プラス家のとある一日
これはアッシュとレクスのデート……の前日のお話
「──あ~~~っ! プラス! なんてことをしてくれたのさ!」
「──うるさいわね! 元はと言えばアンタがわるいんでしょうが!」
今日も今日とて、プラス家から大きな怒鳴り声が響いてくる。
すごい近所迷惑だ。
食卓を覗いてみると、ふわふわを大事そうに抱えるアッシュと、彼を怒鳴り散らす家主のプラスがいた。
そばにはコップが倒れおり、床にポタポタとコーヒーミルクが滴っている。
状況から察するに、プラスが誤ってコップを倒してしまい、ふわふわに掛かってしまったようだ。
これはつらい、アッシュはガチ泣きである。
「酷いっ! こんなの酷すぎるさ!」
「だから毛布は一階に持ち込まないでってあれほど言ったじゃない! いつかこうなると思ってたのよ!」
プラスが悪い、いやアッシュが悪い、いやプラスが、いやいやアッシュが、とか何とか言い争う2人。
「うわああああん!!! もういい、外で遊んで来るさっ! プラスの百年バカ!」
パタンッ! シーン……。
アッシュは玄関を飛び出した。
「良いんですかプラス様? 出て行っちゃいましたけど……」
横で見ていたメイドのステラが心配する。
「はあ~……まったく」
プラスは大きなため息をついた。
──ここはレクスの家。
「レ〜クス! あーそぼっ!」
ピンポーン! ガチャッ
「──なんだ、アッシュか」
家主のレクスが出て来た。
使用人はお買い物に行っている、俗に言うお留守番というやつである。
「レクス! 遊ぼう!」
アッシュがニッコニコでそう言った。
「何を言っている? 明日はデートのはずだ。それにワタシはいま読書をしている、悪いがお前に構ってやる時間は──」
「…………」
「はあ、わかった。入れ」
アッシュは家の中にお邪魔させてもらった。
とりあえずレクスの部屋にあがる。
「…………」
ペラッ、ペラッ
レクスは読書に夢中だ。
「……暇なんだけど」
「知らん、本でも読んでろ」
「…………」
アッシュも読書をすることにした。
本棚から読めそうな奴を探す。
良さげな本を見つけると、レクスのベッドにゴロンっと転がった。
ペラッ、ペラッ、
クシュンッ! ペラッ、ペラペラッ
しばらくして、
パタンッ──。 本を閉じる音。
「よし、外に出るか」
「ん?」
せっかく遊びに来てくれたというのに、このまま読書とは如何なものか。
なので、レクスは外で遊んであげる事にした。
「っ!」
アッシュはパアっ!
2人は外に出た。
「──はあ~……」
同時刻、プラスは自室のソファでゆったりしていた
「ちょっと言い過ぎたかしら……」
まだ昼間の出来事を気にしているようだ。
どこかおぼつかない様子で窓の外を眺めている。
「アッシュさんが心配ですか? でしたらあとで謝ったらどうでしょうか?」
コトッ、メイドのステラがお茶を差し入れた。
ズズズ……。お茶を飲む音。
「……そうね、そうする」
「お悩みなら私に良い案がありますよ」
「へっ、良い案?」
「はい!」
メイドさんはニッコニコだ。
──それから時間が経ち、辺りもすっかり日が暮れた。
「そろそろ帰るか」
良い子はもうおうちに帰る時間、レクスは分かれを告げて帰ろうとしたが、
「……帰りたくない」
アッシュに手を握られてしまった。
「ん? なんだ、手を放せ」
グイッ、グイグイッ
男の子は首を横に振り、決して放そうとはしない。
ちょっとめんどくさい。
「…………」
2人は一度、市民公園のベンチに腰を掛けた。
そして、アッシュはここに来る前にプラスと喧嘩したことを打ち明けた。
当然ふわふわのことは伏せておく。
「なるほど、それでワタシの家に来たのか」
アッシュは無言で頷いた。
まだプラスが悪いと言い張っている。
おまけに今夜は泊めて欲しいと言ってくる始末。
図々しいにもほどがある。
「詳しい話は知らないし興味もない、だがお前にも悪いところはあったはずだ」
「…………」
「心当たりがあるなら謝って来い」
相変わらずレクスは手厳しい。
でもお説教を受けるために愚痴ったわけではない。
本当は慰めて欲しかった。
「でもさ──」
パチンッ!
突然、レクスが両手でアッシュの頬を板挟みした。
「しっかりしろ。このままずっと百年いるつもりか」
「いや、でも──」
パチンッ!
