55.楽しいお勉強①
翌日、ゴーに修行をつけてもらうため、アッシュは街を出て、森の中を少し歩いたところにある広い場所にいた。
この場所はゴーが、わざわざ森を切り開いて作った修行場だ。
第一教区にあるプラスの特訓場をまねて作ったそうで、一人で作ったとは思えない完成度であった。
ちなみにマリコはまだ旅の疲れが残っているらしく、今日はお休みするそうだ。
「まさかお前から俺のところに来るとはなあ、アッシュ」
ニヤッとする大きな顔面。
「いいだろ、べつに」
「女に振られたんだって? チッ、ガキのくせに随分色気づきやがって」
そういう考え方もできるため否定はできなかった。
これ以上は聞かれたくない。
アッシュはさっそく本題に移る。
「ほう、強くなりたいと。お前がか?」
「悪いかよ」
「ガハハハッ! あんなに嫌がってたお前が珍しいことあるもんだなと思ってな!」
「…………」
悲しいことにプラスよりゴーの方が、鍛えるのが上手い。
そうでなければここにはいないと心の中で嘆く。
「ところでよ……」
いつになく本気なアッシュに、ゴーも嬉しそうであったが、ふとあごに手を当てる。
「強くなるったって、一体どう強くなりてえんだ?」
アッシュの張っていたお顔がゆるみ、
「……へっ? どういうことさ?」」
「馬鹿野郎、強さってのも色々あんだよ」
「うん?」
言ってる意味がよくわからない。
ゴーが構わず話を続けた。
「いいか? 戦いってのは単純な戦闘だけじゃねえ。接近して戦うやつもいれば、遠距離で戦うやつもいるだろ?」
「それがなにさ?」
「つまり自分に合った戦い方を見つけろってこった。それがわかんねえんじゃ何も始まらねえぞ」
「自分に合った、戦い方……」
「ああ。で、どうなりてえんだ?」
「どうって……」
レクスは確か近接戦闘が得意のはず。
むしろ分離を使わないと言っていたので近接特化だ
なのでアッシュは元気よく答えた。
「接近戦!」
「……はあ」
「えっ、なにさ?」
返事を聞いたゴーがガックリ肩を落とした。
アッシュは何がダメなのかわからない。
「残念だがアッシュ。お前は接近戦向きじゃねえ」
「そうなの? じゃ遠距離?」
「違う、お前はどっちも向いてねえ。特に接近戦はダメだ」
「えぇっ⁉」
アッシュに衝撃が走る。
レクスとは何度かオーブを使わないでじゃれ合ったことがある。
その時は自分の方がやや優勢だったため、てっきり接近戦は得意だとばかり思っていた。
だが違うとはっきり否定され、アッシュはショックを受けてしまう。
まさかレクスが手加減していたのか、そのまま混乱していると、
「お前の光撃は弱いからな、おそらく苦手なんだろう。そんで同じ光撃が強い奴と戦うと分が悪いんだよ」
「えぇ……そんな……」
「ああ、お前の光撃はゴミだな。へなちょこだ」
アッシュの光撃はかなり弱いそうだ。
棒立ちのゴーに一切ダメージが入らなかったのはこのためだ。
「ちなみに分離は普通だな。だから遠距離が得意な相手だとまた負けちまうんだなこれが。ガハハハハ!」
「……どうして笑うのさ?」
目の前に熊が言うに、レクスやゴーのように光撃が強い相手と打ち合うのは分が悪いらしい。
かと言って分離も大したことないため、遠距離が得意な相手にも負けてしまうそうだ。
ならどうしろと言うのだ。
アッシュは頭を悩ませた。
「そう気を落とすなって! 別に悪く言ってるわけじゃねえんだからよ!」
「悪く言ってるだろ!」
「あくまで相手と同じ土俵で戦うと負けるって話だ」
「なるほど……ん?」
またしてもゴーの言ってることがわからない。
「つまりお前みたいタイプは、接近戦と遠距離を相手によって変えばいいんだよ」
「えっ? でもオレの光撃は弱いんだろ? なら遠距離で戦うしか……」
「馬鹿野郎、おまえは別だ。その左腕を忘れたのか?」
「あっ! そっか!」
自分に悪魔の左腕があるのを思い出した。
大きな熊が言うに、光撃が得意な相手には距離を取って戦い、分離が得意な相手には悪魔の力を使って叩けということだ。
