58.百年山の頂で
一方そのころ場所は変わって。
アッシュの旅立ちを見送ったプラスは、現在、第一教区の東側にある大きな山、「百年山」の頂を目指していた。
この山はあまり登山には適していないため、人の往来はほとんどない。
また異様な雰囲気があってか、不思議と周りの動物たちもここに近づこうとしなかった。
「ふぐぐぐ………」
ただいまプラスは楽しい楽しい登山の真っ最中。
だがその表情は硬く、あまり面白くなさそうだ。
「ぐぐぐぐ………」
それもそうだ。少女は今、崖に張り付いているのだから。
落ちないように必死な形相で断崖絶壁をよじ登っているのだから。
「ふぐうううう!」
──あれからずっと考えていた。
ウィリーが消滅する寸前に言った断末魔。
あれを聞くに、あいつはまたアッシュの中から出てくるのではないか。
ウィリーにはオーブでの攻撃が通用せず、さらに一時はその驚異的な強さで自分を圧倒した。
またアッシュから出てきても、次は絶対に倒すことはできないだろう。
アッシュを守ることはできないだろうと。
そんな中、頭部の寂しいカールから耳寄りな情報が届いた。
なんでも百年山という山の頂上で、謎の仙人がコソコソと怪しい修行に勤しんでいるそうだ。
その仙人が一度下りてきたことがあるのだが、やれ悪魔だのなんとかオーブだの訳の分からないことを言って、誰にも相手にされず山に戻って行ったそうだ。
それを聞いたプラスはその仙人がウィリーについて何か知ってるのではないかと思い、その謎の仙人に会うために山を登ることにしたのだ。
しかし、
「もー! どうしてわたしがこんな目に遭わないといけないのよーー!」
予想よりも険しい道のりのため大苦戦する。
悲しいことに、最も難易度が高いルートを選択していた。
当の本人はそのことに気がついていない。
「ハア……ハア……やっと着いたわ」
百年山を見事攻略したプラスだが、その息は絶え絶えだ。
少し休憩して辺りを見渡すと、頂上にはポツンとボロボロの小屋が建つだけだった。
どうやら仙人がいる話は本当のようだ。
プラスはさっそく小屋を訪ねた。
「あら? 誰もいないわね」
しかし中は無人で誰もいない。
どこかに出かけているのだろうか。
プラスは帰って来るまで小屋の中で待つことにした
「はあー、それにしても疲れたー!」
この少女はとても疲れたようだ。
一番きつい道を登って来たのだから当然だ。
「……お腹空いた」
早朝から登り始めて今はもうお昼。
ちょうどお腹の減る時間である。
「……あっ!」
何かないかキョロキョロしていると、すぐに食べ物を発見した。
保存食だろうか、干し肉のような物が部屋の高い所に飾られている。
ちょうどいいとそのお肉に手を伸ばす。
「…………」
だがプラスの手はピタッと止まった。
そして考える。
仮にも自分は名門スターバード家のお嬢様。
そんな自分が見ず知らずの人の食べ物を盗み食いしてもいいのか。
しかしここは山の頂、人の作った法など意味をなさない無秩序なこの世界で、そんなことは気にするだけ野暮な事ではないか。
「…………」
それにこのお肉は仙人よりも自分が食べた方がいい。
なぜなら自分は育ち盛りの可愛い少女なのだから。
きっとこのお肉も自分に食べて欲しいと思っていることだろう。
目の前のお肉が呼んでいる。
そして、プラスはお肉に手を伸ばした。
「……あんまり美味しくないわね」
なんだか簡素な味がする。
お嬢様のお口には合わなかったようだ。
それでもプラスはモグモグ食べる。
やがて全てのお肉を食べ終えて、お腹いっぱい元気もいっぱい。
なので外に出て頂上からの景色を眺めることにした。
「う~ん、雲でなにも見えないわね~」
相当高い所まで登ったようで、周りは雲で覆われて大地が見えない。
お嬢様はこの景色がお気に召さないようだ。
「う~ん……ん?」
そのまま景色を眺めていたら、ふとこちらに近づいてくる人が見えた。
「だれかしら?」
目を凝らしてよく見ると、かなり年老いてるようで如何にも仙人っぽい。
その老人は座禅を組み、両手を広げたまま透明なオーブを出して、プカプカと浮いている。
「あら?」
やがてプラスの元までやってきたが、気がついてないのか真横を通り過ぎて、小屋の中へと入っていった。
