61.ヴァリアード
楽しく鬼ごっこをしていた2人。
「…………」
しかし、急に頭が冷えてしまった。
良い歳して一体何をやっているんだ、と。
「自由にしていいわよ」
そしてプラスは自分の事務机、アッシュは近くにあった柔らかいソファへ腰とかけた。
これからお話があるそうだ。
「で、話って何さ?」
「そうね、色々あるけどまずは……」
「なにさ、早く言えよ」
「それよ! アンタ最近ゴーと仲が悪いそうね!」
「…………」
プラスと世間話をしたゴーは愚痴っていた。
最近誰かさんが反抗期だと。
アッシュはそれ聞いて内心腹が立つ。
また余計なことをしてくれた。
これだから中央教区の人間は嫌になる。
おしゃべりが過ぎると。
「そういう時期なのはわかるけど、ゴーにはお世話になってるんだしそんな態度はダメよ」
「プラスには関係ないさ」
「なによその言い方! 可愛くないわね!」
「子供扱いするなよ」
子どものことが心配で、つい色々言ってしまう保護者のお姉さん。
それをアッシュはうっとおしく感じてイライラだ。
「はあ、ゴーだって悲しそうにしてたわよ」
「そんなわけないさ」
「本当よ、アンタがいる時は見せないだけ」
まさかそれを言うために自分を呼んだのかと、アッシュは叱られながら不満を抱く。
だがそんなはずはない。
早く帰りたいので話を切り替える。
「で、本題は?」
「アンタねぇ、話はまだ終わって……」
「ザイコールのことだろ、話ってさ」
「……っ!」
ここに呼ばれた理由はなんとなく分かっていた。
それ察したプラスも世間話はやめて、真剣な顔つきに変わる。
「じゃあ手短に言うわよ」
「ああ」
「第四教区を拠点とするヴァリアードが本格的に動き出したわ」
「知ってるさ、攻めて来たんだろ」
「ええ、おかけでハリスが教会送りになったの」
先日、ザイコール率いるヴァリアード軍がこの第一教区に攻めてきた。
プラス率いるハンターズギルドとの交戦状態になったそうだ。
なんとか撃退して追い払うことができたが、ハリス含めた数名のハンターが負傷してしまった。
「中央も同様に襲われたのよ」
「ああ、知ってるさ」
「あっちはジャックおじさんがいるから大丈夫だと思うけど」
「アイツの狙いは教王だろ? どうしてこっちに来るのさ?」
「分からないわ、あの爺が馬鹿だから統率が取れてないの。きっとそうだわ」
「そうか、ある意味厄介だな」
ザイコールの狙いは教王ジャック=ダイアスだ。
それなのに関係ない第一教区を襲ってきた。
隣の教区だからなのか、教王が恐いからなのか、理由はわからない。
「で、誰が攻めて来たのさ?」
「第四教区の支部長、ゲイリー=ゲリードマンとその配下たちよ」
「……ヴァリアード側についたっていう例の支部長か」
「ザイコールとグレンはいなかったわ……レクスもね」
ザイコールは教王を倒すべく、第四教区の支部長であるゲイリー=ゲリードマンと手を組んだ。
そのため現在、街はヴァリアードが支配している。
正式にはヴァリード独立国家と言ったほうが正しい
「あそこは元々他の教区と違って、治安があまり良いものではなかったから、こうなるのも頷けるわね」
プラスは腕を組みながら首を縦に振る。
彼女の言う通り、第四教区は色々と荒れた街だ。
教王の生ぬるい統治に嫌気が差す者、ヴァリード的思考を持つ者も多くいた。
今回ザイコールが名乗りを上げたことで、彼を救世主か何かと勘違いしたのか、圧倒言う間にヴァリアード国家へと転覆してしまった。
「なるほど。つまり元々そういう感じだったってことか?」
「そう言うこと」
プラスの推測では、ザイコールとゲリードマンの2つの派閥大きく分かれているそうだ。
そのゲリードマン一派は第一教区、ザイコール一派は中央教区に攻めて来たというわけだ。
「それでアンタたち第二教区のハンターにも来てもらったの」
「支部長のゴーまで呼ぶってことは相当だな」
「ええ、この前はなんとか撃退できたけど、こっちもかなりやられたわ」
今回の戦闘で、第一教区の戦力はかなり低下した。
そこで急遽、第二教区からアッシュとゴーを含むBランク以上の者を引っ張って来た。
また、マリコとカールは中央教区に増援として駆り出されている。
第二教区は遠い、流石に攻めてこないだろう。
なので、最低限のハンターだけを残し、しばらくは第一教区と中央教区の防衛に力を入れろと教王から厳達だ。
「敵の本命は中央教区だけど、こっちも油断できない」
「あっちは大丈夫なのか?」
「ジャックおじさんとカールがいるから向こうは問題ない……と言いたいんだけど、もうおじいちゃんだし。少し不安ね」
「マリーは大丈夫なのかよ」
プラスが言うに、この戦いの中心はあくまでザイコールと教王なので、あちらの方が大規模な戦闘になるそうだ。
