52.まだ甘えたい
ステラは夕飯の支度をしながら時折、アッシュのいる二階に目をやっていた。
相変わらず部屋から出て来ないので心配なようだ。
「はあ……」
ため息をつきながら鍋の具材を混ぜて込む。
グツグツと煮込まれる食材を見ながら、どこかおぼつかない様子で混ぜていたかと思うと、急に張り詰めたような表情に変わったり、また暗くなったりとお料理に身が入っていない。
「今日も降りてこないんでしょうか……」
つい最近まではアッシュと一緒にご飯を作っていた。
なので一人で作るのが寂しい。
元々アッシュが来るまでは一人でやっていたのだが、料理は誰かと作るほうが楽しいらしく、前みたいに一緒に作りたいと思っている。
代わりにプラスが手伝うと申し出たが、なんとかはぐらかした。
「っ、いけない、お料理に入っちゃう」
急に涙が出てきた。
鍋に入らないように拭おうとしたが、溢れて止まらない。
「うぅ……」
これでは前が見えない。ご飯が作れない。
プラスは料理ができないため、自分がしっかりしないといけないのに、頑張って作ろうとしても涙が止まらなくなる。
「グスッ……」
トコ、トコ、トコ
そのまま泣いていると階段の方から小さな足音がする。
ステラはそれに気が付いていない。
「──あっ、ステラさん」
「……へっ?」
聞き慣れた声がしたので後ろを振り向くと、アッシュが気まずそうにして立っていた。
どうやらお腹を空かせ、匂いに誘われて降りてきたみたいだ。
「きょ、今日のご飯なにさ?」
ステラはみっともない所を見られてしまい、一瞬だけ恥ずかしくなるが、
「アッシュさん!……っ」
「っ⁉」
急にガバッとアッシュに抱き着いた。
ようやく部屋から顔を出したのが嬉しくてたまらず抱きしめた。
「ごめん」
「私の方こそ……」
アッシュはいきなり抱き着かれたというのもあるが、ステラの泣いている姿を初めて見たので戸惑っている。
そんなに自分の事を心配してくれていたのか。
申し訳なく思って謝罪した。
しばらく二人はそのまま抱き合っていたが、
「……ん? なんか焦げ臭い」
急に何か焦げる匂いがして、キッチンを見ると煙が立ち込めていた。
「あっ! いけません!」
ステラは鍋に火をつけたままだったのを思い出して、慌てて火を止めたが中の料理は焦げてしまい、とても食べられそうにない。
「はあ、また作り直さないと……」
それを残念そうに見ていると、アッシュが口を開く
「オレも手伝うよ」
「っ! いいんですか⁉ でもまだ……」
「もう大丈夫さ。それにプラスのご飯はもういやだ」
「フフッ、そうですね」
ステラはやっと笑顔になった。
アッシュもそれ見て笑顔になった。
二人はずっと笑顔だった。
しかし、突然二人の顔が恐怖に変わった。
「──誰のご飯がイヤですって?」
「っ⁉」
二人は戦慄した。居間からプラスが腕を組んで二人を睨んでいる。
「ひぃ……」
その鋭い眼光には雷が血走っていた。
──アッシュとステラは、家主の鋭い視線に耐えながら仲良くご飯を食べた。
二人が食事の後片付けを終えるころには、プラスの機嫌もすっかり治り、久しぶりに楽しくお話した。
そして寝る時間になり、お姉さんたちは寝室に向かう。
しかし、子供だけは居間に残っていた。
「ふぅ……」
アッシュは温かいお茶を飲みながら、窓からうっすら見える月を眺めていた。
ずっと引きこもっていたせいかまだ自分の部屋には戻りたくない。
いっそのことプラスの部屋にお邪魔させてもらおうかと考えていた。
「……どうしてるかな」
月を見ているとあの日のことを思い出す。
今頃どうしているのだろうか、もう父親との再会は果たしたのだろうか、向こうでちゃんとやっていけてるのだろうか。
ボーッとするとついレクスのことを考えてしまう。
「ん?」
すると誰かが二階から降りてくる音がした。
アッシュが恐る恐る階段の方を向くと、
「──あら、まだ起きてたの」
プラスが様子を見にきた。
「プラスか……」
「またステラに怒られちゃうわよ」
「眠れなくてさ」
「ダメじゃない、子供は規則正しい生活をしないと」
「プラスだってまだ子供だろ」
「わたしはいいの!」
すっかり昼夜が逆転してしまい、まだ眠れそうにない。
それではいけないとプラスが叱りつける。
「なら眠くなるまで一緒にいてあげるから、今日はわたしと寝る?」
「…………」
アッシュが少し間をおいて答えた。
「……そうする」
「あら、やけに素直なのね。いつもはイヤがるのに」
「いいだろ別に」
アッシュは顔をそらしてまた月を見た。
父親がいなくなった時のレクスの気持ちがなんとなくわかった気がした。
人は寂しくないると誰かに甘えたくなるようだ。
レクスがいなくなってから、アッシュはすっかり甘えん坊さんになっていた。
「フフッ、じゃあ行こっか?」
アッシュは立ち上がり、プラスの背中にトコトコついていく。
「…………」
初めは口うるさい姉のように思っていた。
でも今ではたまに本当の母親みたいに感じてしまい、アッシュは少し悔しくなる
最初の頃は、アッシュの部屋に侵入してベッドに潜り込んだり、事あるごとに抱きつこうとしたり、一緒にお風呂に入ろうとしたりと自分勝手なプラスだった
それが今では自分なりに考えて接している。
気を使うことも覚えたし、悪いことをしたらちゃんと叱る。
ご飯は作れないがきちんと親の役目を果たしていた
「…………」
そんなプラスにいつまでも甘えるわけにはいかない
そう思ったアッシュが話を切り出した。
「……あのさ、話があるんだ」
「ん?」
プラスが振り向くと、アッシュはいつになく真剣な顔つきだ。
その様子から大事な話だと分かったし、それと少し嫌な予感もした。
しかし、プラスは優しく微笑むと、
「今日はもう遅いわ、明日ゆっくり話しましょう」
「…………」
「ねっ?」
「……そうする」
今日までは甘えていたい。アッシュはそう思った。
「じゃあはい、手を出して!」
「なんでさ?」
「決まってるじゃない、今日は手を繋いで寝るの!」
「えぇ……」
今夜のプラスには敵わない。




