32.偶々
イービルが出現した。
アッシュは破裂を使って移動。
カールは破裂が使えないのか走って移動している。
鎧の重さもあるのか。
2人の距離は徐々に広がっていく。
「少し待ってください」
「どうしたのさ?」
アッシュは振り向くと、カールが息を切らしているのが見えた。
自分の方が速いことに戸惑う。
カールが息を整えて言う。
「すごい坊やですね。Cランクなのに使えるなんて。それ」
「これ? 破裂のこと?」
「そうです。ばーすとです」
一般的に破裂はCランクでは禁止されている。
カールはBランクだと言うのに破裂を知らないらしい。
アッシュが首を傾げていると、
「では本腰を入れますか」
と言って、どこからか兜を取り出し、すっぽりと頭に装着した。
カールの顔は隠れ、髭の生えた口元しか見えなくなる。
「これでよし」
何がよしなのか分からない。
鎧を脱ぐのならまだしも、なぜ兜を被ってわざわざ重量を増やすのか。
アッシュには分からない。
「お待たせしました。では行きましょう」
目の前のおじさんのことが心配になってくる。
今度はカールが前を走るそうだ。
「はあ……」
アッシュは大きなため息を吐く。
大人しくその後ろを走ることにしたが、
「ふんッ!」
突然、カールが急発進。
地面を踏ん張ったかと思うと、破裂顔負けの速さで可動した。
「えっ⁉ ちょっと待ってさ!」
置いて行かれてしまった。
アッシュは慌てて破裂で追いかけた。
「──いましたよ、あれがイービルです」
イービルを発見した。
アッシュはまだ戦ってもいないのにヘトヘト状態。
手を膝についてゼーハー言っている。
見失わないようにするのがやっとだった。
当のカールの方は何ともない様子だ。
ベテランらしく静かに標的を観察している。
「小さいですね。我々と同じくらいです」
今回のイービルは、スリムな体系をした人型のイービル。
相変わらず真っ黒で、目だけが無機質のように白い。
「ここは街中です。迅速に処理しましょう」
「わかったさ」
アッシュはオーブを出し、カールは剣を抜く。
2人でジリジリ接近する。
が、すぐに気づかれた。
イービルがすばやく移動し、隣の民家へ飛び移る。
すかさず手の平からオーブを出し、2人に向かって構えた。
このイービルは分離を使う個体のようだ。
オーブを放ってきた。
アッシュはすばやく離れる。
「ふん!」
カールは微動だにしない。
迫るオーブに一太刀浴びせ、斬り伏せた。
真っ二つに割れ、空中で爆発する。
それを見たイービル。
弱そうな方から狙うことにしたのか。
動いた方、つまりアッシュに襲い掛かった。
「悪魔の左腕!」
まずい。
アッシュはとっさに黒い腕を出し、攻撃を受け止めた。
その判断自体は良かったのだが、
「わっ!?」
非常に軽い。
「わあああ! カールさーん!」
受け止めきれず、遠くの民家までぶっ飛んでいく。
強制的に離脱させられた。
「坊や!」
開幕やられてしまった情けない少年を呼び掛けるも、すでに見えない。
アッシュは星になった。
雑魚は片付けた。
そう言わんばかりのイービル。
次の強そうな方を狙い、すぐさま接近する。
「ふんっ!」
カールは剣で受け止め、すぐに剣を返しての攻撃。
それをイービルが片腕で防ぐ。
辺りに鈍い音が響きわたる。
「頑丈ですね」
生身で受けたにもかかわらず、傷一つ付いていない。
それどころか押し返してくる始末。
力負けしそうになりカールは驚く。
オーブで攻撃していないのだから当然だ。
「ふんっ!」
間合いを取る。
互いに望んでいたのか。
両者は接近戦を始めた。
「──いてて」
アッシュは屋根に寝そべっていた。
かなり遠くまで飛ばされていた。
一撃受けただけでこの有様とは、今回の敵は一筋縄ではいきそうにない。
「まだいけるさ」
目立った怪我はない。
アッシュは立ち上がる。
スーツを新着したおかげか、派手に飛ばされはしたがそこまでダメージはない。
教会送りは免れたようだ。
急いで戻る。
戻った時には、両者が激しい戦闘を繰り広げていた。
