47.姉弟
ベルル脱走事件から一週間。
負傷者であるアッシュ、ハリス、マリコ。
3人は意識を取り戻したのだが、まだ怪我が治っていない。
現在は教会に入会中だ。
「ふんふんふ~ん」
この日、プラスは教会を訪れていた。
理由はもちろん、アッシュのお見舞いだ。
「アッシュ~!」
ハリスのいる病室をスルー。
目的の部屋へ向かう
「ん?」
ノックしようとしたが、中から声が聞こえた。
ドアに耳を当て、こっそり聞いて見ると、
──口を開けろ
──あーん
──どうだ、うまいか?
──ああ、うまいさ
──フッ、そうか。口についてるぞ?
──えっ、どこさ?
──ここだ。ほら、次だ
バンッ!
勢いよくドアが。
「あーん……あっ」
そこにはカットしたリンゴをアッシュに与える、レクスがいた。
「チッ」
レクスが舌打ち。
邪魔が入ったと言わんばかりの態度である。
お見舞いに来たレクスとイチャついていた。
近頃、2人はこうやって仲良くしている。
大人の前では恥ずかしいのか、まるで隠れるようにやっていた。
プラスの顔が引きつっている。
「じゃあ、ワタシは失礼する。またな」
と言って、レクスはその場を後にした。
空いた椅子にプラスが座る。
「ずいぶんとお楽しみだったみたいね」
「まだ手が痛くて」
「なによ、わたしの時は自分で食べてたくせに」
「なにさ、別に食べさせてもらうくらい」
この所、レクスが毎日教会を訪れていた。
まだ歩けないアッシュを車椅子に乗せては、色々な所に連れ回していた。
はたから見ると、デートしているみたいでとても微笑ましい。
修道女たちの間で話題になっている。
「それならもう退院できそうね」
「まだ体中が痛いんだけど」
「し、仕方ないじゃない。わたしだって嫌だったの!」
「知ってる。おかげで助かったさ」
「フンッ、ホントにそう思ってるのかしら?」
アッシュが意識を取り戻した時に、ベルルが助けてくれたことを説明した。
話を聞いたプラスは驚くも、教会にはベルルが消滅したとだけ伝えて、この件は一件落着となった。
ベルルがまだ身体の中にいるのを感じていた。
だが、プラスには伝えなかった。
助けてくれたので、ゆっくり眠らせてあげることにしたのだ。
また目覚めたとしても、次は悪さはしないと思う。
なぜかは分からないが、そんな気がするアッシュだった。
「はい、これに乗りなさい」
「またお散歩?」
「違うわ。紹介したい人がいるの」
「だれさ?」
「フフッ、内緒」
車いすに乗せた。
──部屋を出ると、すぐ隣の病室で止まった。
ノックをすると、中から柔らかな女の声がした。
「じゃーん! お見舞いに来たわよ、マリー!」
「あっ、プラちゃんだ!」
マリコがいた。
プラスの親友のマリコだ。
「プ、プラちゃん……プププッ」
「なに笑ってるのかしら?」
なんとアッシュのお隣さんだった。
親友であるマリコを紹介したくて連れてきたのだ。
「紹介するわ。この子はアッシュ」
「マリコだよ。プラちゃんのお友だちなんだ、よろしくね」
アッシュの返事はない。
「ごめんなさい。この子ちょっと人見知りなのよ」
軽いあいさつも済ませてお話が始まった。
「この子が前に言っていた、プラちゃんが引き取ったって言う?」
「そう、アッシュよ。可愛いでしょ」
「へえ~」
マリコがじーっと、少年の顔を見た。
ちょっと距離が近い。
「な、なにさ……」
初対面の相手によく顔を見られるが、相変わらず慣れない。
「あっ、ごめんね。そっくりだったからつい」
「はあ……」
また例のお兄ちゃんとやらか。
アッシュはうんざりとしたが、
「やっぱりプラちゃんに似てるね」
全く予想外の答えが返ってきた。
2人は同時に「えっ」となる。
「初めて見た時は弟さんかと思っちゃった」
「おとうと?」