「明日はワタシとデートだろ、そんな心持ちでどうする気だ」
「…………」
家族は大事にしろ。
耳にタコができるほどレクスが言い聞かせてくる。
「……もうわかったさ」
ついにはアッシュの気持ちが折れてしまう。
だが、まだどこか煮え切らない様子だ。
「はあ、仕方ない」
「ん?」
呆れたレクスは、男の子の肩をぎゅっと掴み、
チュッ
無理やり頬にキスをした。
「っ⁉」
「今日は特別だ、分かったら早く行け」
「っ! ああ、わかったさ!」
ちょ、ちょろい……。
アッシュがお返しのチューを迫るが、
グイッ
「ダメだ、仲直り先だ」
レクスに顔を掴まれて阻止された。
「はあ、またそうやって避ける……」
「フッ、続きは明日だ。それに報告次第ではもっと良いことをしてやる」
アッシュがピコン!
「わかったさ! 謝って来るさ!」
「ああ、行ってこい」
ちょろい、あまりにもちょろい……。
アッシュは立ち上がり、颯爽と帰っていった。
「……フンッ」
今日は良いことをした。
レクスも闇の中に紛れていった。
──アッシュは現在、プラスの部屋の前にいる。
ドキドキだ。
コンコン、ドアをノックする音。
意を決して部屋に入る。
「あのさプラス! さっきは悪か──あっ」
アッシュは言葉に詰まってしまった。
目の前にメイドさんが2人いたからだ。
「……あっ」
一人はいつものステラ。そして、もう一人は家主のプラス。
プラスがメイド服を着ていた。
ステラと同様、肌の露出を最低限に控えた清楚でロングなデザインだ。
「見つかってしまいました。すぐ夕飯にしますね、私はこれで。フフフッ」
パタン、本物のメイドさんが出ていった音。
シーン……。
急に2人っきり、本番、気まずい。
「プラス、さ、さっきは……」
先に口を開いたのはアッシュだ。百年えらい。
「その、悪かったさ……バカとか言って」
良い子に謝罪した。ペコリンチョだ。
「ううん、もういいの。わたしこそ怒鳴ったりしてごめんなさい」
プラスも同じく頭を下げた。もう怒ってないそうだ
「アレね、ちょっと気まずいわね」
「ハハ、ハハハ……」
昼間にあんなに大声をあげて喧嘩したのが途端に馬鹿らしくなる。
お互いに心のつっかかりが取れた気がした。
「で、それはなんなのさ?」
なぜメイド服なるものをお召しになっているのか。
お給料は一体誰が払うのか。
当たり前の疑問を投げかけた。
「フフッ、アンタのためよ! 昼間はちょっと言い過ぎちゃったから、そのお詫び!」
今日限定でアッシュ専属メイドになってくれるそうだ。
お姉さんは鏡の前でくるりと回って見せた。
当の本人が一番楽しそうである。
「ふう~ん、良く分からないけど似合ってるさ」
「そう? ありがとう。それでメイドさんになったのは良いんだけど……何をしようかしら?」
「そんな、別にいいさ」
「わたし料理なんてできないし、ていうかもうステラが用意しちゃってるし。う~ん、困りものね」
しばらく考え、
「っ!」
ポンと手を叩く。
「そうだわ! 食べさせてあげるのなんてどうかしら? よくレクスとやってるでしょ? あ~んって!」
「うっ……」
「良いわね、そうしましょう!」
如何にもメイドっぽい、というかそれくらいしか出来ることが残されてない。
「アンタの毛布は今洗濯してるから、今日はわたしの部屋でステラと3人で寝ましょう!」
アッシュを真ん中にしてあげるそうだ。
「そっか、ならオレも食べさせてあげるさ!」
「えっ、それだとメイドさんになった意味がないじゃない……」
「──ご飯出来ましたよ~!」
夕食の支度が終わった。
「は~い!」
2人は食卓へ向かった。
そして、夕飯にて。
「ほらアッシュ、あ~ん!」
「あ~ん」
パクリッ!
「どう? 美味しい?」
「ああ、うまいさ!」
アッシュはおいしそうにモグモグと頬張る。
ステラの料理を。
「お返しさ、あ~ん」
「あ~ん」
パクリッ!
「あら! 美味しいじゃない⁉ 美味しいわアッシュ!」
「そっか、良かったさ!」
プラスもお口を押させてお上品に食べる。
ステラの料理を。
「フフフッ、無事に仲直りできたみたいですね」
「あ~ん!」
仲良く食べた。