カールは全てを剣でいなし、即座に斬りつける。
相手に傷が入ることはない。
どうやら打撃攻撃と割り切っているようだ。
イービルの方もひたすら張り付き、肉弾戦を仕掛けていた。
近接戦闘が得意なよう。
ハンター顔負けの戦いぶりだ。
打撃攻撃が効いているのか。
イービルの動きが僅かに鈍っていた。
武器を持つのは卑怯だと言いたげに、剣を睨みつける。
カールはカールで決定打がなく、押し切ることが出来ないでいる。
いくら打っても相手は倒れない。
オーブで攻撃していないのだから当然だ。
そして、
「おや?」
突然、カールの持っていた剣が消える。
「あっ……」
近くで見ていたアッシュは、剣が手からすっぽ抜けるのを見た。
それを好機と見たか。
イービルが回転を上げ、拳を連打する。
武器を失ったカール。
「ふんっ!」
そのまま生身で怪物と打ち合いだした。
「ふんっ!」
光撃が使えないのか、オーブを出そうとしない。
素手でイービルと渡り合っていた。
その戦いぶりを見て、アッシュは気がつく。
どうやらこのおじさんは、破裂の時もそうだがオーブそのモノが使えないようだ。
信じられるのは剣と己の精神のみ。
そういうハンターなのだと。
なるほど。
それならオーブスーツを着ても意味がないと勝手に納得する。
違う、感心している場合ではない。
見ているだけでなく戦わなければ。
流石に素手では厳しいようで、カールが押されていた。
「カールさん!」
アッシュも加勢する。
──アッシュが混ざったことで、イービルは劣勢となる。
アッシュの光撃でも決定打にならない。
かなり頑丈なのか。
悲しいことに、悪魔の左腕で直接ぶん殴った方が効果があるみたいだ。
「ふんっ⁉」
隣にいたカールが殴り飛ばされてしまった。
残るはアッシュのみとなる。
あとはうるさいハエを叩き落とすだけだ。
と言わんばかりにイービルが速度を上げた。
さっきまでカールが担当していた分の攻撃が、全てアッシュに流れてくる。
まともに打ち合っても勝てるワケがない。
こうなったら奥の手を出すしかない。
というより、もうこれに賭けるしかない。
そう思い、アッシュは悪魔の左腕を構えた。
腕に光をシュイーンと溜める。
黒い輝きが腕全体を纏い、禍々しい光を放つ。
そのまま破裂で勢いをつけ、標的の懐に向かう。
そして、
「──魔王光撃!」
悪魔の左腕に光撃を乗せてぶち込む。
これが今のアッシュが出せる最も高火力な技である。
使用後はオーブ切れになってしまうため、外したら終わる。
まさに起死回生の一撃だった。
やぶれかぶれで放った一撃が、イービルの腹部に命中。
流石の怪物もこれには絶叫する。
しかし、地面にズザザーッと踏ん張り、なんとか堪えた。
「なっ⁉」
腹部はグロテスクに凹み、ドロドロに溶けている。
だが消滅はしない。
思ったよりも手ごたえがなく、アッシュは焦ってしまう。
攻撃を耐えたのがよほど嬉しいのか。
イービルが雄たけびをあげた。
ヤバい。
オーブ切れのアッシュは絶句した。
絶体絶命。
もうカールのように生身で戦うしかないのか。
「──どいてください! 坊や!」
突然、横からカールが突っ込んできた。
手には消えたはずの剣を持っている。
ぶっ飛ばされた先に、偶々、自分の剣が落ちていたのだ。
アッシュは驚くも、すぐにカールを避けた。
勝利の雄たけびに夢中だった。
イービルはそれに気がつかず、剣が腹部を貫いてしまう。
剣を掴み引き抜こうとするも、かなり深く突き刺さっており、引き抜くことができない。
「ふんっ!」
カールは力を込め、
「ふんっ!」
怪物を真っ二つに切り裂いた。
二つに分かれたイービルは断末魔を上げ、あっさりと消滅した。
その場には中年と少年のみ。
終わったようだ。
今回も無事に撃退できた。
「はあ……」
中々強敵だった。
アッシュはその場にへたり込む。
最後の方は腰を抜かしそうになっていた。
「カールさん、すごかったさ」
「いえいえ、坊やこそ」
「そうかな」
「ええ」
カールが笑う。




