36.親友
試験が始まった。
マリコは桃色のオーブを出し、試験官に向ける。
「えい! 分離!」
マリコが先制した。
「ふんっ!」
カールはかわし、すぐさま接近。
オーブが使えないので、近距離を仕掛けようとする。
マリコが両手を広げ、さらにオーブを放つ。
「おや? これは近づけませんね」
弾幕が避けられそうにない。
そう判断したカールは、一旦距離を取る。
「ふむ……」
鎧のない今の状態では、ダメージは免れない。
兜がないため、機敏に動くことも出来ない。
さて、どうしたものかと頭を悩ませる。
そんな試験官を見て、マリコは調子づく。
本当にオーブを使わないようだ。
つまり接近させなければ、このまま時間終了まで粘って合格できる。
あわよくば倒すこともできるかもしれない。
「フフンッ!」
勢いに乗った。
マリコはオーブを出し、何やら棒状に伸ばし始めた。
まん丸だったモノが、徐々に細長くなっていく。
そして、
「──来て! 可愛い杖!」
ポンッという音と共に、桃色のオーブが杖に変身。
先端はハートの形になっている。
「ウフフッ、可愛らしいオーブね」
受験生に関心を見せる試験官たち。
「えい!」
マリコは杖を一振り。
3つのオーブが現れた。
それは術者の周りをふわふわと漂っている。
「さあ、オーブちゃんたち! あのおじさんを攻撃して!」
また杖を振ると、号令。
3つのオーブが一斉に試験官を襲い掛かる。
迫りくるオーブ。
カールは一つずつ丁寧にかわす。
その軌道は独特で、ふわふわで何だか避けずらい。
「えいっ!」
マリコは杖を振り、再び3つで一斉攻撃する。
「ふむ」
避けづらい。
一度様子を見るべきか。
しばらくの間、カールは避けることに専念していたが、
「ふんっ!」
ラチが明かない。
思い切って、素手で叩き落とし始めた。
が、鎧がない。
オーブの爆発で顔を歪めた。
「うそっ、生身でオーブを……でもこのまま行けば!」
驚くマリコだが、接近させないように杖を振る。
「ふんっ!」
カールは構わず接近。
マリコとの距離が徐々に縮っていく。
ただ両手は真っ黒に焦げかかり、限界も近い。
近づくほど攻撃の激しさが増す。
やがて、カールもそれ以上進むことができず、守ることしか出来なくなる。
オーブを生身で受けるのみだ。
もう少し。
もう少しだ。
「これでおしまい!」
試験官を倒すべく、マリコが杖を大きく掲げた。
杖からオーブを出し、さらに込めていく。
徐々に大きくなり、
「──集合! 可愛い……」
しかし、
「あっ⁉」
突然ボンッと音を立て、煙のように杖が消滅した。
「おや?」
2人の時間が静止する。
マリコは力を使い果たしてしまった。
接近するカールを恐れて、無理をしていたことに気づけなかった。
「はわわわっ⁉ オーブが⁉」
オーブ切れとなり、マリコはアタフタする。
「ふんっ!」
カールは一瞬で接近し、拳を振り上げた。
マリコはぎゅっと目を閉じ、バランスを崩して尻もちをつく。
最初から当てるつもりはなかった。
カールは拳を顔の前でスッと止める。
「──はい、終了!」
と、そこでエリーから終了の合図がなる。
「……へっ?」
マリコは座ったまま目をパチパチさせる。
「中々いい試合だったわ」
「はい。おかげで私の手はこの有様です」
そう言って、カールが両手を見せた。
焼け焦げて見るからに痛ましい。
攻撃の凄まじさを物語っていた。
「まさかカールが近づけないなんて」
「ええ。あのままではやられていました」
「そうね。オーブでの攻撃は申し分ないようね」
受験生を褒める。
「それじゃ私は、合格……」
「でもオーブ切れになるようじゃダメね」
「へっ?」
「残念だけど、不合格!」
エリーがさわやかに伝えた。
「そんな~っ! ふえ~ん!」
座り込んだまま大声で泣きだした。
「うええええん!!!」
カールはおやおやした。
──マリコは会場を飛び出した。
今は街をトボトボ歩いている。
落ちたのがよっぽどショックなようでまだ泣いていた。
「うぅ……」
今年こそはBランクになりたかった。
プラスに追いつきたかった。
自分のペースをちゃんと守っていれば、合格できたかもしれない。
悔しくて涙が止まらない。
「どうしよう、プラちゃんになんて言えばいいんだよ」
せっかくお仕事中に送ってくれたというのに。
事前に「無理は禁物」と言われて、その通りになってしまった。
不甲斐なく、あまりにも情けない。
どんどん気持ちが沈んで行き、自然と人気のない道を歩いていく。
「あれ? ここはどこかな?」
ふと、我に返って辺りを見渡す。
知らない路地裏だ。
先ほどまで街の中を歩いていたはずだが。
「ダメだよ私! しっかりしないと!」
顔をパンッと叩く。
来た道とは反対側に引き返そうとした。
しかし、
──ヒャハハハハッ!
