43.悪魔の力
雷神となったプラス。
彼女の振るう雷が身体を伝い、地面にほとばしる。
音、姿、光、視認できるモノの全てが残像だった。
いつ、どこで作られたかも分からない無数の光たち。
瞬きすら許されない。
その圧倒的な力を前に、少年はただひれ伏すのみであった。
が、慣れてきた。
始めは小さな揺らぎに過ぎなかった。
だが、それは確かなモノへと変わっていく。
やがて、差は無くなろうとしていた。
戦闘は続いていた。
壮絶な肉弾戦の最中。
両者が立つ地面は唸りを上げ、衝撃が辺りに響き渡る。
どちらも引かず、互角の戦い。
だが、片方は焦りで顔を歪め、もう片方は表情がなかった。
動きがより鋭くなる。
さらに手数が増えた。
プラスが少しずつ後方に追いやられていく。
一度接近戦をやめ、距離を取る。
去り際に大量のオーブを放ち、敵の視界を奪う。
少年は動かない。
余すことなく素手で弾き飛ばす。
そこにプラスが光速で現れ、背後を取った。
が、少年も破裂を使い、一瞬で背中を奪い返す。
だが、何もしない。
反撃もせず、ただ無言で目を向けるだけ。
「くっ……」
プラスはすぐに距離を取る。
今度は破裂で周囲を飛び交い、相手をかく乱。
バチッと、視認できるモノは雷光だけとなる。
ハッキリ視えている。
少年も同様に高速移動。
容易く後方に張り付いた。
「なっ⁉」
振り切ることができない。
逆にその姿を見失った。
足の止まったプラスが見たモノ。
それは少年が線となり、辺りを縦横無尽に駆け回る姿だった。
「うぐっ⁉」
少年が背後から現れ、一撃与えた。
飛ばしたところを追撃し、空中に打ち上げた。
さらに真上から地面に叩きつけ、大量のオーブをお見舞いした。
「──丸盾!」
寝そべった態勢のまま、プラスは盾を張る。
潰される前に、降りかかる光の弾幕から脱出した。
宙にいる少年をめがけ、連続でオーブを撃ち返す。
少年が全て弾き返し、周りにその雷が飛散する。
プラスが両手を大きく掲げた。
「──超・雷電分離」
超巨大なオーブを作り出す。
ピカッと鳴る光を放電し、轟音が辺りに鳴り響いた。
標的めがけ、全力で叩きつけた。
「──無駄だ」
少年が手を前へ。
すると、巨大なオーブがあっけなく消え、雷が周囲に散りばめられた。
その手には、オーブの青い残骸が。
驚く暇はなかった。
今度は少年が両手を大きく掲げ、さらに巨大な暗黒のオーブを作り出した。
「うそ……」
あまりの大きさに、プラスは目を見開く。
すぐに我に返り、その場から距離を取る。
少年がその輝く黒炎を、逃げる標的に。
「うっ……」
風圧が頬をかすめ、真横を通り過ぎた。
遠くで着弾。
巨大な爆発が起きたかと思えば、すぐに凄まじい光と爆音が後方から流れてくる。
プラスは動きを止め、茫然と立ち尽くした。
背中から冷たいモノが流れた。
少年が前に現れた。
何もない、無の感情だった。
──少しだけ時間がさかのぼる。
アッシュは目を覚ました。
周りを見ると、一面が謎の光で覆われていた。
ポカンとするアッシュ以外は何もない。
何もない空っぽな、不思議な空間にいた。
「オレは、たしか……」
これまでの事を思い出した。
プラスを探して特訓場に来たのはいい。
だが、突然現れたイービルに身体を貫かれたと思ったら、急に視界がグルグルして……
そこからの記憶がなかった。
「──よお、ブラザー。やっと起きたか」
背後から声がした。
びっくりして振り向くと、
そこには赤黒い人型のイービル。
イービルが胡坐をかいて座っていた。
「お前は、たしかさっきの」
急に貫いてきたヤツだ。
アッシュは急いで起き上がる。
「まあ、落ち着けよ」
「オレに何をしたのさ!」
「こっちが聞きてえんだけどな」
オーブを出して警戒した。
「まあ、待てって」
ベルルは座ったまま、あくまでなだめようとする。
「ここはどこさ!」
「ここはお前の……いや、オレたちの内側だ。んなことはどうだっていい。あれを見やがれ」
ベルルが左の方を指した。
そこには水溜まりのようなモノがある。
アッシュはすぐ駆け寄り、水溜まりに顔を覗かせた。
「プラス?」
先にはプラスが見えた。
険しい顔をして誰かと戦っているようだ。
だが、肝心の相手の姿が見えない。
というより、変だ。
まるで自分がプラスと戦ってるような。
誰かが見ている光景を、そのまま水溜まりを通して見ていた。
「そうか、プラスって言うのか」
