5.お見舞い
「う、うん……」
アッシュは目を覚ました。
いつもより天井が高い。
いつもの布団、あのふわふわがない。
「はっ! オレの腕⁉︎」
いきなりバッと起き上がる。
すぐに自分の腕を確認するも、元に戻っている。
あの黒い腕はなんだったのだろうか。
自分は人間なのか。
アレではまるで……
それに最後、プラスに見られた。
アッシュの頭の中で色々なことが回る。
「……ん?」
そう考えていると、横から何か聞こえる。
見てみると、
そこにはプラスがいた。
ベッドに顔を預けて眠っていた。
アッシュの看病に疲れたようで眠っている。
「プラス……」
起こすかどうか悩ましい。
「う~ん……あれ、寝ちゃった?」
すぐにプラスが目を覚ました。
「おはよう、プラス」
「ふわあ~、おはようアッシュ……アッシュ⁉︎」
急にガバッと抱きつく。
「わっ!? なにさ急に」
「もうっ! ホントに心配したんだから! 戻ったら2人はいないし、ハリスは倒れてるし、あなたはボロボロだし、とにかく無事でよかったわ!」
「プラス、苦しい……」
よほど心配だったのだろう。
しばらく抱き着いたままだ。
アッシュはそれを察する余裕はなく、ただ身体を預けるだけだった。
──しばらくして落ち着いたプラス。
改めてここは教会の病室だということを説明した。
「で、何があったのかしら? わたしが戻ったらイービルはいないし、それにあなたの腕……」
「それが……」
アッシュはことの成り行きを説明した。
急にお空からイービルが落ちてきたこと。
助けに来てくれたハリスが自分を庇い重症になったこと。
突然左腕が黒くなり、それを使ってイービルを倒したことを必死に伝えた。
「……そうねえ」
話を聞いたプラスは唇に手を当て考える。
「やっぱりオレってイービル?」
「いいえ、それは違うわ。あなたがイービルならそもそも襲われないはずよ」
イービルは人にのみ危害を加える魔物だ。
街中だろうと家の中だろうと容赦なく現れる恐ろしい存在。
ただし人間以外は襲わない。
襲われたという事は立派な人間である。
アッシュはそれを聞いて安心した。
「ねえ、昨日みたいに黒い腕は出せないの?」
「う~ん、どうだろう」
「もちろん、あなたが嫌ならいいけど」
「……わかったさ」
あまり気が乗らない。
だが、プラスが見たがっている。
アッシュは目を閉じる。
左腕が黒くなった時のことを思い出す。
身体にある不思議な力を中心に集めて一気に左腕に送るイメージ。
オーブを出す時と少し似ている。
すると、ボワッと黒く染まる。
「で、出た……」
「出たわね」
意外とすんなり出せた。
改めて見ると禍々しい姿をしており、自身にこんなものがあることがおぞましくなる。
「近くで見るとすごい。とてつもないエネルギーの塊だわ」
プラスもマジマジと見る。
「もういい?」
そんなに見られても良い気はしない。
「あっ、もういいわ。ごめんなさい」
さっさと引っ込めると、プラスが説明を始めた。
「多分アレね、それはあなたに憑依したイービルの力よ。聞いたことがあるわ」
プラスは言う。
稀にイービルに憑依された人間がその力を使えるようになるという。
だが、そんなのはレア中のレアだと。
「どこか痛いところはないの? 出してる間はすごく疲れたり」
「いや、特には」
むしろ力がみなぎっていた。
「そう。見たところコントロールは出来てるみたいだし、身体に異常がないならいいのかもしれないわね」
うなづくも、アッシュの顔は沈んでいる。
「そうね、あまり良いことではないのかも知れないわ。でも……」
「ん?」
「わたしの判断は間違ってなかったわ! やっぱりわたしってすごいのかしら⁉︎」
またそれか。
プラスがまたもお星様を浮かべて目を輝かせる。
それを見たアッシュはもうお手上げだ。
「はあ、そう言えばハリスさんは?」
生きているか心配だったので聞いた。
「ハリスなら病室よ。まだ寝てるんじゃない?」
無事なようで、アッシュは一安心する。
「大丈夫よ、あの執事は頑丈さだけが取り柄なんだもの。心配なら見に行ってあげたら?」
しばらく色々話して時間も経ち、プラスが立ち上がる。
「今日はここで休んでなさい。明日向かいに来るからちゃんと朝起きなさいよ。わかった?」
「わかったさ」
「そう、良い子ね。それじゃまたね」
プラスは病室を後にした。
──しばらくしてアッシュは隣の病室へと向かう。
ハリスのお見舞いだ。
少し恐いが助けてくれたことも事実。
何も言わないのは良くない。
すでにハリスは起きていた。
窓から外の景色を眺めている。
「おや、珍しい来客だ」
アッシュは少しだけ頭を下げる。
「お嬢様は来られましたか?」
「えっ、さっきこっちに来たけど」
「それはおかしいですね。私のところには来ていませんが」
プラスは自分の執事のお見舞いをサボったようだ。
伝えるべきなのか、アッシュは迷う。
少しの沈黙、
先に口を開いたのはアッシュだった。
「あの、助けてくれて、ありがとう」
「ふむ」
お礼を言うアッシュの顔が少し赤い。
それを見てハリスは微笑した。
この少年はそんなことを言うためにわざわざ来たのかと。
「有難く受け取っておきます。あなたが怪我するとお嬢様が悲しみますからね。それに……」
また小さく笑う。
「子どもは大人に守られるものですよ、フッ」
良い人だった。
「しかしこの怪我ではさすがに動けません。その間、お嬢様をお願いしますよ」
「わかったさ」
お礼の言葉も伝えたことだし、アッシュは自分の部屋に戻ろうとするも、
「それと」
一言、口を挟まれる。
「私がいないからと言って、お勉強はサボらないように」
「げっ……」
「その反応、まさかアッシュさん」
執事の目がキラーンと光る。
日頃のアッシュのお勉強を見ていたハリス。
自分が教会に入院している間、ちゃんと勉強するかが気がかりだった。
予想通り、アッシュは勉強する気など微塵もない。
しばらく厄介な執事が来ないと浮わついていたのだが、それは読まれていた。
一瞬で打ち砕かれた。
「代わりにステラさんが見てくれます。良かったですね」
「えぇ、そんな……」
この悪い子がしっかり勉強するように、しっかりと策を打っていた。
「ああ、あと私からも。これとあれとそれに」
さらに大量の宿題をプレゼントしてあげた。
こんなに……。
アッシュは青ざめた。真っ青だ。