「あのおじいちゃんがそうね!」
あれが例の仙人か。
プラスはノックもせず小屋の中へと入る。
「お邪魔しまーす!」
そして仙人の前にちょこんと座った。
先ほどは胡坐をかいていたのだが、今度はキレイに正座する。
この期に及んでまだお嬢様のつもりなのだろうか。
「ねえおじいちゃん、お話があるんだけど」
「…………」
「ちょっといいかしら?……ん?」
「…………」
「なに言ってるかわからないわ!」
プラスの問いかけに老人は何も反応を見せず、小さな声でブツブツつぶやくだけだ。
誰かさんと同じく人見知りなのか、もうボケてしまったのか、だとしたら早く山から下ろしてあげないと。
プラスは心配したが、
「ホッホッホッ! 待っておったぞ、お主がそうか」
「えっ?」
「わしは名は百年仙人。お主、名なんという?」
「わたしプラ……」
「どれ、まずはオーブを見せて貰おうかの」
「は?」
自分が来るのを知っていたのかとプラスは驚く。
もしかすると、この百年仙人と名乗る老人は本物かもしれない。
そう思い、言う通りにしてオーブを出した。
「ホウ、中々良いオーブを持っておるの。まだ若いのにこれほどとは」
「そうかしら? もっと褒めていいわよ」
「これならいけるかもしれん」
「なにが?」
「わしはずっと待っておった……そう! 世界の救世主をの!」
「救世主? わたしが?」
話が飛躍しすぎでは。
そもそもプラスはまだ何も言っていない。
しかし百年仙人は話をどんどん進めた。
「決めた! お主にわしの秘術、クリアオーブを授けよう」
「ちょっと! こっちの話も聞きなさいよ!」
「その通りじゃ! これはわしが20年の歳月を経てようやく完成させた代物での。完成に至るまでそれはそれは苦悩と涙なしでは語ることのできない……」
「ねえってば!」
この老人、ザイコールよりひどい。
プラスは目の前のおじいちゃんに段々イライラする
「そうじゃの、話しだけでは何も始まらん。まずは見本を見せるとしようかの」
「はあ……」
「まずはこれが普通のオーブじゃ」
「うっ⁉」
すると百年仙人は手からオーブを出す。
それは濁ったドブのような色で、とても仙人の出すオーブには見えない。
「よ~く見ておれ、今からこのオーブの色を抜く」
「抜く?」
「うんぬううううう!!!」
「っ⁉」
そして急に気張りだした。
まるで何かをひねり出すように手に力を込める。
「ちょっとアンタ⁉ なにしてるのよ⁉」
そのあまりの下品な姿にお嬢様は身を引いてしまう
「ぬうううううう!!!」
すると、オーブの汚いの色がみるみる落ちていく。
「ハア……ハア……完成じゃ」
やがて老人のしわしわな手が透けて見えるほどの透明なオーブが出来上がる。
仙人はヘトヘトになりながらもそれを見せた。
「なによ、これ?」
「ホッホッホ、これがクリアオーブじゃ!」
プラスはその透明なオーブを不思議そうに見る。
その顔は、アッシュが初めてオーブを見た時とそっくりだ。
しかし、思っていること全然違った。
「……これだけ?」
「そうじゃ、キレイじゃろ?」
「なによそれ! ふざけてるの⁉」
「何を言う⁉ わしは大真面目じゃ!」
こんなことに20年の歳月を使ったのかとプラスは心底呆れた。
同時にここまでやって来た労力が無駄になってしまい腹が立つ。
そのまま目の前にいるただの老人を蔑んだ。
「アンタなんか仙人じゃないわ! もう山から下りなさい!」
「断る! わしは仙人じゃ! 百年仙人じゃ!」
「もういいわよ! 教会にアンタを保護してもらうから! それにこんな山! 支部長になったら立ち入り禁止にしてやるわ!」
「お、落ち着くのじゃ! まだ話は終わっておらん!」
「……は、話?」
プラスはやや興奮気味に聞き返した。
かなり怒っている。
「そうじゃ、わしがなぜこれを開発する経緯に至ったか。これが一番重要でどのくらい大事かと言うとあれやこれやそれやで……」
「──光撃」
「ホッ?」
プラスが拳を固めた。
仙人は怯えて口を閉じる。
「もう黙りなさい」
「……ホイ」
久しぶりの来客だったので嬉しくなり、つい色々話したくなっただけなのにと、百年仙人はしょんぼりした。




