70.匍匐前進
遺跡に足を踏み入れたアッシュ一行。
しかし、さっそく何者かの攻撃を受け、ティゼットが負傷してしまった。
敵は300メートル先の高台に潜伏しており、残りの獲物が出てくるのをジッと待っている。
これからアッシュは、敵のいる高台へと向かう。
「…………」
アッシュは地面にピタッと張り付き、地べたを這いながらゆっくり進んでいる。
背中にはマルトンを抱えており、彼のウィークオーブである擬態迷彩の効果で地面と同化していた。
本当はこのまま駆け抜けたいところ。
しかし、よく見たらバレるためこうやって少しずつ進むしかない。
「坊ちゃん、そろそろオーブが切れやす」
「ああ、わかってるさ」
マルトンが敵に悟られないよう小声で言う。
擬態迷彩は一人の時だと1時間。
二人だと12分、三人だとさらに短くなり2分ほどしか維持することが出来ない。
今回は二人なので維持できる時間は12分。
アッシュはそれを念頭に入れながら、マルトンの限界が近くなると、周りに遮蔽物に身を隠してオーブの回復を待つ。
それを繰り返していた。
幸いなことに、周りには建物が多い。
隠れる場所には困ることはなかった。
「ふう~、結構進んだな」
「全くでさあ、生きた心地がしませんぜ」
そんなことをかれこれ一時間はやっており、現在ようやく100メートルほど進んだところにいた。
敵まで残り200メートル。
ここまでは敵からの視線はなく、容易に接近することができた。
流石にこの距離から擬態迷彩を見破るのは不可能みたいだ。
「ここから本番さ、マルトン」
しかし、近づくに連れて見つかる可能性も高くなる
200メートル付近からはどうなることやら。
マルトンを使って可能な限り近づきたいところ。
できれば自分のオーブが届く、50メートル付近まで接近したいとアッシュは考えていた。
「よし、行くぞ」
「はあ……了解っス」
ため息を吐くマルトンを背中に乗せ、アッシュはまた地面を進み始めた。
「うっ⁉ スゴイ視線ですぜ、坊ちゃん」
「ああ、だけどまだバレてないさ」
これまでとは違い、2人は敵の鋭い視線を感じるようになる。
まだ発見されてはいない。
だが、敵も気配を感じたのか、警戒網を強化したようだ。
それに伴い、アッシュはさらに速度を落とし、そのままゆっくり、ゆっくりと地面を這う。
そして、
「ふう~。マルトン、大丈夫か?」
今度は50メートル進むだけでも1時間ほどかかってしまった。
マルトンの体力が心配だ。
もうかれこれ2時間はオーブを使用している。
「あっしは大丈夫でさあ、しかしこれ以上は進むのは危険ですぜ」
「そうだな、だけどもう引き返せないさ」
残り150メートル。あと半分。
アッシュの見立では、あと50メートル進むのが限界だ。
しかし、もう引き返すことはできない。
進むしかない。
「できるだけ近づきたいからさ、もう少し頼む」
「はあ……了解っス、でもそろそろヤバいっスよ」
「ああ、慎重に行くさ」
再び進み出した。
今度は指先に至るまで全ての神経を集中させる。
音や砂埃一つ立てず、これまでにないくらい慎重に移動する。
「ッ⁉……」
敵の強烈な視線がつき刺さる。
少しでも物音を立てると即座に撃たれてしまう。
それほどまでに敵の包囲網がすごい。
もはや会話することすら許されない。
「…………」
アッシュは進み続けた。
周りの景色や空気の流れに同化し、呼吸の乱れも一切ない。
まるで獲物を狙う蛇のように気配を殺して進む。
鳥がさえずる声、風の流れる音、辺りの木々が揺れる音を感じ取り、自然と一体化する。
「…………」
そして、1時間ほど掛けておよそ25メートル進めた
あと125メートル。
なんとしても50メートル付近まで接近しなければならない。
とりあえず100メートルまでこのスタイルで行く。
後は50メートルなんとかするしかない。
アッシュはそう思い、マルトンが回復するとまた動き出す。
「…………」
再び自然と一体化する。
アッシュはもう3時間ほど地面を這い続けている。
相変わらず敵は発見することができないようだ。
まさか相手が景色と同化するウィークオーブだとは思わないだろう。
しかし、気配は感じてるのか、警戒を緩めようとしない。
アッシュは視線を感じたらすぐに動きを止める。
敵の包囲網をかい潜りながら、少しずつ距離を縮めた。
(……坊ちゃん⁉)
突然マルトンがボソッと呟き、アッシュの肩を叩く
(なにさ、マルトン)
オーブ切れまでもう少し時間があるはずだ。
アッシュが迷惑そうに返事する。
しかし、マルトンはあわてた様子でまた肩を叩く。
(坊ちゃん、ヤバいですぜ。左を見てくんさい)
(左? なにさ?)
