39.好み
プラスは街を駆け回っていた。
辺りには戦闘の痕跡があり、だれか襲われたことは明らかだった。
まだそう経っていない。
一体誰が戦ったのか。
言いようのない胸騒ぎがプラスを襲う。
そして、それは的中する。
「マリー⁉」
目を疑った。
そこにはマリコがいた。
「うそっ、なんで……」
今は試験を受けているはず。
なぜこんな屋根の上にボロボロで横たわっているのか。
「マリー!」
必死に呼びかけるも、返事はない。
「そんな、どうしよう、マリーが……」
ベルルがやったのは明白だった。
事前に伝えなかったことを後悔する。
なぜ、よりにもよって彼女なのだ。
自分のせいで大切な親友に大怪我を負わせてしまった。
こんなことになるなら試験が終わるまで待つべきだった。
「お願いだから、返事して……」
もう何度も呼び掛けている。
これでお別れなんて悲しすぎる。
「マリー……」
マリコの額に涙が落ちた。
「プラ、ちゃん……」
声が届いたのか、マリコが意識を取り戻した。
だが、その声は弱々しく、今にも途切れそうだ。
「私は、大丈夫……ハリスさんが、手加減してくれたから……」
「ハリスが?」
「うん、私のせいで代わりに……ケホッ、ケホッ」
「もうしゃべっちゃダメよ!」
吐血している。
内臓もやられているのだろう。
早く教会に連れて行かなければ。
プラスは教会のある方角を向く。
「ダメ、だよ……プラちゃんは、早くハリスさんを」
「なに言ってるのよ! あなたが先よ!」
無理やりでも連れて行こうとした。
しかし、マリコがプラスの顔に優しく触れた。
その瞳から大粒の涙が零れている。
「ごめんね、私……また、ドジっちゃった」
「なんであなたが謝るのよ」
悔しそうに涙を流す。
「やっぱりダメだったよ……私、追いつけなかったよ」
「ごめんなさい……わたしのせいなの、全部わたしが悪いの」
涙が落ち、マリコの頬に当たる。
「プラちゃん……」
マリコが涙を拭ってあげた。
そして、頬を優しく撫でる。
「泣かないで。ほら、可愛い顔が台無しだよ」
「うっさい、あなただって泣いてるじゃない」
小さく笑みを向け、マリコの手がするりと抜け落ちた。
「マリー⁉︎ マリー!」
意識は無い。
だが、その表情は微笑んだままだ。
プラスが涙を拭って立ち上がる。
「絶対に助けるから」
教会へ向かった。
──場所は変わって、ベルル。
「──ヒャッハー! 久々だぜ! この感覚!」
最高の気分であった。
身体が自由自在に動く。
驚くほど身軽になり、揚々と移動していた。
はたから見ると、執事服の男が変な笑い声を上げながら、屋根を駆け回るという異様な光景だ。
「さて、これからどうすっかな」
この肉体を試したくてウズウズする。
できれば強いハンターと戦いたいところ。
贅沢なベルルが目を凝らし、透視を始めた。
「ほうほうほう! やっぱいねえ!」
そう都合のいいハンターなどいるはずもない
完全に盲点だった。
この街はオーブ持ちが少なすぎる。
「チッ、前はこんな事はなかったんだけどな」
強いヤツらでうごめいていた。
満足行くまで暴れることができた。
だが今はどうだ。
せっかく手に入れた肉体が使えない、すごく不便な状況。
これでは苦労した意味がまるでない。
どうしたものか。
しばらく眺めていると、
「おっ!」
オーブ持ちを発見。
それは熊のような大きな男。
それと猫背で小汚い男。
2人がセットになって歩いていた。
「げげっ、アイツら⁉」
ゴーとマルトンだ。
あれから無事に合流できたようだ。
暇つぶしに街を観光しているところだった。
ベルルは大男を見ている。
行けるか。
いや、ちょっと厳しいかもしれない。
いくら戦闘タイプの肉体でも、アレとやるのは無謀か。
悩んでいると、
「あん?」
急にゴーがこちらを向いた。
「やべっ!」
サッと身を低くし、屋根に張り付く。
「どうしやした、旦那?」
「見られている気がしてな。気のせいか?」
見つかってはいないようだ。
ベルルはホッと息を吐くが、
「あっ! それあっしもするっス。なんスかね、視線を感じますぜ!」
「ああ。俺たちを見てやがる」
2人は辺りをキョロキョロ見回した。
これは小汚い男に殺意を覚えてしまう。
ベルルは全力で気配を殺す。
この肉体を持ってしてもあの男とはやりあえない。
強い相手と手合わせはしたいが、いくらなんでも強すぎだ。
ここは凌ぐしかなかった。
しばらく2人は警戒していたが、
「気のせいか?」
「みたいっスね。旦那は目立つから視線の一つや二つありやすよ」
「目立つ? そんなことねえだろ」
「それ本気で言ってるんで?」
気づかれなかった。
あとは離れるまで堪えるだけだ。
「試験も終わった頃だろ。行くぞマルトン」
「へい! 坊ちゃん、受かってるといいっスね!」
「馬鹿野郎、俺の修行を受けて落ちるなんぞ笑えねえ! ガハハハ!」
高笑いしながら去っていった。
「ふぅ、やっと行きやがった」
ベルルは屋根から顔を出した。
アレの存在を忘れていた。
ヤツがいる限り、この街で自由に活動できない。
ビクビク怯えて隠れ続けなくてはならない。
いま戦っても返り討ちに合うだけだ。
この街にはアレ以外、戦う相手がいないのか。
ベルルは頭を悩ませる。
「探すしかねえな」
まだ足りない。
ベルルはその場を離れた。
──引き続き獲物を探していた。
「チッ、やっぱもういねえな」
もう結構見たが、これ以上ハンターは見つかりそうにない。
この教区にもそろそろ飽きて来たところだ。
「ここじゃ満足にも戦えねえ」
いっそのこと街を出て、別のところに行ってみるか。
しかしどこに街があるのか。
ここがどこなのかも分からない始末だ。
「どうすっかな~。そうだ! 誰か捕まえて案内させっか!」
というワケで、また街を眺めた。
こういうのはなるべく可愛い子がいい。
ムサい男は勘弁だ。
しばらくソイツと行動することになるのだから。
「どこかにいねえかな~」
しばらく好みの女性を物色した。
「おっ!」
すると、一人の少女がお目に止まる。
「あの姉ちゃん、中々いいな」
決めたようだ。
それはまだ子どもっぽさは残るが、腰近くまで伸びた綺麗な金髪。
凛々しい顔つきの少女で、気の強そうなところがベルルの好みに合っていた。
誰かを探しているのか、辺りをグルグルと見渡している。
心なしか焦っているようにも見える。
彼女に案内してもらおう。
「よし、じゃあさっそく……って、なんだアイツは⁉」
ベルルはギョッとした。
念のため少女を透視すると、ハリスよりも強いオーブが見えたからだ。
それは力強くも透き通った綺麗な青。
「あのオーブの光、まさか属性持ちか?」
時おり弾けるような鋭さも見せる。
中々に上質なオーブだった。
幸運にも、ベルルが憑依できるギリギリの強さだ。
身体の方もスラッとしており、動くには申し分ない。
先ほどのような苦労もないだろう。
完璧だ。
まさにベルルにとって最高の獲物だった。
「なんだよ、いるじゃねえか」
にやりと笑う。
アレならいける。
急遽、憑依することに決めた。
そうと決まれば、
「ヒャッハー!」
飛び立った。




