54.二人の新居
二人が出発してから三日後、ようやく第二教区に到着した。
第一教区からここまで、大人の足なら丸一日かかるくらいの距離だ。
馬車が使えたら楽なのだが、残念ながらこの国では高級な乗り物なので、滅多に乗ることはできない。
子供の足ではどうしても時間が掛かるため、中間地点にある宿舎で一泊した。
しかし、マリコが疲れたと駄々をこねて、仕方なくもう一泊してしまい、到着が一日ほど遅れることになった。
「はあ、やっと着いた……もうヘトヘトだよ~」
「早くエリーさんのとこに行こう」
「あっ! ちょっと休もうよ~」
マリコは弱音を吐きながら小さな背中を追いかけた。
試験の時は、特別に用意された馬車で来たため、前回はなんともなかったのだが、今回はずっと歩きっぱなしで疲れたようだ。
アッシュの方はまだ元気が有り余っていた。
早くエリーの所に向かおうと、すっとろいお姉さんの袖をグイグイ引っ張る。
「ここが第二教区か」
「ふ~ん、一教区とあんまり変わらないね」
二人は街の中を見渡す。
流石に兄弟教区と言われるだけあって、街並みや雰囲気がそっくりだ。
それでも第一教区より若干人が多くてにぎやかに感じた。
あの街は冷めた人が多いからそう感じただけかもしれない。
「…………」
街中を駆け回る子供たち。
アッシュは少し寂しげな表情を浮かべる。
しかし、遊ぶためにここに来たわけではない。
すぐに気を引き締めた。
「そういえばエリーさんの家ってどこさ?」
「あれ? アッシュ君知らないの?」
「えっ、マリコさんは知らないのか?」
「ううん、知らないよ。てっきりアッシュ君が知ってるのかと」
「…………」
マリコはキョトンしていたが、アッシュの方は少しずつ青ざめていく
こういう時はお姉さんであるマリコがしっかりして欲しいものだ。
「今から探すのか……はあ」
と言ってがっくり肩を落とす。
マリコは状況をよくわかっていないのか相変わらず頭の中がフワフワしている。
そんなお困りの二人に声をかける人物がいた。
「──ようやく来やしたか、坊ちゃん」
「あっ、マルトン!」
振り向くと、そこにはいたのはマルトンだった。
二人を連れて来いとエリーに頼まれていたのだ。
「ごめん、少し遅れた」
「全くでさあ、こっちはずっと暇だったんですぜ!」
マルトンは一日以上ここで待っており、中々やって来ないアッシュを心配していた。
それがようやく来てくれて一安心する。
しかし、
「アッシュ君、この人だれかな?」
「っ⁉ ひっ! どうしてここにいるんスか⁉」
「えっ⁉ 急になにかな⁉」
隣にいる少女を見て、マルトンが怯えだした。
「お願いでさあ! あっしを食べてもあんまり美味しくないっスよ!」
「たべる? なに言ってるのかな?」
第一教区にいた時、ベルルに憑依されたマリコに食べられそうになった。
それを鮮明に覚えていたマルトン。
なので必死に命乞いをした。
マリコはその時のことを覚えておらず、いきなり初対面の小汚い男に怖がられ、何がなんだかわからない。
が、怯える男をじーっと見て、
「がおおー! たべちゃうぞー!」
「ひぃぃいいい! 見逃してくだせえ!」
「フフンッ! なにこの人、面白い人だね!」
「なにしてるのさ、二人とも……」
アッシュは大人たちのやり取りに呆れてしまう。
──マルトンの案内で、二人は無事にエリーの元へとたどり着いた。
軽くあいさつを済ませ、ゴーにも声をかけようとしたのだが、買い物に行かせたそうで今はいないとのことだ。
買い物をするゴーの姿が非常に気になるが、エリーに連れられてこれから住む家に案内された。
気がつくとマルトンはいなくなっていた。
よほど食べられたくなかったのだろう。
「ここがあなたたちが住む家よ」
「えっ⁉ ここに住んでいいんですか⁉」
「そうよ、二人で仲良くしてね」
「うわあー、すごいね! アッシュ君!」
「…………」
エリーの家から少し歩いた所にある一軒家にやってきた。
ここに二人で住んでいいと言う。
てっきりエリーの家にお世話になるとばかり思っていたが、なんと二人のためにわざわざ新居を用意していた。
教会で貴重な治癒師として働いているエリーは、家の一軒や二軒など軽く購入できるくらいお金を持っている。
おかげでこの街の人々は、怪我をしてもすぐ戻って来るという話だ。
これでゴーに追加で、アッシュとマリコも無事にペットの仲間入りを果たした。
そして三人は家の中に入る。
「家具は一通りそろえてあるから自由に使っていいわ」
きちんと掃除が行き渡っており、すぐにでも生活できる状態だ。
ご親切なことに二人の部屋まである。
これからここでマリコと一緒に暮らすようだ。
「はえー、色々あるんですね」
「ここまでしなくてもいいのに」
「あら、気に入らなかった?」
「そういうわけじゃないけどさ」
「──わあ! お風呂もひっろーい!」
マリコが家の中を見てはしゃいでいた。
逆にアッシュはここまでしてもらっていいのか不安になる。
「他に必要な物があったら言ってちょうだい」
「いえ! あとは私たちで用意します!」
「そう? 遠慮しなくてもいいのよ?」
「………」
このままではゴーと同様にペットにされるのではないか。
アッシュは危惧した。
「それじゃ二人とも、今夜はうちでご飯にしましょう、ご馳走様を用意してるから」
「いいんですか⁉︎ ならお言葉に甘えさせてもらいます!」
「ウフフ…」
「ど、どうも」
さっそく餌付けとはすえ恐ろしい。
エリーの満遍の笑みを見て不気味に思うアッシュであった。
──その後、二人はエリーの家にお邪魔すると、ゴーも加えて楽しい時間を過ごした。
ゴーは、マリコを見て「どこかであったことあるか?」と聞いたが、やっぱり気のせいだなと高笑いする。
マリコもベルルに憑依された時のことは覚えてない。
つまり二人は実質初対面だ。何も問題はない。
現在、新居に戻った二人は、お茶を飲みながらゆっくりしていた。
長旅で疲れたようで、一息ついているところだ。
「はあ、疲れたぁ~」
「……ズズ」
「やっとゆっくりできるね」
狭い空間で二人きりは気まずいのか、アッシュの口数が減る。
「……ズズズ」
「そうだ! このあと一緒にお風呂入ろっか!」
「ぶほっ⁉……ゲホッゲホッ」
「アッシュ君⁉ 大丈夫⁉」
マリコがとんでもないことを言い、アッシュは盛大にお茶を吹き出してしまう。
「むせちゃったんだね、よしよし」
心配したマリコが口もと拭いてあげた。
おかげで落ち着いたアッシュが言う。
「一人で入るさ、マリコさんが先で、いい……ゲホッ」
「そう? なら先に入っちゃおうかな!」
「…………」
ようやくマリコと暮らすことを実感したようだ。
アッシュは目の前にある大きなふわふわを見た。
「アッシュ君!」
「っ⁉ な、なにさ?」
「これからよろしくね!」
「……よろしく」
そして、色々な意味で不安になる。




