42.プラス 対 アッシュ
ベルルがアッシュに憑依したことで、謎の少年が姿を現した。
暗い瞳に、漆黒の髪色、禍々しいオーラを放つ少年。
顔を上げ、自らを魔王と宣言する。
「まおう……?」
プラスは疑問を持つ。
その魔王というのが、そもそも何なのか分からない。
名前と言うことでいいのか。
響きからして良いものではなさそうだ。
「子どもか」
少年は自分の手足を、身体を確認する。
一通り終えると、プラスに目を向けた。
「貴様は、あの時の女」
一度会ったことがある。
「なに言ってるのよ。わたしは知らないわ」
「貴様はあの日、俺の復活の邪魔をした」
「復活?」
あの日とは。
「まさかあなた! あの時の!」
例の巨大イービル事件、街を襲撃したイービル。
「なんで生きてるのよ! わたしが倒したはずよ!」
突如として、第一教区に出現した。
他のハンターたちの助力やカールの犠牲もあって、何とか撃退できた。
牛に巨大な角を生やしたような獣の姿だった。
非常に狂暴だったため知性があるとは思えなかった。
それがこの少年だと言う。
「アッシュはどこなの! 答えなさい!」
「下等と話すことなど何もない」
「くっ……」
プラスは口をかみしめた。
たしかに消滅したはず。
あの時、自分がトドメを刺した。
なぜ今になって出てきたのか。
ベルルが起爆剤となって復活したのか。
分からないことが多すぎる。
「アッシュを返しなさい!」
その言葉に引っかかる。
返す、とはどう言うことなのか。
普通に見ると、このイービルがアッシュに憑依している。
そう見るのが妥当だ。
少年は何も答えない。
その暗い瞳は冷ややかだった。
もし、そうじゃなかったとしたら。
これが憑依ではなかったとしたら。
アッシュには記憶がなかった。
その記憶が戻っただけだとしたら。
これが、アッシュの……
「見せてやろう、人間。我が力の断片を」
少年が構えた。
その時、ゾワッとした黒い何かが。
後ろに押し流されるような圧が差し迫る。
「……やるしかないのね」
この身体の震え。
前回戦った時とは違う。
目の前の相手が、今まであったどの敵とも類似しない、未知の敵に思えた。
アッシュを傷つけたくない。
だが、もうそんなことは言っていられない。
そう覚悟せざるを得ないほど強烈なオーラだった。
「いでよ、我が闇のオーブ」
少年の手から漆黒のオーブが出現。
それは激しく波が揺れ動き、まるで黒炎のよう。
プラスが警戒を強めた。
あんな異質なオーブは見たことがない。
力を測ることが全くできない。
「行くぞ」
少年が動き出した。
宙に浮きながら両手を広げ、オーブを放つ。
プラスは破裂で駆け回り、弾幕を回避。
すぐさま接近する。
そのまま殴り抜き、少年があっけなく地面に落ちていく。
今度はプラスが、大量のオーブを頭上からお見舞いした。
凄まじい勢いで着弾し、その小さな身体が押しつぶされた。
「──丸盾」
盾を展開。
砂埃から少年が姿を出す。
しかし、見上げた先には誰もいない。
真上にいたはずのプラスがいなかった。
「──ここよ!」
プラスは破裂を使い、敵の背後を取っていた。
少年が軽々と吹き飛んでいく。
再び破裂で距離を詰め、さらに追撃。
少年が反撃するも空を切り、プラスの拳が直撃する。
そのまま一方的な展開が続いた。
変だ。
プラスは違和感を感じていた。
前回戦った時は、雷神電来がなかったこともあり、かなり苦戦した。
開幕でハリスがやられ、カールと2人がかりでやっとの強敵だった。
しかし、今は自分一人に手も足も出ていない。
雷神電来も使っていない素の状態で。
これなら前回の方が強かった。
巨大な獣の姿であったはずが、なぜ少年のままなのだろうかと。
その疑念を払うかのように、少年を地面に叩きつけた。
そして、
「──雷電分離!」
まだ力が戻っていない。
そう判断し、早めに決着をつけることにした。
倒れた標的に大技をお見舞いする。
少年は無表情だった。
「くっ!」
巨大なオーブを降り落とし、周囲に大規模なプラズマが広がっていく。
「アッシュ……」
プラスは不安そうに見ている。
身体が耐えられるか心配だった。
やがて、オーブが消え、
何事もなく立っていた。
ハリスのように焼け焦げた跡もなく無傷だ。
澄まし顔で服についた汚れを落としている。
効いていない。
服を綺麗にすると、破裂を使い、急接近した。
プラスも迎え撃つ。
そのまま接近戦を始めるが、やはりプラスが優勢だ。
が、先ほどと違う。
押されはするが、たしかに対応していた。
「──光撃!」
今までは、アッシュが心配で使わなかった。
拳にオーブを乗せて戦い始めた。
「──光撃」
少年もオーブを纏い出した。
まるで相手の戦い方を真似てるようだ。
しばらく撃ち合うが、段々と少年のキレが上がっていく。
「うっ⁉︎」
拳がプラスの頬をかすめた。
すぐに反撃するも当たらない。
再び少年の拳が顔をかすめる。
プラスは自分が押されている事に気がつく。
先ほどまで圧倒していたはずなのに。
この短期間でプラスを越えようとしていた。
「くっ……」
早く倒さないとマズいことになる。
プラスは接近戦をやめ、一度距離を取ると、右拳に雷を溜める。
もうアッシュを気遣う余裕などなかった。
オーブが十分に溜まった。
破裂で突っ込み、渾身の一撃を叩き込む。
「──雷電光撃!」
一瞬、少年が光を集めた。
「──光撃」
互いの一撃が衝突。
雷が虚しく弾け飛ぶ。
「なっ⁉︎」
プラスは目を大きく見開いた。
目の前の小さな少年は、全力で放った光撃を軽々と相殺してみせた。
しかもそれは、ベルルの時とは違い、真正面から打ち消した。
この時、底知れぬ恐怖を感じとる。
「フッ」
少年が笑った。
「くっ……雷神電来!」
発動した。




