35.迷子のマリコ
試験当日。
会場は第一教区教会。
いつもは悩まれる住民で溢れる教会だが、この日は貸し切りで誰もいない。
試験は年に一度行われる。
去年は中央教区で実施されたため、今年はこの第一教区で開催される。
従って、各教区から試験を受けるハンターたちが、この街に集結していた。
「──もう~! 教会どこだよ~!」
地図とにらめっこをしながら、頭を抱えている一人の少女がいた。
道に迷っている。
ふわふわなオレンジの髪が風になびく。
水晶のような瞳に地図が浮かびあがる。
絵本の中に出てくる、魔法使いを意識したかのような、黒いローブを着た少女だ。
「はあ、どうしよう。道がわからないよ」
初めて訪れるこの第一教区に苦戦していた。
「試験まで間に合うかな……」
この迷子の名前は、マリコ=キャパスティ。
中央教区出身のハンターで、試験を受けるために遥々やってきた。
方向音痴の15歳だ。
「う~ん」
さて、どこに行ったらいいモノか。
キョロキョロと見渡しながら、自身の勘に問いかける。
「あっ! こっちな気がするよ! フフンッ」
と、自信満々に来た道を引き返す。
「──あら、マリーじゃない」
しばらく進むと、懐かしい声が聞こえた。
マリコはすぐに後ろを振り返る。
そこにいたのは、
「あーっ! プラちゃんだ!」
それはプラスだった。
マリコは嬉しそうに駆け寄って手を握る。
「久しぶり」
「うん! もうすごい久しぶりだよ!」
「先月会ったばかりじゃない」
「そうかな? だってプラちゃん、全然会いに来てくれないんだもん」
「そのプラちゃんって言うのはやめなさい」
「え~、でもプラちゃんはプラちゃんだよ」
プラスとは幼い頃からの友人だ。
性格が間反対の2人だが、その分気が合うらしく、よく一緒に遊んでいた。
「えへへ~」
親友のプラスに会えて、マリコはとても嬉しそうだ。
「どうしてプラちゃんがここにいるのかな?」
「なによそれ。あなた相変わらずね」
「わかった! プラちゃんも迷子なんだね!」
「違うわ。わたしはここに住んでるの。前に言ったはずよ」
「え~、初耳だよ~」
久しぶりのプラちゃんに会えて嬉しいのか。
試験のことを忘れてお話に夢中になってしまう。
中央教区の人間はお話が大好きなのだ。
世間話は特に。
「ところであなた、試験に受けに来たんでしょう。時間は大丈夫なの?」
「そうだったよ! あっ、でも私、迷子だったよ……」
現実に戻され、マリコは落ち込む。
「そんなことだと思ったわ。わたしが教会まで案内してあげる」
「ホントかな⁉ わ~い! プラちゃん大好き~!」
マリコが急に抱き着いた。
「きゃっ!? もうっ……」
プラスはビクッとした。
昔からこうやってスキンシップを図ってくる。
周りの目を気にしないため困ったモノだ。
「あなた、前より大きくなったんじゃない?」
「ん? 身長なら変わってないよ」
「いいえ、気にしないでいいわ。はあ……」
マリコはキョトンとした。
──プラスの案内のおかげで、マリコは教会に無事たどり着いた。
まだ時間にも余裕がある。
ホッと胸をなで下ろした。
「はい、ここよ」
「ありがとう、プラちゃん」
「それじゃ、わたしは仕事に戻るわね」
「えっ⁉ お仕事中だったの⁉」
プラスは現在、脱走したベルルの捜索中だ。
好戦的なベルルはいずれ姿を見せると考え、教区内を見張っている。
この件は、試験を控えるアッシュには内緒にして、ハリスだけに伝えておいた。
マリコにも言うつもりはない。
「そっか~。プラちゃんも大変なんだね」
「わたしのことより自分の心配をしなさい。今から試験なのよ」
「うん。絶対合格してプラちゃんと同じBランクになるからね」
「そう。でも無理は禁物よ。じゃあねマリー」
「バイバイ! 試験終わったらまたお話ししようね!」
