6.教会
「プラス、教会はまだ?」
「大丈夫、もう少しだから」
教会を退院してから2日くらい。
2人はまた教会に向かっていた。
今日は、2人でハリスのお見舞い──ではなく、教会のハンター支部に用がある。
ちなみに今日のアッシュはムスッとしている。
二度寝を叩き起こされて不機嫌だった。
「さっ、着いたわ」
「教会でなにするのさ」
「フフフ、今からあなたをハンターに登録するの」
「もう? オレまだ分離しかできないんだけど」
「あなたはもうイービルを撃退してるから十分よ。教会にも話は通してあるわ。大丈夫よ、何かあったらわたしが守ってあげるから」
そんなこと言われてもと、アッシュは思う。
またアレと戦うのかと思うと正直嫌であった。
そんな少年を尻目に、プラスはウキウキで教会に入る。
「あっ、プラス」
アッシュも追って立ち入った。
教会はお屋敷のように広い。
中は飾り気がなく質素な造りだ。
まじめに仕事をしている修道女、お掃除に夢中な修道女、サボって雑談する修道女で賑わっている。
その内の一人に尋ねた。
「ごめんなさい、ハンター支部はどちらかしら?」
「あちらです。よければ案内しましょうか?」
「いえ大丈夫よ。ありがとね」
プラスが手を振りながら引き返してきた。
「お待たせ~」
「場所わからないのかよ。ハンターの癖に」
「広くて毎回忘れるのよね。テヘッ」
お姉さんがウィンクしても効果はない。
アッシュはムスッとしたままだ。
──ハンター支部に入るが、中は無人であった。
「誰もいない……」
「気にしないで。普段から人なんていないから」
「それでいいのかよ」
「さあ? いいんじゃない?」
プラスが言うに、支部とは名ばかりで普段から誰も使っておらず、ほとんど物置のような状態になっているそう。
それでも一応掃除はされているようで誇りは一つもない。
そんな悲しい部屋でプラスが何かゴソゴソと探す。
「どこにあったかしら……あったわ」
書類の山から一枚の紙を取り出した。
ポカンとするアッシュの元に戻る。
「さっ、行きましょうか」
「もう?」
「用は済んだわ。二度と来ないかもね。さっ、受付に戻るわよ」
なんだか煮え切れらないが、教会の受付に向かう。
「すごい並んでる……」
そこは悩める住民で賑わっていた。
アッシュは人混みが苦手なようで気後れする。
「そう? 毎日こんな感じよ」
宗教国家なので教会の力が強い。
何をするにしても教会からの許可が必要だ。
不便なところもある。
しかし、教会側の病室の提供、貧しい者への支援、住民のお悩み相談など国民のために尽力しており、人々の不満はほとんどない。
イービルさえ出なければとても平和な国である。
子どもたちの教育も行っているため、休憩中の子どもも多く見える。
アッシュはそれをジッと眺めている。
「はい、これに名前を書いて提出してきなさい」
「ん?」
先ほど持ち出した用紙を渡された。
何やら人の名前がたくさん書かれている。
「これに名前を書いて提出すれば晴れてイービルハンターよ」
「それだけ? 他になにか、試験とかさ」
「あとで説明するから、とりあえず出してきなさい」
言われた通りに名前を書いて提出した。
「アッシュ=スターバード様ですね、お待ちしておりました。これをどうぞ」
「なにさ?」」
「記念に差し上げます」
受付のお姉さんから変な形のバッジをもらう。
それをコロコロさせながらプラスの元まで戻る。
「はい! 良かったわね。これであなたもハンターの仲間入りよ!」
「これで? あっさりすぎない?」
「人手不足だからね、仕方ないわ」
そういうモノなのか。
アッシュはため息をもらす。
「それよりランクについて説明するわ! 一度しか言わないからよく聞きなさい!」
ランクについての説明が始まった。
見習いハンターはCランク、一人前でBランク、さらに上のAランクがある。
中でもAランクはこの国でたったの5人しかいない。
Aランクになると教会から支部長に任命される。
支部長とは教会で一番偉く、教区内で一番力のある人物だ。
プラスは現在Bランクだが、このAランクに昇格して支部長の座を狙っている。
その権限を行使してギルドを無理やり作るつもりだ。
