41.覚醒
プラスが雷神電来を発動。
流れが一変する。
力の差が劇的に広がり、戦いは一方的なモノとなっていた。
ちなみに、まだ未完成であるため、たまに身体からバチッと雷が漏れる。
ベルルはやられる。
全く対応できていない。
反撃どころか、ガードすらままならない。
雷を纏う攻撃により、体力がみるみると削れていく。
速すぎる。
目で捉えることができず、映るのは地面を走る雷と、その残像のみ。
そこにプラスはいない。
凄まじい連撃が止まることはない。
これでは憑依できない。
仮にできたとしても、プラスのオーブをもってして身体が消滅する。
憑依できる限界値をとうに超えていた。
相手を間違ったことに気づかされた。
勝ち目はない。
憑依もできない。
何もできない。
ベルルの状況は絶望的だった。
そしてこの時、奇妙な感覚を覚えた。
少女の攻撃を受けるたびに、全身が喜びに打ち震える。
次々と、怒涛に放たれる雷が、痛みから快感へ変わっていく。
新たな扉が開かれようとしていた。
姿は全く見えないが、魅入っていた。
好みに合っていると言うのもあるが、それ以上に強さに惹かれていた。
ベルルはすでに満足だった。
「がはっ⁉」
ベルルを後方に飛ばし、一瞬で背後を取る。
蹴り上げて追撃。
空中に打ち上げ、さらに叩き落とし、その衝撃で大地が揺れる。
地面に埋まったところに大量のオーブを畳み掛けた。
「ぶばッ⁉ ばばばばッ⁉」
まるで磔にされたよう。
全弾を受け、執事の身体が雷光に呑まれた。
そして、
「──超・雷電分離」
巨大なオーブを作り出した。
それは天を差し、鋭い光を交わせ、轟音が鳴り響く。
「すげえ……」
これから自分に向けて放たれるというのに、ベルルは見惚れていた。
プラスが全力で叩き落した。
「ぎゃあああああ!!!」
悲痛な叫びと共に、巨大なプラズマに吞まれ消えていく。
この場所はおろか、近くの森に広がっていく。
のどかな特訓場が焼け野原へと変貌した。
プラスは無言で見ていた。
やがて余波も消え、プスプスと。
焼け焦げた執事が出てきた。
大の字で倒れており、一ミリも動いていない。
プラスはゆっくり近づく。
踏み出すたびに雷が地面を走る。
「ハア……ハア……」
プラスが冷たい眼で見下ろした。
もう感覚とか色々麻痺している。
ベルルにとってその視線はこれまた最高だった。
「さっさとやれよ」
抵抗の意思は見せない。
身体を離れ、赤黒い人型のイービルが現れた。
主に服従するように頭を垂れ、自身の封印を待つ。
「ふぅ……」
プラスが雷神電来を解除した。
上の状態では儀式ができないからだ。
「いくわよ」
一度息を整える。
目を閉じて精神を落ち着かせる。
目を開け、いざ儀式に臨む。
「ふぅー」
まずは壺を地面に置く。
そして、両手を万歳して、真顔で腰を横に振り始めた。
「ふういん、ふういん、お前をふう──」
「──あっ、いた。こんなところで何してるのさ」
アッシュが出現。
「アッシュ⁉︎」
「受かったさ! 試験!」
「えっ⁉︎」
鎧なしのカールを見事うち倒し、Bランクに昇格した。
よほど嬉しいのだろう。
保護者にいち早く伝えたくて探し回っていた。
そして、ようやく見つけたところだった。
「なんかバッチもらった!」
と言って、満面の笑みで見せびらかした。
教会のお姉さんから貰ったモノだ。
特に意味はない。
「あなた、こんな時に……」
が、今はそれどころではない。
最悪のタイミングでやってきた子どもに、プラスは唖然とした。
「あれ? そこにいるのは……ハリスさん⁉」
こうなってしまう。
ズタボロに焼け焦げたハリスがいる。
「あっ……」
「ど、どうしたのさ⁉︎」
このお姉さんがやったことは一目瞭然だ。
ついに日頃の鬱憤をぶちまけたか。
アッシュは執事にかけよる。
「早く教会に連れて行かないと!」
「ち、違うのよ! ハリスは取り憑かれてて」
「うわっ!? 煙が出てる!」
「いや、これは……」
どう弁明したモノかと、プラスはアタフタする。
「なんだ、アイツ……」
一方、ベルルは静観していた。
突然現れた少年に置いて行かれてしまった。
「チッ」
やるなら早くやって欲しいのだが。
試しに少年を透視してみると、
「なッ⁉」
驚愕した。
少年の身体からオーブが2つ見えたからだ。
穏やかな緑のオーブと、どす黒い紫炎のオーブ。
まるで正反対のオーブが漂っていた。
あれに憑依したら、一体どうなるのか。
途端に好奇心が駆られる。
何が起こるのか、自分でもわからない。
抗えそうにはなかった。
先ほどまでは、間抜けな封印術を受け入れていた。
だが、今は少年に憑依することで頭が支配された。
「悪いな。気が変わっちまった」
にやりと笑う。
「はっ⁉」
「オラッ!」
再びハリスに入り、無理やり動かした。
「食らえ!」
地面の土を握り締め、投げつけた。
プラスは不意を突かれ、視界が絶たれてしまった。
「ヒャハッ! 今だぜ!」
そのスキを突き、ベルルが破裂でアッシュに迫る。
「えっ⁉」
ハリスが突然元気になり、こちらに向かって来た。
アッシュも不意を突かれてしまう。
「ヒャッハー!」
そして、少年の元に辿り着くと、すぐハリスを脱ぎ捨て、
「うぐっ⁉」
胸をグサッと突き刺した。
全身が真っ黒で目と口だけが異様に白い。
少し赤みがかっているが間違いない。
これは、
「イービル⁉」
アッシュはギョッとした。
腕が刺さっているのに痛みを全く感じない。
それどころか、身体によく馴染んでくる。
「ヒャヒャヒャヒャ……」
ベルルが吸い込まれるように入っていく。
が、
「ヒャヒャヒャ……ッ⁉ うおおっ⁉」
様子が変だ。
本来ならこのまま身体に入るはずだが、様子がおかしい。
「なにさ、これ⁉」
急に2人が宙に浮き、螺旋状に混ざり始めた。
渦に高速で飲まれていく。
まるで溶け合うように。
「うわあああああ!」
大きく広がり、暗黒の深淵が誕生した。
「アッシュ⁉」
プラスが目を開けた時には、すでに2人の姿はなかった。
宙に黒く染まる何かが浮いていて、中を不気味に覗かせるだけだ。
「な、なによ、これ……」
内部から光線を放射し、辺りは光に包まれた。
「きゃあ⁉」
その眩しさに再び目を覆う。
憑依とはこんなに派手な演出なのか。
これなら街にいた時にわかるはずだ。
アッシュの時だけ違うのか。
この尋常じゃないエネルギーは一体なんだ。
プラスは酷く困惑する。
やがて光が消えると、もう深淵はない。
しかし、一人の少年が宙を浮いていた。
「アッシュ?」
それはアッシュの顔をしている。
暗い瞳に漆黒の髪色をした、禍々しいオーラを放つ。
服装は変わっており、黒を基調とした大きなマントを羽織っている。
アッシュではない。
静寂の中、少年が答える。
「我は魔王。世界を支配し、君臨する者」