大きく手を振って見送った。
別れを済ませたマリコは教会へ入る。
大好きなプラちゃんに会えたことで、緊張もすっかり解けていた。
──会場。
マリコは試験名簿を眺めていた。
「全部で15人、前より多いかも……って私、一番目だよ⁉」
自分の名前が一番上に書いてある。
まだ心の準備ができていないようで、肩をガックリと落とす。
「トホホ……ん?」
ふと、下の方に気になる名前がある。
「アッシュ、スターバード?」
プラスと同じ名前だ。
じ~っと見ていると、
「──あっ、レクスが先だ」
「──なんだ、後の方がいいだろ」
2人の子どもが名簿を見て騒いでいた。
この子たちも試験を受けるのか。
年齢制限はないが、ハンターにしては幼すぎる。
そう思いながらマリコは2人を見ている。
「これからどこに行けばいいのさ?」
「決まっている。控室だ」
「他の人もいるのか?」
「当たり前だ。ワタシたちの他にも大勢いる」
「そっか」
仲が良いようだ。
手は繋いでいないものの、肩がくっつきそうなほど近い。
いや、くっついている。
付き合っているのだろうか。
まだそういうのはちょっと早いのではないか。
マリコは小さなカップルを無言で見ていた。
「ワタシの後で落ちるなよ、アッシュ」
「わかってるさ。落ちたらゴーになんて言われるか」
アッシュと名前を聞いて、マリコは耳がピクッとなる。
たしかに、どこかプラスの面影があるような。
だが、プラスに弟なんていなかったはずだ。
少年が気になり、声を掛けようとしたが、
「行くぞ。控室は向こうだ」
少女がボーイフレンドと思われる少年の手を引き、どこかに行ってしまった。
「行っちゃった……親戚さんかな?」
あとでプラスに聞くことにした。
──第一受験生のマリコは運動施設で待つ。
しばらくすると、試験官とその補佐がやってきた。
「初めまして、お嬢さん。私が今回試験官を務めさせて頂きます。カール=メルメルトです」
「ウフフッ。彼の補佐役、エリー=レザーフット。よろしくね」
受験生にあいさつする。
「あっ、よろしくお願いします」
マリコも頭を下げた。
カールはいつもの鎧姿ではない。
あまり使っていないのか、綺麗な胴着を着ている。
当たり前だが、試験では毎年怪我人が出る。
なので、治癒のオーブが使えるエリーが補佐官として出席する。
ちなみにゴーもついて来たらしい。
今は街のどこかで暇を潰しているそうだ。
「では、試験の説明を」
「は、はい!」
ようやく始まる。
マリコは緊張する。
「今からあなたは、このカールと戦ってもらうわ」
「このおじさんと……」
マルコは息をのむ。
見るからに強そうな試験官だ。
「もちろん手加減はします。今回は特別にオーブを使いません」
「ええっ⁉」
マリコは驚いた。
この試験官はオーブを使わないと言うのだ。
「カール、あなたそれ毎回言ってない?」
見たところ武器を持っていない。
素手で戦うつもりだろうか。
いくら何でもハンデが多すぎだ。
「私の合図があるまで立っていられたら合格よ」
「ええっ⁉ それだけ⁉」
「もちろん倒してくれても構わないわ」
去年より優しい内容であった。
これは、いけるのではないか。
プラスに先を越されて早2年。
試験にはもう2度落ちている。
このまま一生追いつけないのではないかと不安だった。
だが、今年の試験官は当たりのようだ。
念願のBランクになれると思い、マリコは心の中で早くも舞い上がる。
「そろそろ始めましょう」
「はい!」
「ええ。それじゃ2人とも、中に入って」
運動施設に入り、お互いに離れた場所に立つ。
「準備はいいかしら?」
「はい!」
「ええ、構いません」
試験の始まりが近い。
マリコの心臓が高鳴る。
「では、はじめ!」
オーブを出した。




