60.再会
──それから4年の歳月が経ち、
アッシュは第一教区に戻ってきた。14歳。
これからみんなに軽く挨拶をするために、プラス家へと足を運んでいる最中だ。
「一年ぶりか、何も変わってないさ」
第一教区の街並みを見ながら、早くも思い出に浸っていた。
それもそうだ。
なんせ本当に何も変わっていないのだから。
変わったことと言えば、背が伸びたせいなのか、街が小さく見えるようになった気がする。
それくらいだ。
あの頃は周りの物全てがずっと大きく映っていた。
もう戻れないと思うと少し寂しいような気もする。
ここに帰ったのは実に1年ぶり。
この景色に晒されるたびに、4年前ここで遊んでいた記憶が鮮明に蘇ってくる。
少女の背中を追いかけ、屋根中を駆け回っていた儚くも大切な思い出。
「…………」
考え事をすると、つい歩幅が小さくなるのが自分の悪い所。
時間もあまりないので先を急ぐことにした。
──プラス家に到着すると、メイドのステラが出迎えてくれた。
「お待ちしていました。お久しぶりです、アッシュさん」
「ああ、久しぶりさ」
「まあ~、また大きくなりましたね。追い抜かれちゃいました」
「ステラさんも、また綺麗になったさ」
「お上手ですね、フフフッ」
あれからもう4年が過ぎた。
当然ステラも成長して、すっかり大人の女性になっている。18歳。
彼女は相変わらずここでメイドとして働いている。
最近は、家主がお仕事で忙しく、あまり家に帰ってこないそうだ。
そこで時間に余裕のできた彼女は、昼間にお料理教室とやらを開ているらしく、第一教区の主婦たちの間ではちょっとした有名人になっていた。
「ハリスさんの怪我はまだ?」
「それが、まだ教会で治療中でして……困った人です」
「へえ~、大変だ……そんなに酷いのか?」
「まあまあですね。あとでお見舞いお願いします、きっと喜びますよ」
「ああ、そのつもりさ」
ハリスはただいま教会の病室に入会中。
アッシュは帰って来た時は、大方入会しているのでもう慣れたものだ。
だからいつも通りお見舞いに行く予定だ。
「それより早く行かなくてよろしいんですか?」
「いや、先にここに寄っておこうと思ってさ。教会はこれからさ」
「フフッ、もう教会じゃないですよ。アッシュさん」
「あっ、そうか。そうだったさ」
また間違ってしまった。
という感じでアッシュは頭を押さえた。
現在、第一教区の教会は3年前に就任した新しい支部長によって、名前をハンターズギルドに改名されている。
なんでも初の女性支部長らしく、教区内でその権力という名の猛威を奮っては、教会をやりたい放題に改造しているそうだ。
その噂はアッシュがいた第二教区にも、はるばる届くほどだ。
ちなみに第二教区の支部長であるゴーにも、ギルドを作れと命令されている。
しかし、本人は面倒だと言って断っていた。
今回、彼女に招集されたため、アッシュは上官のゴーと共にここにやって来たのだった。
「ギルドだったさ」
「そうですよ。また怒られてしまいますよ?」
「なんか慣れなくてさ、つい」
「今回は特別に見逃してあげますね。フフフッ」
アッシュは今だにこのギルドという名前に違和感を持っている。
しかし、支部長の前で教会と口に出すと、「ギルド!」と酸っぱい口が飛んでくるためこれまた面倒な話である。
別にどちらでも良いではないか。
「そろそろ行くさ」
「はい、あとでまたいらして下さいね。夕飯の支度をしておきますから」
「わかったさ、じゃあ帰ったらオレも手伝うさ」
「はい、それとあちらの支部長さんもお呼びしておいて下さいね」
「……それじゃまた」
アッシュはその場を後にした。
ステラはそのすっかり逞しくなった背中を見て、嬉しいような寂しいような、少し複雑な気持ちになる。
あの可愛らしい声は聞けなくなってしまった。
そう思うと悲しいのだ。
──アッシュはようやく教会、ではなく、ハンターズギルドに到着した。
ギルドと言ってもその実態はまだまだ教会。
相変わらず悩める住人と、その対応に追われる修道女たちで賑わっている。
2階に行くと雰囲気は一変。
ひとの行き来は極端に減るものの、たまに屈強な男やインテリぶった女など、変な格好をした人たちがチラホラ目に入るようになる。
この者たちは全員見習い、Cランクハンターだ。
支部長の策略により、イービルハンター志望の者が増えたのはいい。
だが、そのほとんどがCランク止まりで、Bランクになれる者はそうそう現れないそうだ。
また、支部長の忠告を聞かずに無断で破裂の練習する者も多く、怪我人が日々絶えない。