「うん! 雰囲気とか可愛いところがそっくりだよ!」
満面の笑みでそう言う。
「わたしとアッシュが……」
「似てる?」
2人はうぬぬとお顔を見合う。
だが、どこがどう似てるのかさっぱりだ。
マリコがそんな2人を見て「ほらっ、そっくり!」と笑う。
「たしか記憶喪失なんだよね? 大変だね」
「まあ……」
「困ったことがあったら何でも言っていいからね」
「なんでも?」
「うん! 何でも頼ってほしいな。私のこともお姉さんだと思っていいから」
そう言って、大きな胸を張る。
「こらアッシュ! どこ見てるの⁉ ダメじゃない!」
ここで保護者が急に子どもの目をふさいだ。
「なにするのさ!」
「この子ったら、目を離すとすぐこれよ」
「はなせよ! 見えない! 暗い!」
目線の高さ的にそうなってしまうだけ。
顔を見ようとすると、自動的に視界に入るだけだ。
注意される言われはなかった。
そんな2人を姉弟みたいだと、マリコはまた笑う。
「もうBランクなんだよね? すごいよ」
「フフンッ、わたしのおかげよ!」
ゴーのおかげだ。
だと言うのに、なぜかプラスがいばり出す。
「来年こそは絶対に合格して2人に追いつくからね!」
マリコは両手をギュッとして意気込む。
「あれ? プラス、まだ試験のこと言ってない?」
アッシュの疑問。
マリコはニコニコしたまま固まる。
「試験って、どういうことかな?」
「ちょっとアッシュ、空気を読みなさい!」
「どうしてさ?」
「プラちゃん、どう言うことかな?」
今度プラスのAランク試験があることを、アッシュが教えてあげた。
「えー! プラちゃんAランクになっちゃうの⁉︎」
「まだ決まったワケじゃないわ」
「そんなあ~、Aランクはさすがに追いつけないよ〜」
嬉しい反面、またも差が開いてしまったと残念な気持ちになる。
どんどん雲の上の存在になっていく。
手が届かなくなっていく。
『プラちゃん待って~』みたいな感じだった。
「でもそっか~。もうすぐ夢が叶うんだね」
「いいえ、まだまだこれからよ」
「ギルドを作りたいって、小さい頃から言ってたもんね」
「小さい頃ってどのくらいさ?」
「ちょうどアッシュくんと同じくらいかな。そうだ、昔のプラちゃんのお話、聞かせてあげよっか?」
プラスがギョッとした。
「ちょっとマリー⁉︎ あなた、なに言ってるの⁉︎」
「聞きたい」
「アッシュ⁉ ダメよ!」
「フフッ、じゃあ最初は……」
「ねえってば!」
昔の話を始めた。
「いつも近所の男の子たちとケンカしてたんだよ」
「お、覚えてないわね……」
「2人でこっそり教区から抜け出した時は、誘ったプラちゃんの方が泣き出して」
「そ、そんなことあったかしら……」
「ジャックおじさんの靴に毒ヘビを入れた時なんか」
「いけない。その話はいけないわマリー」
色々話しを聞いて、アッシュはすっかり打ち解けた。
話を聞くうちに良い人だと判定したようだ。
そして、あっという間に時間が過ぎていった。
「それでね〜、あっ! もうこんな時間だ」
もうすぐ教会の門限だ。
「プラスはもう帰らないと」
「はあ、やっと終わるのね。戻るわよ」
「オレはまだここにいるけど」
マリコともう少しお話しする。
「ダメ! もうお話はおしまい!」
「ざんねん。じゃあ続きは明日聞かせてあげるから、またおいで」
「わかった。また来るさ」
「まだ話す気なのね……」
2人はマリコの病室を後にする。
部屋に戻ると、アッシュをベッドに寝かせてあげた。
「じゃあわたしは帰るから、いい子にしてなさい」
お別れの時間がやってきた。
素っ気ない子どもに、保護者が少し間をおいて、
「アッシュの大好きなプラスお姉ちゃんが明日も来るからね」
アッシュも少し間をおいて、
「フッ、わかったさ。プラちゃん」
「もうっ!」
病室を後にした。