そんなところにマリコが送られて、アッシュは心配になる。
それに、ゴーがいればここは十分なはずだ。
なのにどうして自分も呼ばれたのか不満に思う。
「オレも中央教区に行った方がいいだろ」
「いいえ、アンタを呼んだのはわたしなの」
「は? なにさ、こんな時に過保護かよ」
「違うわよ、勘違いしないで」
「じゃあなにさ?」
過保護なプラスが、アッシュを戦いから遠ざけた。
でもお姉さんは違うと言う。
もうアッシュは立派なハンターなので、あの頃のように守ってあげるつもりはない。
思いあがってもらっては困る。
ならどうしてここに呼んだのかアッシュはさらに疑問に思う。
「ハッキリ言うけど、アンタが行ったところで戦況は変わらないわ」
「そんなの分からないさ」
「そうかしら? アンタが一番分かってるんじゃない?」
「ッ⁉……」
アッシュは言い返せない。
プラスの言う通りだからだ。
なら第一教区だって自分がいても意味がないではないか。
それを察したのか、プラスが口を開く。
「アンタのオーブはここの方が力を発揮できるでしょ? だから呼んだの」
「それだけかよ」
「何よ、このわたしが有効活用してあげるって言ってるの」
「チッ」
「あー! またそういう態度取るー!……まあいいわ、とにかく! わたし達でゲリードマンを倒して早くマリー達に加勢するわよ!」
「ああ、わかったさ」
色々と釈然としないアッシュだが、プラスの意見には賛成だ。
「それにマリーなら大丈夫よ、分かってるでしょ?」
「…………」
「アンタより強いって聞いたわよ」
「……遠距離での話さ」
「ふ~ん、じゃあ強いじゃない」
「チッ」
アッシュは、マリコと分離のみで戦うと負けてしまう。
なのでプラスの言うことは半分正解だ。
でもそれは仕方がない。
マリコは分離が得意なのに比べ、アッシュは別に上手くもなんともない。
相手の土俵でやると勝てないだけだ。
それに、マリコは分離の先生、師匠に勝てる弟子など存在しない。
弟子の気にすることではない。
「はあ……」
とは言ったものの、アッシュは落ち込んでしまう。
結構気にしているのだ。
プラスも今のは言い過ぎたと思い、励ましそうとアッシュに近寄る。
「そう落ち込まないでよ」
「落ち込んでないさ、はあ……」
「それにアンタにはとても重要な役割があるわ」
「なにさ?」
アッシュが顔を上げると、なぜかこちらに腕を広げるプラスがいた。
「そう! わたしを癒すっていうとっても大事な役目がね!」
アッシュは固まる。
「はい! 来なさい」
支部長として多忙なプラスは、日々身体が擦り切れる思い。
そこで、アッシュという癒しが必要なのだ。
「ほらっ! んっ! んっ!!」
腕を広げてハグをせがむ。
アッシュから来て欲しいようだ。
しかし、この少年は思春期なので行かない。
「……話はもう終わりか?」
「来たら終わりよ、はい!」
絶対に行くもんかと動こうとしないアッシュ。
それを見たプラスは、昔はあんなに可愛かったアッシュがすっかりひねくれ者さんになってしまい、悲しさのあまり涙を流す。
結局やってこないまま、部下に呼ばれたのでプラスは部屋から出ることになった
これから恐怖の破裂違反者講習だ。
「じゃあ、呼ばれたからわたし行くね」
「ああ、早く行けよ」
アッシュはソファに座って見送りもせず、素っ気ない返事をした。
「…………」
彼の背中をじっと見るプラス。
バレないよう、足を忍ばせ、ゆっくり近づいた。
そして、ギュッ~!
「はい、捕まえた」
アッシュを背中から優しく包み込んだ。
「……どけよ」
「いやよ、放さないわ」
「…………」
「あったかいわね~。男の子ってみんなこうなのかしら? フフッ、あなた以外にしないから分からないわ」
なんだか良い香りがする。
アッシュは冷静を装っているが、お姉さんの体温を感じてしまい理性が危険。
今にも暴走しそう。
「……もういいだろ」
「もう少し」
目をつむってお花畑を想像する。
しかし、お姉さんのする息が顔にかかり、抵抗も虚しく一瞬で現実に引き戻されてしまう。
「アッシュ〜、う〜ん、可愛い〜!」
プラスはさらなる幸せを求め、さらにギュッと抱きしめてアッシュの頬をスリスリする。
溜まった疲れが一気に吹き飛んでいく。
久々の触れ合い。
まるで我が子のよう、可愛くて仕方がない。
やがて、アッシュが臨界点を迎えようとした時、
「少しくらい甘えてくれたっていいのに……」
耳元でボソッと、
「やっと会えたのに寂しいじゃない」
「…………」
「もう行くから、夕飯までには帰るわね……チュッ」
アッシュの頬に軽くキスして部屋から出ていった。
パタン、シーン……。
一人残された少年、しばらく固まっていたが、
「〜〜っ⁉」
急に悶えだし、持参したふわふわに顔を埋めた。




