48.おかしな2人
一週間後。
アッシュは怪我が完治したので、教会を退院した。
この日はレクスと遊ぶ約束をしている。
2人は街中を歩いていた。
いつもは子どもらしく街を駆け回っている。
だが、この日は少し違うようだ。
「あのさ、やっぱり恥ずかしい」
「気にしすぎだ。嫌なのか?」
「そうじゃないけど」
「ならさっさと歩け」
手をつないでいる。
横並びで仲良く手をつないで歩いている。
いつもなら屋根を破裂で駆け回り、大人たちに叱られる2人。
だが、今日はやけに大人しかった。
「はあ……」
知り合いに見られたらと、アッシュは思う。
逆にレクスは堂々としていて、頼りない手をグイグイ引っ張っている。
見ての通り、今日はデートの日だ。
父親の件でレクスがふさぎ込んでいた時、あれから2人は定期的にやっている。
一度やって味を占めたのだろう。
たまにこうやってデートを行っていた。
公衆の面前で手を繋ぐのは初めての行為だが。
ただアッシュとしては、この日は遊ぶとしか言われていない。
なので心の準備ができていなかった。
「着いたぞ。ここにしよう」
先にあるお店、それは見るからに子どもが入る雰囲気ではない。
「高そう」
「気にするな。ほらっ、行くぞ」
手を引っ張られ、アッシュは入店した。
案の定、周りの大人たち、店員さんが見ている。
2人は気にせず席に座る。
しばらくすると、注文した料理が前に並んだ。
「ん?」
アッシュが食べようとしたら、ふと、目の前にスプーンが現れた。
レクスの方に目をやると、
「口を開けろ。あーん」
スプーンを向けていた。
「こんなところでなにさ」
「前はやってただろ。ほら、あーん」
「いや、無理。恥ずかしい」
「なんだ、度胸のないヤツだな」
誰もいない病室なら喜んでやる。
だが、今はお店の中。
しかもテラス席で周りの通行人に丸見えだ。
恥ずかしがり屋のアッシュには少々難易度が高い。
「ならレクスが先に」
「ワタシがやったらお前もやるのか?」
アッシュがうなづく。
いつもこっちばかりがやらされる。
たまにはそちらも受けてはどうだ。
「いいだろう。さっさと来い」
アッシュはスプーンをゆっくり相手の口へと運ぶ。
その手はどこかぎこちない。
レクスは髪を後ろに流すと、澄ました顔で口に入れた。
「うん、うまいな」
「そう……」
「誰かに食べさせて貰うと言うのも、案外悪くない」
「よかったさ」
「さて、次はお前の番だな」
今度はレクスのターンだ。
手にもつスプーンをしっかりと相手に突き出す。
「早く口を開けろ」
「分かったからさ、そんなに近づけないで」
「ほら、あーん」
口に入ってきた物を恐る恐る食べた。
「どうだ?」
「……おいしいです」
「フッ、そうか」
レクスは満足そう。
「次もいくぞ」
「えっ、もういいさ」
「もう一度食べさせてやる、ありがたく思え」
「いや、もう十分……あっ」
外に目をやると、ステラがいた。
メイドのステラだ。
「あら、見つかっちゃいましたね。フフッ」
ニコニコしている。
お買い物をしていたところを偶然通りかかり、少し前から覗いていたようだ。
「どうぞ続けてください」
知り合い、いや、家族同然のステラに見られてしまった。
アッシュは顔が真っ赤になる。
「フフフッ、それでは」
お邪魔にならないようにと、その場を立ち去ろうとした。
だが、なにか思いついたらしく、
「そうだ。レクスさん、今日はうちで夕飯をご一緒しませんか?」
「いいのか? だがアイツが」
「プラス様なら今日はいません。今夜は私とアッシュさんだけなのでちょっと寂しいんですよ」
プラスは今夜、マリコの病室でお泊りする。
「そうか。なら行く」
「はい、お待ちしてますね。ではごゆっくり、フフッ」
メイドさんの背中を見送る中、
「家の人が心配するんじゃ」
「問題ない。もう言ってある。ちょうどお前に言いたいことがあるしな」
「何かあるなら、いま言えば」
「大事な話だ。それより冷めないうちに食べるぞ」
はぐらかされたような気のするアッシュだったが、黙って食べ進めた。
食後のミルクコーヒーを飲んでいると、
「そういえばさ、いつも着けてるその首飾り」
普段は服に隠れて見えないのだが、今日は外に出している。
そのペンダントを見てアッシュが言った。
前々から気になっていた。
「これがどうかしたか?」
「いや、きれいだと思ってさ」
「そうか」
金色のチェーンで大きな紅玉がある不思議なペンダント。
レクスの瞳にそっくりだ。
いつも肌身離さず着けているし、相当大切なモノなのだろう。
レクスが手に持ちながら言う。
「これは父さんが母さんに送ったモノだ。それをワタシが母さんから貰ったんだ」
母親の形見で、いつも肌身離さずつけているそうだ。
「いつか大切な人ができたら、ソイツに渡せと言われてな」
「へえ~、そうやって渡っていく的な?」
「ああ。だが、ワタシに期待されても困るがな」
現状、誰にも渡す気はないとレクスは言う。
「どうかしたのか?」
アッシュがペンダントを見ている。
「いや、別に」
すぐに顔をそらした。
「なんだ、欲しいのか?」
少しビクッとした。
言ってしまえば、欲しかった。
言っても貰えないことは分かっている。
そもそも、そんな大事なモノはもらえない。
本人も渡す気はないと言っている。
でも、それでも……
アッシュは恥ずかしいのか。
下を向いたまま黙ってしまった。
何やら気まずい雰囲気となる。
「そろそろ出るか」
流れを変えるべく、お店から出ることにした。
「ここは当然、アッシュ持ちだな」
「えっ、でもこの前も」
「お礼に手をつないでやる」
「……分かったさ」
アッシュがお金を払った。
「手を出せ」
外に出た。




