3.さっそく実戦
アッシュがオーブを出した。
プラスは驚きを隠せない。
その光は少女の青と違い、緑の輝きを放つ。
「時間はかからないと思ったけど、まさかもうできちゃうなんて……すごいわアッシュ!」
アッシュの手を握り、目をキラキラさせた。
「あなたとんでもない逸材よ。まだ教えたばかりなのにものの数分で、やっぱりわたしの目に狂いはなかったわ! わたしって人を見抜く才能があるんだわ! もしかしてわたしってすごい⁉︎」
自分をべた褒めする方向のプラス。
そんなお嬢様の横にいたハリスが口を開く。
「そういえば、兄上様もわずか一日でオーブを出したそうですね」
「えっ、兄さんも⁉ って言うかあなたまだいたの?」
「ご存じありませんでしたか?」
「初耳よ、でもホントすごいわアッシュ。あなた本当になんなの?」
と言ってアッシュの顔をじっと見る。
よく分からないが、こういう時は睨み返すのがいい。
アッシュも睨み返した。
しばらく2人は仲良く睨み合っていたが、
「もしかしてあなた、兄さんの生まれ変わりとか?」
「生まれ変わり?」
「そう、わたしのお兄さんの」
「全然似てないけど、オレとプラス」
プラスは笑っているが、ハリスが睨みつけてくる。
なにか怪しまれている。
視線がとても恐く、アッシュは目をそらした。
──カン、カーン、
突然、街の教会から鐘の音が鳴り響く。
それは教区の外にいるここからでも聞こえるほど大きな音だ。
「なにさ、この音」
結構大きな音。
街の外からでもハッキリと聞こえてくる。
「お嬢様、街にイービルが」
これは、イービルが出現した時に教会が出す合図。
「もうっ! いいところなのに!」
プラスがタイミングの悪さに悪態をついた。
自分が行くのが嫌なようで、執事に文句を言う。
「カールはまだ治療中なの?」
「そのカールさんが一番重症なのですが……」
「わかったわよもう! わたしが行けばいいんでしょ! 代わりにアッシュの特訓を見てあげて」
「私も向かいます、お嬢様にもしものことが」
「自分の腕を見てからモノを言いなさいよ! アッシュ! あなたはとりあえず分離の練習! ハリスが見てくれるから!」
アッシュは騒がしい2人を前にポカン。
「じゃあ、いい子にしてなさいよ!」
プラスは足の裏からオーブを出し、それを破裂させ、すごい速さで教区に戻っていく。
「お嬢様、お待ちを」
ハリスも同じくオーブを破裂させ、お嬢様を追いかけた。
その場にアッシュだけがポツンと残された。
「……なにさ、今の」
いま2人がすごい速さで移動した。
カッコいい、なんて。
あんなスタイリッシュなこともできるのかと、アッシュはオーブに興味がわく。
とりあえず分離? をやってみるか。
言いつけ通りに練習をするため、さっそくオーブを出す。
「分離!」
試しに前方にかかげて力を込めると、意外とすんなり発射できた。
しかし、5メートルも飛ばずにスッと消える。
「あれ?」
もう一度放つも、やはりすぐ消える。
意外と難しい。
しばらく一人で特訓した。
「──えっ! イービルが森に向かった⁉」
超特急で街に戻ったプラス。
イービルがどこにも見当たらない。
教会に聞いてみたところ、突然森のほうへ飛んだと報告を受けた。
──よかったよかった。一時はどうなるかと
──これで一見落着だな
──ハンターが来たらしいが無駄足だったな
危険が去って喜ぶ人々とは反対に、ガックリなプラスが教会から出てきた。
「はあ……なんなのよ、もう」
せっかく特訓を中断してまでやって来たというのに、無駄足になってしまった。
これではただ働きではないか。
トボトボと街を歩き、愚痴をこぼす。
「まったく、わたしがどんな思いで来たと思ってるのよ……まあいいわ、これでわたしも森に戻って特訓の……ん? わたしも?」
プラスが歩くのを止め、数秒ほど固まった。
「森って……まさか⁉︎ アッシュ!」
急いで引き返す。
──少し前、森が切り開かれた何もない広場。