そのため教会の病室をさらに拡張するハメになったらしい。
つまるところ1階は教会で、2階がギルドというのが現状だ。
「どうして支部長室なのに端っこにあるのさ……」
アッシュはしばらく進むと、一番奥にある支部長室兼ギルド長室が見えた。
「ん?……っ!」
さっそく入ろうとしたが、中からのそりと熊が出てきた。
熊に遭遇してしまった。
これは第二教区支部長、ゴー=ルドゴールドだ。
「……最悪」
アッシュはボソッと呟いた。
そろそろいなくなった頃合いだと思って来たのだが、予想は外れたみたいだ。
「ん?」
気付いたゴーが話けてかけてきた。
「おう、やっと来たか」
「……どうしてまだいるのさ?」
「あ? それよりアイツは今この中にはいねえぞ」
「じゃあどこにいるのさ」
「さあな、見習い共の修行でもつけてんじゃねえのか」
先に支部長の話を聞いたゴー。
少しゆったりした後に部屋を出ようとしたところを、偶然アッシュにエンカウントした。
「で、なんの話をしたのさ?」
「あん? それはアイツから直接聞け、大体分かんだろ」
「は? 勿体ぶるのはよせよ」
「うるせえな、お前はアイツが来るまで待ってろ。俺はもう宿舎に帰るからな」
「……チッ」
大きな背中に聞こえないよう小さく舌打ちした。
ただいまアッシュは思春期真っ只中。
色々と難しいお年頃。
最近なにかとゴーに反発している。
また、修行はもうやっておらず、今は一人で特訓していた。
ゴーの方もそんな多感な少年を見て、自分の若かりし頃を思い出したのか、なるべくそっとして距離を置くことにしている。
当の本人はそのことすら気に入らないようだが。
部屋に入ったアッシュはイライラしながら、支部長が来るのを待っている。
「まだかよ」
しかし、中々姿を見せない。
もうかれこれ1時間も待っている。
支部長としての業務が忙しいことは百も承知だが、自分から呼びつけておいて長時間待たせるとはどういう要件だ。
アッシュのイライラが積もっていく。
「クソッ、自分で探すさ!」
やがてムシャクシャして立ち上がる。
もう自分から会いに行くことに決めた。
部屋から出るために、扉の取っ手に腕を伸ばす。
扉を引こうとしたが、
「ん?」
バンッ!
その前に扉が勢いよく開いた。
「っ!」
すぐに前を向くと、そこにはアッシュのよく知る人物がいた。
「あら」
そこにいたのは、第一教区支部長兼ギルド長、プラス=スターバードだった。
アッシュの保護者、お姉さんだ。
実に一年ぶりの再会である。
たまに第一教区には戻っていたアッシュだが、プラスが仕事で忙しかったり、謎の仙人の元へ修行に出ていたりと、中々都合が合わなかった。
「…………」
4年前は少女っぽさがまだ残っていたプラス。
だが、今ではすっかり垢が抜けたようで、凛とした顔つきの大人の女性へと変貌していた。19歳
「…………」
プラスの方も、久しぶりのアッシュをまじまじと見ている。
前会った時は自分よりまだ少し背が低かったのに、今ではもう同じくらいの目線に立っている。
まだ辛うじて幼さや可愛い所は残ってはいる。
だが、キリッとした顔つきに変わっており、どんどん兄のナッシュに似てきていた。
それはプラスが一瞬、兄と勘違いするほどだ。
2人は時の流れを忘れ、しばらくお互い見つめ合っていた。
しかし、
「アッシュ!」
空気を破ったプラスが勢いよく飛び込んできた。
もう恒例行事だ。
「おっと」
アッシュは左にヒョイッと避けた。
「えっ⁉」
おっとっと……。
プラスはバランスを崩すも、なんとかその場に踏みとどまる。
「ちょっと! なんで避けるのよ⁉︎」
「もうやめろよ、そういうのさ」
「なっ⁉︎ 久しぶり会えたっていうのに! ハグくらいしてもいいじゃない!」
「はあ、オレはもう子供じゃないんだからさ。少しくらい節度をさ」
「何よその言い方! 全然可愛くない!」
「はあ……」
アッシュは深くため息をついた。
大人になっても、やることは全く変わらないお姉さんに呆れ──ではなく、アッシュはただいま思春期。
家族同然のプラスとはいえ、女性と直接接触するのは刺激がとても強かった。
理性やら何やらが色々吹っ飛んでしまう。
触れたくても触れられないのが悲しい現実だ。
「待ちなさいアッシュ! なんで逃げるのよ!」
しかし、そんなことは知りもしないプラスは何度も飛びついてくる。
「もう勘弁してくれよ!」
「何のためにアンタをここに呼んだと思ってるの!」
「どういうことさ⁉︎」
仲良く鬼ごっこをした。室内で。




