51.二匹の小鳥
それから三日が経ち、アッシュは今も塞ぎ込んだまま部屋から出てこない。
プラスとステラは、そんな顔を見せない子供をとても心配していた。
ハリスはまだ入会中なので、何も、知らない。
「今日も下りてきませんね、アッシュさん」
「……そうね」
二人は天井を見ながらお茶を飲んでいる。
「ご飯もほとんど食べてくれませんし、大丈夫でしょうか」
度々アッシュの部屋にご飯を運んでいたが、どれもあまり手をつけていなかった。
そんな状態がもう三日も続いているため、二人はとても心配している。
「ホントに大丈夫かしら、わたしが作ったのなんて一口も食べてないし」
「それは……」
なんとか食べてもらおうと、アッシュの好きな食べ物や、プラスの手料理を与えたのだが、どれもあまり効果はなかった。
不思議なことにプリンやケーキ、フルーツなどの甘い物は残さず食べていた。
しかし、それでは栄養が偏ってしまうため、大変よろしくない。
「私があの時、もっとしっかりしていれば……」
「あーもう、すぐそうやって自分を責める」
「だって、だって……うぅ……っ」
「ステラまで泣かないでよ」
「すいません……でも……っ」
「わたしが泣かしたみたいになってるじゃない!」
今回のことはステラもかなり参っていた。
表面上は笑顔で振る舞っていたが、やはり無理をしているらしく、こうやってたまに涙を堪えれない時がやってくる。
あの日レクスを寝かせるはずだったのに、逆に自分が寝かしつけられしまい、すごく責任を感じていた。
「ちょっと! わたしの前で泣かないでよ!」
なぜか引け目を感じるため、プラスがなぐさめようとする。
「よしよし、ステラはいい子だね」
頭をナデナデしてあげるも、
「や、やめてください!」
「えぇっ⁉︎」
「……グスッ」
「……ちょっとあの子を見てくるわね」
プラスはとりあえず様子を見に行くことにした。
──プラスがドアをバンバン叩くも、返事は一切なかった。
だがそんなことは関係ない。
「アッシュ、入るわね……ん?」
ふと下の方に目をやると、
「っ⁉」
そこにはプラスの手料理が置いてあったが、一切手をつけていなかった。
しかし、隣に置いたプリンはきれいに食べられていた。
プラスはプリンに敗北したのだった。
「あの子ったら! またわたしのだけ食べてないじゃない!」
プラスがプッチンして、ドアを思いっきり蹴り飛ばした。
そのまま部屋の中を襲撃する。
「こらアッシュ! いい加減にしなさいよ!」
中に入ると、そこにはふわふわにくるまったままの何かが、ベッドにいた。
「アンタいつまでそうやって引きこもってるの!」
「…………」
「たまには外に出なさい!」
「…………」
「またわたしのご飯食べないで」
「……食べられるものがいい」
「は?」
ステラの時は、ふわふわから顔を出して食べ物を奪い去っていく。
だが、プラスの時は逆に、ふわふわにくるまったまま絶対に出ようとしない。
「落ち込んでるのわかるけど、ちゃんと食べてよ」
「……食欲ない」
「プリンは全部食べたじゃない! 本当はわたしのおやつだったのに!」
プリンは、落ち込むアッシュのために、ステラが作ってあげたものだ。
すでに一つ食べたお姉さんが、もう一個食べようとしたところをメイドさんに押さえられ、泣く泣く子供に与えた。
「少しは顔を見せなさい!」
「…………」
「ステラが寂しがってたわ、もちろんわたしもよ!」
「…………」
「気が向いたらでいいから、たまにはご飯食べに来てね」
「……わかった」
「下りてこないならまた作ってあげるから」
「それはもうやめて、お願い」
プラスはそう言って、丸まったふわふわをポンポン叩いて部屋を出た。
「はあ……」
そして部屋の前に背中からもたれかかると、大きく溜息を吐く。
「どうしてあげたらいいの……」
なんて声をかけたらいいのか分からなかった。
