33.アッシュが悪い
イービルを無事撃退した。
教会への報告はカールがしてくれるそうで、アッシュはありがたく帰らせてもらう。
玄関を開けるもお迎えはない。
みんなプラスの部屋にいるのかと思い、自分の部屋へ向かう。
「はあ、疲れたさ」
過酷な戦いだった。
ドアを開け、中に入ろうとすると、
「アッシュぅ~!」
突然、プラスが両手を広げ、飛び出してきた。
お姉さんをかわし、すぐにドアを閉める。
「なにさ、今の」
プラスは風邪を引いてるはず。
部屋に入ると、執事のハリスとメイドのステラが苦笑いでアッシュを見ていた。
「あれ?」
部屋を間違ったのか。
いや、ここは確かにアッシュの部屋だ。
どうして3人がいたのだろうか。
「すみません。お嬢様が勝手に」
「ここを動かないと言い張っていて……」
どういうことなのか。
「──こら~、開けらさいよ~」
外からドアを叩く音がする。
明らかに呂律が回っていないのが分かる。
風邪薬を飲んだらしい。
すると急に暴れ出し、アッシュを探し回っていた。
部屋から一向に出ようとせず、仕方なくここで看病していたそうだ。
「──はやく入れらさいよ~」
このまま放置するのは不味い。
そう思い、アッシュはドアを開けた。
「アッシュぅ~!」
案の定、プラスが飛び掛かって来たため、それを左によける。
病人は床にコテッと倒れ込む。
「うっ……」
ヘロヘロのプラスを抱え、ベッドまで運び寝かせてあげた。
自分より一回り大きなお姉さんを運ぶのはキツいものがある。
その言葉を口にしないよう、アッシュは努力した。
「チューしましょ~。ほらっ、ほっぺにチュ〜。なによ~、レクスとはしてたクセに~、わたしとはできないっていうの~」
両手を広げてチューをせがんで来る。
この様子ではカールのことを話すのは無理だろう。
「すみません、アッシュさん。今夜は私の部屋でお休みになってください」
「またアッシュさんを見ると厄介なので、さっ、今のうちに」
アッシュは自分の部屋から出る。
「ねえ〜、わたしのアッシュはどこ~?」
壁の向こうから声が聞こえる。
「なにさ、これ」
早く寝た。
──翌日、アッシュはお見舞いのため、レクスの家を訪れた。
すでに風邪が治っている。
「まったく、なぜワタシがヤツの風邪をもらうんだ」
ずっと寝込んでいた。
風邪にしてはえらく辛かったこともあり、移したプラスに悪態をついている。
「これはアレだな。何かおごってもらわないと気が済まないな」
と、言いながらアッシュを見る。
「なんでそうなるのさ」
それを言うなら移したプラスに言うべきではないのか。
レクスも風邪薬でおかしくなったらしい。
「今度お昼をおごれ」
「別にいいけど」
アッシュは了承する。
「ところで、レクスのオーブスーツはなに色?」
「なんだ、いきなり」
「それが……」
これまでを説明した。
「なるほど。それでワタシのも気になったと」
アッシュはうなづく。
「そうだな、教えてやらんこともない」
「なんで勿体ぶるのさ」
「ああ。ワタシのはズバリ、青だ」
アッシュの顔が途端にくもる。
髪の色と同じだからとか、青が好きだからとか、安直な理由で選んだと思っていたからだ。
普通、緑一択だろう。
「なんだそれは。たしかに青は好きな色だが」
「じゃあなんでさ」
「それは、分かるだろ」
言いたくなさそうにしていたが、
「破裂が苦手なんだ」
「レクスが?」
「ああ、悪いか」
意外だった。
これまでレクスの破裂を何度も見た。
初めて絡まれた時も惜しみなく連発していたので、てっきり得意なのだとばかり思っていた。
だが、そうじゃないとレクスは言う。
「前に言っただろ。何度も教会送りになったと」
「あー、聞いたような気がする」
練習で何度も教会送りになったので、仕方なくスーツで補ったそうだ。
今では好きな青色ということもあり、本人も気に入っているとのこと。
「そっか」
きちんとした理由でスーツを選んでいたようで、アッシュは安心した。
緑を進めるのはやめておこう。
「第一に、お前だって緑が好きだろ」
「まあ、そうだけど」
「フッ、好きな色で選ぶというのも、案外悪くないのかもしれないな」
新たな定説に、アッシュは首を傾げた。
「ところでアッシュ、Bランク試験の登録はもう済んだのか?」
「なにさそれ、初耳なんだけど」
「アイツから聞かなかったのか?」
「いや、なにも」
「はあ、3日後だぞ」
「3日後⁉」
衝撃なお知らせが届く。
近ごろBランク試験があり、その受付期限が迫っているとのことだ。
プラスやゴーにそのことを一切聞いていないアッシュは驚く。
「たまには自分で調べたらどうだ」
これは大人任せのアッシュが悪い。
レクスが注意する。
「わ、わかったさ」
「まったく、ワタシがいないとどうなっていた。お前はいつも──」
お見舞いに来たはずが、お説教をガミガミ食らう。
しばらくは大人しく聞いていたが、
「レクス、じゃあさ」
「なんだ、まだ話は終わってない」
「いや、もうわかったからさ」
「どうかしたのか?」
アッシュが急にどもりだす。
「その、試験のことなんだけど……良ければ一緒に」
勇気を出して誘う。
が、レクスはあっけらかんとした顔で答える。
「なにを言っている。そのつもりだ」
「へっ?」
「ワタシも受けるんだから行くに決まっている」
「それはそうだけど……」
「ワタシが案内してやる。ありがたく思え」
アッシュにビシッと指をさす。
初めから一緒に行くつもりであった。
だから試験のことを教えてあげたのだ。
そう聞いて、アッシュは嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになる。
「お前はアレだな。たまにおかしなことを言うな」
「うっ、悪かったさ」
「そうだ、アッシュが悪い」
ため息をついた。