もちろん、中央教区にいるこの国で一番偉い、教王からお許しがもらえればの話ではある。
ここは第一教区。
全部で第四教区まである。
「Aランクにはどうやったらなれるのさ?」
「Aランクの試験官と戦って勝てばいいんだけど、その試験官がまた強いのよ。今のわたしじゃ歯が立たないわね」
「へえ~、大変そう」
「なに言ってるのよ。あなたがその試験官を倒すのよ」
ギルドに賛成の者がAランクになればいいとプラスは考えている。
「えっ」
なので素質があるアッシュに賭けている。
もちろん自分自身もなるつもりではあるが。
「とにかく! あなたには早く強くなって貰わないと困るの。だからこのあと特訓よ!」
「今日はもう疲れたし帰りたいんだけど」
「ダメよ!」
教会を後にした。
アッシュは二度寝の続きをする予定であったが、ダメだそうだ。
今から特訓かと思うと億劫になる。
──街を歩いていると、背後から声をかけられた。
「──見つけたぞ! 今日こそ決着をつけてやる!」
振り向くと、そこにはアッシュと同い年くらいの女の子が立っていた。
肩まで伸びた暗い水色の髪を一つに纏め、動きやすそうな格好をした少女。
気が強そう。
アッシュはその綺麗な紅色の瞳に目がいった。
少女がプラスにグイグイ詰めよる。
「レクスじゃない。久しぶりね」
「勝負しろ!」
「残念だけど、今は遊んであげる暇はないのよね」
「なっ⁉ 年中暇している貴様が……まさかイービルが出たのか⁉」
と、言い辺りを見回す。
「失礼ね。用事があるだけよ」
「そうか。そんなことはどうでもいい。ワタシと勝負しろ!」
「あなたも凝りないわね」
この少女は、レクス=レオストレイト。
ことあるごとにプラスに勝負を挑んでいるが、相手が一回り年上のお姉さんであるため、一度も勝てずに全敗を喫している10歳の少女だ。
初めは真面目に相手をしていたプラス。
だが、何度負かしても諦めない彼女を最近鬱陶しく思っている。
そんな負けず嫌いの少女が、隣にいるアッシュの存在に気がつく。
「おい、このガキはなんだ」
「そっちだってガキだろ」
「なんだ! やるのか貴様!」
レクスが生意気な子どもの胸倉を掴む。
「なにさ!」
アッシュも負けじと胸倉を掴んだ。
意外と喧嘩っ早いのか。
初対面なのに2人は喧嘩を始めそうな勢いだ。
「こらっ! 2人とも喧嘩はダメよ!」
プラスが間に割って入る。
2人の首根っこを掴んで引き離した。
「お?」
「ん?」
子ども2人。
急に身体が宙に浮いたので、不思議そうに手足をバタバタさせる。
「まったくもうっ……」
やんちゃな2人を地面に下ろす。
「この子はアッシュ。あなたと同い年なんだから仲良くしなさい」
「コイツもスターバードなのか?」
「まあそうだけど、ワケありなのよ」
「そうか。まあいい。それより勝負するのかハッキリしろ!」
「だから今は忙しいって……あっ! そうだわ!」
隣の子どもを見て閃いた。
「ごめんなさい。今日は無理だけど、今度相手してあげるわ。アッシュがね!」
「えっ? プラス、なにを勝手に」
「コイツにワタシの相手が務まるのか?」
レクスは不服なようで、自分より弱そうな少年に指をさす。
指を向けられたアッシュはムカムカだ。
「あら、アッシュだってあなたと同じCランクよ。なったばかりだけど」
「なんだそれは」
「まあいいじゃない。それにアッシュに勝てたらわたしが相手してあげる」
「なに⁉ それは本当か!」
プラスは相手をするのが面倒なので、隣の子どもに押し付けた。
アッシュは当然嫌がるも、レクスが言い放つ。
「いいだろう! こんなヤツさっさと教会送りにしてやる! アッシュとやら、手を洗って待っていろ!」
そう言って、フンスカと去っていった。
その背中を見送る中、アッシュが口を開く。
「なに勝手に決めてるのさ」
勝手な計らいに怒っている。
「あら、ちょうどいいじゃない。こういうのは競い相手がいた方がいいのよ。あの子Cランクだけどかなりやるわ。意地っ張りだし、今度捕まったら勝負は免れないわね」
たしかに。
あの様子だと次は見逃してくれそうにはない。
もう顔と名前も覚えられてしまった。
「そうと決まれば、レクスに捕まるまで特訓よ! 行くわよアッシュ!」
「はあ……」
特訓場に向かう。