アッシュは健気に分離の練習をしていた。
結構できるようになっていた。
やはり自分は天才なのか。
誰かさんと同じく目をキラキラさせている。
コツを掴んだらしく、すでに20メートルほど飛ばせるようになっていた。
早くプラスに自慢したいところだが、まだ戻って来ない。
そろそろ次のステップ、光撃をやってみるのもいいかもしれない。
調子づいている。
お姉さんの言いつけを破って光撃の練習をするつもりだ。
「ん?」
ふと空を見上げる。
なにか黒いモノの動きがあったからだ。
青空には似つかわしくない黒い何かが、空を飛んでいるのが見えた。
「なにさ、あれ?」
どんどん大きくなる。
こちらに接近しているようだが、アッシュはそれに気がつかない。
「わっ!?」
やがて、一気に急降下した。
アッシュはとっさに身をかわすと、それが地面に激突し、砂埃を巻き上げる。
「ケホッ、ケホッ、一体なにさ!」
目を凝らし、何が落ちてきたのか確認する。
砂埃が消え、その何かが姿を現した。
それは人の形をしているが、全身真っ黒で目と口だけ異様に白く、腕に鋭い爪がある。
イービルだと一目でわかった。
思っていたよりずっと恐ろしい姿のためビクついてしまう。
イービルは怯える少年をその白い目で見ながら、よだれを垂らす。
美味しそうな獲物を見つけた。
今にも襲い掛かりそうと言った感じ。
「『一度も見てない』って……」
プラスの言葉を思い出す。
ここには出ないと言われたのに、目の前にそれがいる。
アッシュは恐怖で軽いパニックだ。
「ガルアアアアアア!」
その直後、イービルが鋭い爪を立て、襲いかかってきた。
「うわああああ!」
アッシュは避ける。
慌てて森の中に逃げ込んだ。
目の前の生き物がとても恐く、戦うなんて選択肢ははなっからなかった。
イービルも獲物を追って森へ入っていく。
──アッシュが後ろをチラッと振り向いた。
イービルの姿はない。
巻いたか。
アッシュは木に隠れて息を潜めた。
静まり返った森の中、緊張が高まっていく。
「ん? なんの音さ?」
なにか音がする。
ふ〜っと、物が移動するような音だ。
やがて、アッシュの後ろでピタッと止まる。
恐る恐る、背後を振り向くと、
「なにさ? これは、オーブ?」
そこには黒いオーブがいた。
それは周りを漂っており、まるで目の前の少年を見ているようだ。
顔を近づけてみると、
「ガルァァァァアアア!!!」
突然、オーブが叫び声をあげた。
あの恐ろしいイービルの叫び声だ。
強烈な殺気を感じたアッシュはとっさに木から離れる。
次の瞬間、木が薙ぎ倒され、イービルが飛び出してきた。
間一髪逃げたアッシュは再び逃走。
イービルは動かず、唸り声を漏らしながら、ただ獲物をじっと見るだけだ。
イービルを巻き、アッシュが身を潜めた。
が、またしても背後から気配が。
「なんでわかるのさ⁉︎」
また少年の前に黒いオーブが現れ、叫び声と共に、イービルが木を薙ぎ倒す。
アッシュはギリギリでかわした。
これはもう、やるしかない。
コイツからは逃げられない。
勇気を出し、手の平からポンッとオーブを出した。
「──分離!」
イービルに放つ。
胴体に直撃したものの、標的は何ともなさそうだ。
「効いてない⁉︎ なんでさ!」
全く使い物にならないではないか。
あんなに練習したのにと、自分のオーブに腹を立てる。
これが少年の最後なのか。
イービルが爪を立て、獲物に急接近した。
アッシュはとっさに目をつむる。
そして、
「ガルァッ⁉︎」
イービルが吹っ飛んだ。
「──アッシュさん! 大丈夫ですか!」
目を開けると、そこにはハリスがいた。
「ハリスさん!」
超特急で街へと戻るお嬢様を追いかけていたのだが、引き離されてしまった。
途中、頭上でイービルが飛んでいるのが見えた。
なので、急いでアッシュの元まで引き返してきたのだ。
「危ないところでしたね。あとは私にお任せを」
ハリスがオーブを出す。
その背中が、アッシュはたくましく見えた。