73.契約の儀
クロスオーブの番人を見事撃ち破ったアッシュ。
現在彼は、遺跡の奥に案内されていた。
と言っても、何てことない偏狭な洞窟だ。
クロスオーブはこの奥に隠していると女は言う。
2人はオーブを明かりにして進む。
「なんか思ったのと違うな」
「うん?」
「いや、もっとそれっぽいとこに置いてあるとばかり」
アッシュが拍子抜けしている。
こういうのは基本的に、神殿の奥とかそれっぽい場所に隠してあるモノだ。
「ううん、この方が見つかりにくい」
だが、普通にこの辺りに隠しているそうだ。
神様の物だというのに、そんな粗末に扱っていいのかとアッシュは不安になる。
「うん、本人がいいって言ってる」
「んー? 本人?」
「……ここ」
女がまだ道の途中なのに、ピタッと足を止めた。
「えっ? ここってどこさ? 何もないけど」
「私にしか見えない、印がある」
女が右の壁に手をかざす。
「っ!」
すると、ゴゴゴと鈍い音を立て、壁が動き出した。
ガシャンッ! 新たな隠し通路が現れた音。
「こんなの分かるわけないさ」
「少し待ってて」
中に女が一人で入り、10秒ほど経つとまた戻って来た。
手には何かうす汚れた布袋を持っている。
それをゴソゴソとして、中から白銀の光を放つ球を取り出した。
ちょうど手の平サイズだ。
「これが、クロスオーブ……」
その神々しい輝きに、アッシュはなんだかありがたい気持ちになる。
同時に恐れ多くも感じて躊躇してしまう。
「……ホントに貰っていいのか?」
「うん、ラズラ様も君がいいって」
「ラズラ様? ってまさかあの⁉」
「うん、ラズラ様」
子供の頃にハリス先生から教えてもらった。
この国には昔、女神ピタ、戦神ガルス、恵神ラズラの3体の神様がいたそうだ。
仲の良い三神であったのだが、ピタの信仰が強くなるにつれて、他は自然といなくなってしまった。
神様は、人々の信仰心がなければその存在を保つことができない。
なので消えてしまった。
悲しくも一人残った女神ピタが、現在のユースタント教を信仰する神様だ。
「も、もしかしてさ、クロスオーブって……」
「元神様。今はなんでもない」
「なんでもないって……」
これは神様の成れの果てだと女が言う。
アッシュは知ってはいけないことを知ってしまったようで大変恐縮する。
「君にあげる、プレゼント」
キラキラキラ 元神様の輝き。
「…………」
アッシュは中々手を伸ばそうとしない。
自分は神殿に無法侵入した。
挙句の果てに神様まで奪おうとしている。
この不届き者は、自分のやった行いを悔いていた。
しかし、これを取って来いと恐いお姉さんに言われたのだ。
受け取るしかない。
「うぅ……」
直接受け取るのは忍びないので、一旦袋に直してもらった。
両手で慎重に受け取る。
神に許しを乞いながら。
「あ、ありがとさ、じゃ、オレはもうこれで」
ここから早く立ち去りたい。天罰が恐い。
目的も達成したため、アッシュはずらかろうとしたが、
「……待って」
女に止められてしまう。
アッシュはビクビクしながら振り返る。
「な、なにさ……」
「君の名前、まだ聞いていない」
「えっ? 名前?」
「うん、名前、教えて」
「ど、どうしてさ?」
この女とは二度と会うつもりはない。
言い換えるならもうここには絶対来ない。
だというのに、どうして名前を教えないといけないのか。
アッシュは嫌な予感がする。
「っ! そうだった、うん」
人に名前を聞くなら、まずは自分から名乗れ。
それを思い出し、女の頭についてる寝ぐせらしきモノがピコンッとなる。
「い、いや、別に名乗らなくても──」
「ヘルナ、ヘルナ=ラズラール。君は?」
「…………」
「君は?」
ヘルナの瞳が不気味な光りを放つ。
「あ、アッシュ、スターバード、です」
お口が勝手に動いてしまう。
恐ろしい、これが神系の力だ。
「アッシュ、もう覚えた。フフフ」
その静かなる笑いに、アッシュはさらなる恐怖を感じる。
そして、
「君について行く」
「へっ?」
「クロスオーブの所有者。新しい主、私のご主人様」
「どうしてそうなるのさ……」
こんな露出の激しい女を連れ回してると、ヴァリアードと疑われてしまう。
「だから結構さ」
「いや」
「残念だけどさ、今回は縁がなかったことに──」
「い・や」