自分だってレクスがいなくなったことは悲しい。
でもこれは二人の問題だ。
蚊帳の外である自分がとやかく言うことはできない
だから今はこうしてそっとしてあげるしかない。
そんなことは分かっている。
だけどアッシュの保護者としてできることが、あまりにも少なかった。
そんな自分にプラスは情けなくなる。
「……やっぱりダメね、わたし」
そうつぶやいて、一階へ下りた。
──プラスが部屋から出ていくと、アッシュがふわふわからヒョコッと顔を出した。
「……っ!」
そのまま届けてくれたおやつを発見して手を伸ばす。
お菓子をモグモグと食べ、一瞬で食べ終わると、お茶を飲んで一息つく。
「ふぅ……」
あれから三日が経ち、アッシュは大分落ち着いていた。
これ以上二人に心配をかけてはいけない。
そんなことは分かっている。
でもまだ部屋から出る勇気がない。
いっそのこと、プラスに引っ張り出して欲しいとさえ思っていた。
「はあ……」
窓の外にいる二匹の鳥を眺めた。
まだ小鳥だろうか、互いに寄りそってチュンチュンしている。
「…………」
はじめはずっとふわふわの中で泣いていた。
目が覚めるたびに、悲しさと後悔で気持ちが押しつぶされそうになる。
一緒に過ごした色々な日々を思い出していた。
初めて会った時のことやケンカをふっかけられたこと、一緒に遊んだこと、デートしたこと、寝たこと。
もうあの日が戻って来ないと思うと、また切なくなる。
「なんでこんな物、オレに……」
レクスが置いていったペンダントを見た。
確かにあの時欲しいとは言ったが、まさかこんな形で貰えるとは思いもしなかった。
もっと違う形で受け取りたかった。
人の気も知らないで。いや、知っててあえて渡したのだろう。
今更こんな物を貰ったら、忘れるなんて到底できそうにない。
レクスはそのためにこれを渡したのではないか。
自分のことを忘れさせないために。
アッシュはそんなことばかり考えてしまう。
これは呪いのペンダントだ。
自分にだけ効果があるレクスの呪いがかかったペンダント。
アッシュはそう見えて仕方がなかった。
「…………」
どうしたら止めることができたのか、あれから色々考えていた。
もっと話し合うべきだったのか、この気持ちを言葉で伝えるべきだったのか、はたまた頭を地面に擦りつけて懇願するべきったのか。
やがてアッシュの中で一つの答えが出ていた。
「戦う、しかない」
本当は戦いたくない。それは今だってそうだ。
だがレクスはあの時、戦うことを望んでいた。
自分はそれに応えることが出来なかった。
レクスを傷つけたくないというのもあったが、本当は戦うのが怖かった。
戦う勇気がなかったのだ。
レクスは止めて欲しかったのかもしれない。
本当は自分に止めてもらいたかったのかではないか。
それは考えすぎか。色々な思いが巡っていた。
「…………」
だがアッシュの中にある疑問があった。
果たして自分はあの時レクスと戦って、勝つことができたのだろうか。
残念なことにレクスの方が強いことは明らかだ。
あの場で戦っていたとしても、コテンパンにやられてまた気を失っていただけかもしれない。
ただの喧嘩なら自分の方が少し強い。
だがオーブを使うとなると話は変わってくる。
あの爆殺光撃を使われたら何もできない。
というかあれはどうやって出しているのだろうか。
考えれば考えるほど勝てる気がしなかった。
「足りない」
アッシュはこの時初めて強くなりたいと思った。
今まではプラスやゴーに言われるがままに特訓していたが、やっとその理由を見つけたようだ。
今度レクスに会ったら無理矢理でも連れて帰る。
そのためにはレクスよりも強くならなければならない。
あんなに痛い思いをして殴られたんだ。
多少動けなくしても文句は言われないはずだ。
アッシュの決意が固まった。
「フッ、まるでレクスみたいだ」
小さく笑う。