ベルルは少し笑ったかと思うと、すぐに顔を戻す。
「勝てねえぞ、そいつ」
「えっ?」
「確実に殺される」
「でもプラスの方が……」
プラスを前にして、相手、というか自分は何もできないようだった。
すでに雷神電来を発動しており、姿が見えない。
攻撃を受けすぎて、もはや何が起きているのか分からない状況。
視認することすら難しいようだが。
これでどうやって勝てと言うのか。
「今だけだ。すぐ追い抜かれるぜ」
「誰と戦っているのさ?」
「お前だ」
「えっ⁉」
なら、今の自分は一体、
「おっと、待てよ。誤解すんな。正確に言えばお前の中にいる悪魔だ。お前の身体を乗っ取って女と戦ってんだよ」
「悪魔?」
聞き慣れない単語に、アッシュは首を傾げた。
イービルなら分かる。
だが、悪魔など聞いたことがない。
「簡単に言えば、悪魔はイービルの上位存在。オーブの類は一切効かない」
「なにさ、それ……」
ではどうやって戦えば。
アッシュは言葉を失った。
「なにを隠そう、オレもそうなんだぜ! ヒャハッ!」
「えっ⁉」
急にベルルが笑う。
そして自身が悪魔だと宣言する。
プラスの兄、ナッシュ。
彼がベルルを封印したのは、実はベルルがその悪魔で、オーブが効かず倒せなかったからだ。
「いいかブラザー、そこいらのイービルと一緒にすんじゃねえぞ。悪魔はかなり頑丈だ! そう簡単にはやられねえ! やっぱオレ様って最高だよな!」
「いや、ずるくない?」
素直な感想だった。
オーブが効かない上に、イービルより硬いらしい。
アッシュはあからさまに顔をしかめた。
「なんでお前の中に悪魔がいんのかは知らねえ。だが、このままじゃあの女は死ぬ。確実にな」
「同じ悪魔なら何とかできないのか?」
「あー、無理。あっちの方が遥かに格上だ。見てわかんだろ? 言わせんな恥ずかしい」
こうやって仲良く閉じ込められている。
ベルルがお手上げという感じで腕を振った。
ベルルの見立てはこうだ。
アッシュの身体に侵入したことで、眠っていた悪魔を呼び起こしてしまった。
その力に負けてしまい、自分も閉じ込められた、というモノ。
そう聞いたアッシュは、目の前の情けない悪魔に色々ガッカリする。
「どうしたらいいのさ」
「まあ、焦るなよブラザー。何も打つ手がねえわけじゃねえ。オーブがダメなら同じ力だ。悪魔には悪魔をぶつけんだよ」
「えっ、でも……」
悪魔同士の攻撃ならダメージが通ると、べルルは言う。
だが、アッシュは不安そうに悪魔を見ている。
「確かにオレ様じゃ、どうやってもアイツには敵わねえ。だが、そいつは生身でやりあえばの話だ。悪魔ってのは宿主次第でいくらでも強くなれんだよ」
ベルルからの提案。
「そこでだ。今からオレとお前で合体する。いわゆる統合ってヤツだ」
「統合?」
「そうだ。統合してこの空間をぶち破るんだぜ」
またまた聞き慣れない言葉に、アッシュは首を傾げた。
「これは憑依じゃねえ。統合すればオレらの力が合わさって、すげえ力になるんだ。まあ、人格も多少混ざっちまうが」
いきなり合体しろとか言われても、こんな見ず知らずの悪魔の言うことを鵜呑みにしていいのか。
「このまま女がやられるのを見てるだけか? ああん?」
「それは……」
「統合ってのはな、互いの想いが近いほど効果がデカくなる。どうだ、ブラザーもそうだろ?」
と言って、ベルルは水溜まりを見た。
その先にいるプラスを助けたい。
アッシュも同じだ。
少し考え、覚悟を決めた。
「わかったさ」
「オーケー、決まりだな!」
信用することにした。
この状況では信じざるを得ないというのもある。
だが、その真っ白な瞳が嘘をついてるようには見えなかった。
「よお、ブラザー。名前は」
「アッシュ」
お互いに目の前に立つ。
「手を出しやがれ」
両手を広げて重ねた。すると、
「おっと、すっかり忘れていたぜ。タイムリミットはオレが消滅するまでだ」
「えっ⁉ どういうことさ⁉」
「ヒャハッ! いくぜ! 統☆合!」
「わわっ⁉」
合図と共に、2人の身体が光に包まれた。
その輝きが空間一面を照らし出す。
二つの光が交を描いて重なり、一つの大きな光となる。
中から一人の少年が姿を現した。
赤みがかった黒い髪に、白銀と緑の混ざる輝く目。
アッシュの顔をしているが、その表情は自信に満ち溢れている。
服装も変わっており、黒いマントを羽織っている。
少年が、
「んじゃ、行こうぜ!」
マントを翻した。




