53.巣立ち
それから一カ月が経ち、今日はアッシュの旅立ちの日。
見送りにはプラス、ステラ、怪我が治って退会したハリスが立ち会っていた。
そんなアッシュの隣には、なぜか、マリコがいる。
「それじゃマリー、アッシュのことよろしくね」
「まかせてプラちゃん! 今度は絶対迷子にならないから!」
「……アッシュ、やっぱりマリーをお願いね」
「わかったさ!」
「えぇっ⁉」
これからゴーのいる第二教区へ向かう。
修行をつけてもらうためだ。
今まではゴーがここにやって来て修行をつけていたのだが、それでは限度があるのでアッシュが引っ越すことにした。
これはアッシュが決めたことだ。
レクスより強くなるためにはゴーの元で修行するのが一番いい。
プラスも初めは驚いていたが、何となくそんな気がしていたようで、アッシュが自分で決めたことならと快く承諾した。
ちなみにマリコもついて行くと言い出した。
そのゴーとやらに鍛えてもらえればBランクになれるかもと思ったからだ。
なのでマリコの怪我が治るの待ってたため、旅立ちの日が少し遅れた。
「本当に行ってしまうんですね……」
「……そんな目で見ないでさ」
ステラはお別れが悲しいようで涙がこぼれる。
アッシュはそれを見て困ってしまう。
「そうよ、気持ちよく送り出してあげないとダメじゃない」
「わかってますが……グスッ」
「別にもう会えないわけじゃないんだから。ほら、ステラはいい子ね」
頭をナデナデして慰めてあげるも、
「やめてください!」
「えぇっ⁉」
やがてステラが前に出て、何か包みを渡す。
「アッシュさんこれを、マリコ様と食べてください」
それは朝早く起きてこっそり作ったお弁当だ。
お弁当はまだほんのり温かい。
「これは、いつの間に作ったのさ」
「あっ、私の分まであるんだ! ありがとね、ステラさん!」
「たまにはこちらに遊びに来てくださいね」
今度はハリスが前に出る。
「アッシュさん、どうかお気をつけて」
「ハリスさんも気をつけて、もうお見舞いには行けないからさ」
アッシュはお見舞いにちゃんと行っていた。
どこかの誰かと違って。
もう入会してもアッシュは来てくれないと思うと、ハリスは少し寂しくなる。
「そうですね……」
年甲斐にもなくウルッときてしまい、バレないようになんとか踏ん張った。
「……ところで」
そして、今度はキラーンと目を光らせた。
「向こうでもお勉強をサボってはいけませんよ」
「うげっ⁉︎」
アッシュがギクッとなる。
「わ、わかってるさ」
「エリーさんに任せてあります。良かったですね」
「えぇっ⁉」
ハリスが入会している間、アッシュは勉強をサボっていた。
なので向こうでも勉強するのか心配になり、予めアッシュを監視して欲しいとエリーに連絡していたのだ。
エリーはそれを喜んで受けてくれたそうだ。
アッシュは勉強する気など微塵もなかったようで、出発する直前にそれを聞いてショックを受けた。
この国では15歳になるまでは教会で勉強しないといけない。仕方がない。
「これを渡しておきます」
と言ってハリスは万年筆を手渡した。
「なにさ、これ? ペン?」
「万年筆です。これを見て勉強に励んでください」
お高そうな万年筆だ。
上部が目の形になっていて、まるでハリスが見張ってるとでも言ってるように見えた。
「ありがとう……」
アッシュの顔は青ざめた。真っ青だ。
最後にプラスが前に出る。
「アッシュ! 向こうでもちゃんと早く起きなさいよ!」
「わかってるさ」
「はいこれ! わたしからプレゼント!」
「これは、時計?」
「そう! 実家にあった目覚まし時計、アンタにあげる!」
そう言って時計を渡した。
これはプラスが小さい頃に使っていた物で、丸い形をしていて中央には可愛い星と鳥のマークが付いている。
なんでも、スターバード家が代々受け継いでいるお子様用の目覚まし時計らしい。
それをアッシュに渡すためにわざわざ中央教区から送ってもらったそうだ。
「ちゃんとご飯食べるのよ!」
「わかった」
「夜更かしはダメだからね!」
「わかったさ」
「きれいな女の人にはついて行っちゃダメよ!」
「ハイハイ」
「週に一回は顔を見せなさいよね!」
「もうわかったから……ん?」
プラスが最後にこれでもかと忠告する。
まだ言いたいことが山ほどあるようだがハリスに止められた。
「じゃ、そろそろ行くからさ」
「いつでも帰ってきていいからね!」
「アッシュさん、どうかお元気で」
「上に同じく」
「今までお世話になりました」
アッシュはそう言って深く頭を下げた。
お礼を言うと涙が出そうになる。
この三人には言葉にできないほど感謝していた。
記憶のない自分を温かく迎え入れ、家族のように接してくれた。
おかげでこの半年間、とても幸せだった。
「…………」
これ以上ここにいるとまた気持ちが揺らぎそうになる。
湿っぽくなる前にアッシュは行こうと思うが、
「ん? どうかしたの?」
最後にプラスの顔をふと見た。
なぜか分からないが見てしまった。
「いや、べつに」
何か心に引っかかるものがあり、少し物足りない感じがする。
「アッシュ?」
見つめてもわかってくれそうにない。
いつもそっちからやってくるくせに。
それなら仕方がないと、アッシュは自分からやることにした。
「プラス、ちょっとこっちに来て」
「へっ? 何よいきなり」
「いいからさ、ほら」
アッシュが手招きして呼んだ。
プラスはよくわからないまま言う通りにする。
すると、
「っ!」
突然プラスの胸に抱き着いた。
本当は顔に飛び込みたいところだが、身長がちょっと足りなかった。
「きゃっ⁉︎ ア、アッシュ⁉︎」
まさかアッシュの方から来るとは思わず、プラスはびっくりするも、すぐにその小さな身体をぎゅっと抱きしめた。
身体が勝手に動いてしまう。
「まあ!」
ステラとマリコは同時にお口を塞ぐ。
「…………」
二人はお互いの温もりで幸せに包まれる。
ずっとこのままでいたい。
そして、顔を埋めたままのアッシュは、普段絶対に言えないことをプラスにぶちまけた。
「今までありがとう」
「うん」
「プラスに会えてホントによかったさ」
「うん」
「……大好きさ」
「うん、わたしも……っ⁉︎ いまなんて言ったの⁉︎」
とんでもない事を聞いたプラスは、自分の耳を疑った。
「もう一度言いなさい!」
「じゃ、行ってくるさ!」
「ねえ! お願い!」
二度と言うもんかと固く誓い、プラスの胸から離れた。
「アッシュ君! そろそろ行こうね!」
「マリー⁉︎ ちょっと待ってよ!」
「じゃあまたね、プラちゃん!」
「待ちなさいアッシュ! 一回だけでいいから! ねえ!」
別れのあいさつも無事に終え、マリコが率先して進み始めた。
おねえさんである自分がちゃんと連れて行くんだと張り切っている。
「よし! じゃあ行くよ!」
と言ってお隣の第四教区につながる道を歩き出す。
「……マリコさん、そっちじゃない」
「へっ? あっ、ごめんね。こっちだった」
「はあ、マリー、そっちは中央教区よ」
「えっ、そうなの?」
「……アッシュ、頼んだわよ」
マリコの方向音痴ぶりを見て本格的にヤバいと思い、アッシュは気を引き締めた。
そして地図とにらめっこしながら歩き出した。