そう言われてゆっくり左の方を見ると、
「シャー!」
「っ⁉」
そこには体長1メートルほどの蛇がいた。
2人が見えているのか、明らかに威嚇している。
(コイツは毒蛇ですぜ⁉。しかも超猛毒っスよ!)
(なんでこんなとこにいるのさ⁉)
こいつはユースタントコブラという種類の蛇。
万が一に嚙まれしまった場合、30分以内に死に至ると言われる、強力な猛毒を持つ蛇である。
ちなみ焼くと食べることができる。
ピリッとした毒が良いスパイスとなり、また歯ごたえも独特な感じで珍味という噂だ。
確かこの辺りが生息区域だった。
完全に盲点である。
「シャー!」
「いっ⁉」
猛毒を持つ蛇が今にも噛みつきそうだ。
もし噛まれたらクロスオーブどころではない。
ゲームオーバーだ。
「シャー!」
動かないのなら遠慮はしない。
蛇が獲物に噛みつくため飛びかかる。
「っ⁉」
アッシュはとっさに蛇の首元を掴んだ。
「シャシャ……シャ……」
そのまま片手で器用に締め上げる。
蛇が苦しそうなうめき声を出す。
はたから見ると、蛇が一人でに苦しんでいるという不思議な光景だ。
(坊ちゃん! 早くしてくだせえ!)
さらに力を入れて締め上げるが、蛇は中々息絶えない。
このままでは非常にまずい。
見つかってしまう。
「シャ……シャシャ……」
やっと大人しくなったかと思うと、
「シャー!!」
最後に甲高い断末魔を上げた。
絶対遺跡中に響き渡っている。
「……っ⁉︎」
これはまずい。
アッシュはすぐに自然と一体化したが、
「…………」
視線を感じる。
こちらに向けられる強烈な殺気。
敵が見ているのは明らかだ。
「……マルトン、落ちるなよ」
「……了解っス」
「行くぞ!」
アッシュは不意に立ち上がり、破裂で全力でダッシュした。
バシュンッ!
その直後、アッシュのいた地面にオーブの弾丸が着弾、一瞬で穴が空く。
「ひぃぃいい⁉」
悲鳴を上げるマルトン。
アッシュは構わず急スピードで敵に元へ向かう。
「っ⁉」
不意に高台のオーブが光り出し、すぐに遮蔽物に身を隠した。
「ふぅ~、危なかったさ……」
あと敵まで100メートル。もう少しだ。
だがこちらの位置はもうバレている。
アッシュはマルトンを下ろした。
「ここからオレだけで行く」
「何言ってるんですかい⁉ もう見つかってますぜ⁉」
「ここまで助かったさ、あとはオレがやる」
「無謀ですぜ坊ちゃん!」
「スキを見てティゼットのところまで戻ってくれ。頼んださ」
「坊ちゃん!」
アッシュは物陰から顔を出して高台を覗く。
まだ敵の姿は良く見えない。
相手はオーブを連射することはできないようだ。
一度撃つと再装填に少し時間がかかるらしい。
なら一発さえ避けることできれば、一気に近づくことが出来る。
そう考え、一か八かでオーブを出した。
「──浮遊分離。行け! オレのオーブ」
オーブを先行させて敵の注意を引く。
「っ!」
敵の視線がオーブに向いた。
「いまだ!」
アッシュが建物から飛び出し、破裂で急発進する。
「ッ⁉」
しかし、高台からオーブが光りを発し、すぐアッシュに狙いを定めた。
例え、破裂で移動していようと関係ないみたいだ。
「来い! オレのオーブ!」
アッシュはすぐさま自分の元にオーブを戻し、敵と対角線上に置いて身を守る。
バシュンッ!
そして、敵の弾丸が発射され、緑のオーブとぶつかった。
「くっ⁉」
一瞬でオーブが貫かれてしまう。
だが、おかげで少し軌道が逸れ、足元に着弾した。
「っ! いまさ!」
そのスキに、アッシュは出来る限り高台へ接近する
「っ⁉」
少しして、また敵のオーブが光を発した。
再装填が完了したようだ。
アッシュはすぐ近くの遮蔽物に身を隠す。
「…………」
建物から顔を半分出して高台をうかがった。
高くて見えないが敵はそこにいる。
ようやくここまで接近することができた。
可愛いオーブが犠牲になったことはちょっぴりショック。
だけどここからなら攻撃が届く。
「行って来い! 浮遊分離」
反撃に出る。