悪魔の左腕はオーブを使わず、直接殴るだけでもかなりの威力がある。
むしろアッシュの光撃より威力が高い。
ウィリーの力がここで役に立つは思わなかった。
「そういうことだ。だからお前は分離と破裂を鍛えろ。代わりに接近戦は俺が鍛えてやる……まあ最初からそうしてたんだがな」
「あっ、確かに」
アッシュは修行の内容を思い出した。
修行では破裂以外でオーブは一切使わず、ひたすらゴーと組手をやらされていたのだ。
光撃を使わないで意味があるのかずっと疑問だった。
でもそれはしっかり考えた上でのことであった。
目の前の脳筋男は、戦闘の知識だけはそれなりにあるようだ。
ゴーを尋ねて良かったとつい思ってしまう。
なので他にも色々聞くことにした。
「丸盾は鍛えなくていいのか?」
「あん? そうだな。どっちでもいいぞ」
「どうしてさ?」
破裂がお上手なアッシュ君は、攻撃は避けた方が良いため丸盾で防ぐ必要はない。
どうしても避けられない場合に使うのだが、そんな場面はあまりないのでご自由に鍛えてくださいとの事だ。
丸盾は、破裂が苦手な人や、マリコのような遠距離タイプの人が鍛えるものなので、アッシュ君にはあまり関係ない。
いざとなれば悪魔の力である魔王丸盾を出してくださいとの事だった。
「ふぅ〜ん、じゃあさ。プラスの雷はどうやれば使えるのさ?」
「あん?」
アッシュは一度、どうやって雷を出すのかプラスに聞いたことがある。
しかし、「いつの間にかできてた」と素っ気ない返事だった。
またレクスに爆殺光撃の事を聞いても「遊んでたらできるようになった」と言われただけであった。
自分もああいうカッコいいことが出来ればと夜な夜な考えていた。
「で、どうなのさ?」
あっさりした口調でゴーが言う。
「ああ、あれはお前には無理だ」
「はあ、だと思ったさ」
ここまでの流れからなんとなく分かっていた。
だからあまり落ち込まない。
でもアッシュにはまだ疑問が残ったままだ。
「っていうかさ、プラスの雷もそうだけど、レクスのあれとかマルトンの擬態迷彩ってどうやったらできるのさ?」
ずっと気になっていた。
レクスのはまだ光撃っぽいのでわかるのだが、プラスとマルトンに至っては、もはや何に分類されるのか謎だ。
今まで何度か聞こうしたが、タイミング合わなかった。
「あー、そうだなー」
ゴーはめんどくさそうに大きな頭を触る。
「そいつはウィークオーブって言ってな。まあ、お遊びみたいなもんだ」
「お遊び?」
「そうだ。だから別になくても何も問題ねえ」
「……まったく意味がわからないんだけど」
「説明が少し面倒だな。いいか? ウィークオーブは強くなることとは真逆なんだよ」
ダルそうに話を続けた。
「分離はただオーブを出して撃つだけじゃねえ、直線状に放射したり、バラつかせて撃ったり色々できんだよ、ザイコールがそうだっただろ?」
「う~ん? そうだっけ?」
ザイコールのことを思い出した。
あの老人は確か、オーブを拡散させて広範囲に発射していたし、口からビーム状のオーブも出していた。
あれは分離のバリエーションに過ぎないそうだ。
「光撃だってそうだ。大量のオーブを注ぎ込めばそれだけでも十分強力な技になる」
「へえ~、でもオレさ、あんまりオーブ乗せられないんだけど」
「お前は光撃が苦手なんだ、そんでちょっとしか拳に乗らねえ。だからカスみたいな威力にしかなんねえんだな! ガハハハ!」
「……どうして笑うのさ?」
エリーのペットが言うに、戦闘に関しては分離、光撃、丸盾、破裂の四つを自分に合った形で使うだけで十分強くなれるそうだ。
なのでウィークオーブというのは必要ないと言う。
「しかしそうだな。あれはお前みたいな奴が一番化けるからな」
「化ける? どういう意味さ?」
「ああ。少し長くなるが説明してやるか」
「おお!」
アッシュが目をキラキラさせる。
ずっと気になってたことが聞けてワクワクだ。
「いいか、一度しか言わないからな?」
ウィークオーブの説明が始まった。