突然、どこから甲高い声がする。
「な、なにかな⁉」
周りを見るが誰もいない。
──ハーッ! やっと見つけたぜ!
何者かの声が響き渡る。
「ど、どこにいるのかな⁉」
状況が分からず怯えるマリコ。
自分だってハンターの端くれ。
逃げたい気持ちをなんとか堪えている。
「私になにか、用ですか……?」
──ああん? 用があるのはお前じゃねえ。お前の……おっと待てよ
上空からウシシシと笑いがこぼれた。
──へい嬢ちゃん! 最近なにかと物騒だよなあ。そこでオレ様からの提案、力は欲しくねえか!
「ちから?」
──そうだぜ! それさえあれば何でも叶う。あの力だぜ
謎の声からの急な提案。
──お前、なんか弱っちそうだしな! ヒャハハハハッ
「よ、弱っちい……」
ハンターとして実力が足りないことは、マリコも自覚している。
だが、改めて言われるとグサッとくる。
それを見通したかのように、声が続けた。
──そこでだ! 特別にオレ様が力を貸してやろうってワケだ!
「力……」
──どうするよ? 決めるのはお嬢ちゃんだぜ
マリコは悩んだ。
こんな姿も見せない、変な人の言うことを鵜呑みにしてもいいのか。
だが、もう少し自分に力があれば試験だって合格できたはず。
試験のことを思い出す。
もう少しだった。
あとちょっと力があれば。
力が欲しい。
「私……」
その時ふと、プラスの顔が。
彼女が笑顔を向ける。
「力が欲しいです」
──おおっ! そうかそうか! やっぱ欲しいよな!
声が満足そうに声をあげた。
相当うれしいようで、笑いが止まらない。
──んじゃ、さっそく
「でもお断りします」
──は?
マリコは断った。
──てめえ、なに言ってやがる⁉ 欲しくねえのかよ! 力だぜ⁉
声の声が震える。
「欲しいです。でもそれは、自分で手に入れないと意味がないんです」
そうしないと胸を張って、親友と肩を並べることができない。
「あなたなんかに頼らなくたって、自分で強くなります」
勇気が湧いてくる。
──このガキが
「それに……」
──ああん? まだ何かあんのかよ?
マリコからうっすら笑みがこぼれた。
「変な人にはついて行くなって、プラちゃんに言われてますから!」
大きな胸を張り、自信たっぷりに言ってのけた。
もう何も怖くない。
──クソがッ! このガキ、やりやがった! 期待させて一気に落としやがった! 最悪だろ!
「フフンッ」
──ちくしょう! 許せねえ! せっかく穏便に済ませてやろうとしたってのによッ!
怒り狂った声を上げ、
──オラッ! 食らいやがれ!
突然、マリコの頭上から、大量の生ゴミが。
とっさに頭を押さえて身を守るが、
背後からストンッと、何かが落ちる。
「なっ⁉」
一瞬、目の端で捉えた。
それは全身が赤黒く、目と口だけが異様に白い。
人の形をしているが人間ではない。
これはまるで、
「ヒャッハー!」
次の瞬間、怪物の腕がマリコの胸を突き刺した。
「うっ⁉」
貫かれたはずが、痛みを感じない。
全身に激しい悪寒が走る。
笑い声が遠のいて行くのを感じた。
身体に吸収されるように吸い込まれていく。
「プラ、ちゃん……」
やがて、完全に身体の中に消えた。
マリコは動かない。
「ヒャハッ」
しかし、
「遂に手に入れたぜ! ハンターの肉体をよおおおおお!!!」
下品に笑った。




