レクスがすかさず右、左、と次の拳を打ち込む。
それをよけたり、手でさばいたりして対処するが、
「甘いぞ!」
突然、レクスが足を出して蹴り上げた。
「うがっ⁉」
蹴りが綺麗に直撃したアッシュ、大きく後ろに飛ばされる。
受けた頬を抑えて涙目だ。
「こんなものか!」
レクスが再びオーブを破裂させ急接近。
あまりに激しい猛攻に、アッシュはオーブを出すことができない。
おまけに足技も混ぜてくるため非常に厄介。
しばらくレクスの一方的な攻撃が続いた。
──防戦一方のアッシュであったが、慣れてきたのか徐々に反撃を始める。
プラスとの特訓の成果か。
まだ不慣れではあるが、一応戦いにはなっている。
「思ったよりやるな」
この時アッシュは、奇妙な感覚に襲われていた。
特に格闘経験はないはずなのだが、不思議と目の前の少女の攻撃にどう対応したらいいのかわかる。
これが才能というヤツなのか。
はたまた記憶喪失前の自分と関係があるのかはわからない。
互角に打ち合っていたが、やがてアッシュの攻撃にキレが出てきた。
「うっ⁉」
アッシュの拳が頬をかすめた。
危険を感じ、レクスは距離を取る。
「やるな。今度は少し本気で行くぞ」
「えっ、本気?」
レクスはそう言うと、手の平から──ではなく、手の甲から中心に真っ赤なオーブを出した。
それを手全体に包み込むように広げる。
やがて少女の手が熱を帯びたように赤い輝きを放つ。
「──爆殺光撃」
「なにさ、それ……」
両腕をクロスさせ、アッシュまで一気に突っ切った。
腕からは赤い光が後方に流れている。
そして、目の前まで来ると身体をくるりと回し、勢いを乗せた裏拳を叩き込んだ。
「丸盾!」
でたらめな攻撃ではあるが、スピードが乗っている。
アッシュがとっさに丸盾を出す。
「うわっ⁉」
しかし、爆発音とともにあっさり破られてしまう。
その爆風で壁に叩きつけられた。
「とっさにガードしたか。悪くない判断だ」
ぶつかった痛みで悶えるアッシュ。
目を開けると、レクスがまた裏拳で突っ込んでくる。
ギリギリその場を離れるも、代わりに後ろの壁は粉々になってしまう。
「殺す気かよ!」
「安心しろ、手加減はしている。教会行きは免れんがな」
「そんなのって……」
「いくぞ!」
加減しているようにはとても思えない。
こんなの怖すぎだ。
アッシュは死に物狂いでよけ続けた。
──ひたすらかわし続けるアッシュだが、慣れない裏拳の軌道に大苦戦していた。
あの攻撃をかい潜って反撃するのは難しい。
しかも、一発でも当たると即教会の病室送り。
すでに教会の運動施設は至るところに穴が開いていた。
「そろそろ終わりにしてやる!」
──カーン、カーン
その時、教会から大きな音が鳴り響く。
「これは……」
この音に聞き覚えがあった。
これはイービルが出現した時に教会が鳴らす鐘の音だ。
「レクス! この音!」
「ああ、イービルか。だが今は関係ない、早く続きを」
レクスは拳を振り上げるも、
「プラスは今いない。オレたちの他に戦える人は」
「何を言っている。そんなのいるに決まって……いないな」
「ならこんなことしてる場合じゃないはずさ」
「……チッ、勝負は持ち越しだ。命拾いしたな」
例の巨大イービル襲撃により、ほとんどのハンターがやられてしまっている。
動ける者は極少数に限られる。
アッシュはふぅと一息つく。
「イービルなどワタシ一人で十分だ。貴様はもう帰れ」
「いや、オレも」
「足手まといはいらん」
そう言い切り、レクスがオーブを破裂させ、急スピードで現場へ向かった。
アッシュは呆然と立ち尽くしていた。