どこまでもついて行くそうだ。永遠に。
アッシュは何度も断りを入れるも、ヘルナは全く引き下がろうとしない。
「だ、第一、オレにそういう趣味は──」
ギラリッ
「…………」
ヘルナがまた目から怪しげな光を放ち、ご主人様を強制的に黙らせた。
「それと、契約がある」
「け、契約?」
アッシュの背中から冷たいモノが流れる。
身体に何か恐ろしい契りをかわすのではないか。
「んっ」
「ひっ……⁉」
すると、急にヘルナが両手を広げて、そのまま目を閉じた。
「誓いのくちづけ」
「…………」
「早く来て、んー」
「嘘だよな、それさ」
「…………」
仲間の元へと戻る。
──一方そのころ、ここは第一教区付近にある森の中。
いつもはのどかな森林地帯である。
しかし、この日は違った。
至る所から爆音が鳴り、光る球が飛び交い、あちらこちらで火災が起きている。
いわゆる戦場というやつだ。
敵勢力のゲリードマン一派がこの第一教区に再び侵攻していた。
プラス率いるハンターズギルドがそれをなんとか食い止める構図。
数ではこちらの方が多い。
現在ギルドが若干優勢であった。
「──あ~、暇だな」
そんな激しい戦場の中。
戦いには参加せず、のんきに空を見あげ、大きな欠伸をする大きな男がいた。
第二教区支部長、ゴー=ルドゴールドだ。
「まだ来ねえのかよ、ダストリラはよ」
戦場そっちのけで標的のとある少女を待ち伏せしていた。
口うるさいギルド長の話によると、前回この辺りの上空から姿を出したそうだ。
空に逃げられると厄介なため、その前に奇襲する作戦だ。
「クソッ、俺も早くドンパチやりてえんだがな」
まるでヴァリアードのようなセリフを吐く。
これでも一応ユースタント側の重大戦力の一人である。
その悪人は現在、敵が中々現れないのでしびれを切らしていた。
「ハア……」
もういっそのこと好き放題暴れてやろうか。
敵味方関係なく。
要は敵を追い払えばいいわけだ。
それにどうせ暴れるなら規模がでかい中央がいい。
さっさと壊滅させて自分もそこに行こう。
「よし、そうと決まれば……ういしょっと」
ゴーが勝手に立ち上がり、戦場に赴こうとしたが、
「──フンフフン、フンフフン、フ~ンフフンッ!」
鼻歌が聞こえた。
「あん?」
ゴーは近くに茂みに身を隠した。
「フンフン! フフフン!」
えらく上機嫌に口ずさんでいる。
やがてその人物が姿を現した。
それは、ツインテールのピンク色の髪、自己主張の強つよな服装をした少女。
彼女はファーマ=ダストリラ。標的の少女だ。
ギルド長の予想通り、前回と全く同じ場所に姿を現した。
これから空に登って爆撃を開始するところだ。
「アイツか、思ったよりガキだな」
ゴーは敵の姿を確認して少々ガッカリ気味だ。
「右よーし! 左よーし! ファーマもよーし!」
何がワイバーンの異名を持つ少女だ。
名前負けもいいところ。
見るからに弱そうではないか、頭も。
ギルド長はあんなのに手こずったのか。
「アハッ! みんな待ってて! ファーマが今行くからねえ~!」
まあいいだろう、早くブッ倒してギルドに加勢する
ゴーはそう思った。
「オラッ!」
さっそく茂みから飛び出し、少女の背後から襲いかかる。
「えッ⁉」
ファーマはビックリするも、瞬時に破裂を出して相手を躱した。
「チッ、外したか」
「ちょっとおじさん! いきなり何するの⁉ そんなことしたらファーマが可哀想でしょ!」
「破裂の使い手と聞いたが、想像以上に速えな」
「ん? おじさん、ファーマのこと知ってるの?」
ファーマが生意気な顔で尋ねた。ぶりっこだ。
「あー、よく知ってる。ここに来るのを待ってたんだ」
「えっ⁉ ファーマを⁉ もしかしておじさん、ファーマのストーカーさん⁉」
「あん?」
「ストーカーさんは犯罪だよ! ファーマが成敗してあげる!」
「おいおい、変な方向に話が行ってねえか?」
何はともあれ敵も戦う気のようだ。
だったら話は早い。
逃げられる前に仕留めてやる。
「…………」
それに、この少女を見ると何かグッと来るものがある。
初めて体験するこの感覚は一体……。
ゴーは己に疑念を抱く。
「行くよおじさん! 覚悟してね! キャピ⭐︎」
ファーマが手の平にオーブを構えた。
「……ああ、おじさんも楽しみだ」
不敵に笑った。




