30.戦闘服
教会沈没事件から一か月。
壊滅的だった教会はすっかり元の状態に戻っていた。
また例の巨大イービル襲撃による復興作業も終わり、街の雰囲気はとても明るいモノとなっていた。
「アッシュさーん、そろそろ帰りますよー」
「わかったさ」
アッシュはおもちゃを見るのをやめて、ステラの元に戻る。
夕飯の買い出しのために、ステラと2人で外出していた。
買い物も終えて、帰宅中。
「街もすっかり元通りですね、アッシュさん」
ステラが話しかけた。
「あんなに酷い様子でしたのに、もう直しちゃうなんて凄いです」
「ああ、ホントにすごいさ」
例のイービル襲撃事件。
その重要人物であるアッシュは、街の復興も終わりホッとする。
軽い足取りで街を歩いていた。
「──あら、2人ともおかえりなさい」
家に帰ると家主のプラスが出迎えてくれた。
「ただいま戻りました、プラス様」
靴を揃えて家にあがる。
「すぐご夕飯にしますね」
「オレも手伝うさ」
「フフッ、ありがとうございます」
アッシュとステラの2人は手を洗い、さっそく夕飯の支度にとりかかる。
最近、アッシュはよく家のお手伝いをしている。
引き取ってくれた家主への恩返しのつもりだろう。
お皿洗いとかも積極的に引き受けていた。
そんなことは知る由もないプラス。
「わ、わたしも何かしようかしら?」
最近、2人の仲が良い。
自分だけ除け者にされているような気がする。
「いいえ、プラス様の手を借りるワケには行きません」
家主に仕事をさせられない。
ステラは真面目なメイドさんだ。
「そう……」
「はい、ゆっくりしててください」
プラスはトボトボ部屋へ戻っていく。
「お元気がなさそうですが。どうなさったんでしょう?」
「さあ、手伝いたかったんじゃない?」
「ですが、これが私のお仕事なのですが」
ステラが困り顔になる。
しばらくして夕飯が出来上がる。
二階からプラスが下りてきた。
そこに怪我から復帰したハリスも加え、4人で食卓を囲む。
いつものようにいただきますをして食べ始めた。
「ふむ、今日も良いですね」
ハリスの評価が良い。
アッシュは嬉しくなる。
「アッシュさんも手伝ってくれたんですよ」
「それは偉いですね。お嬢様も少しは見習っていただきたいモノです」
「悪かったわね。料理出来なくて」
そう言って、プラスはガツガツ食べる。
入院中だったハリスはすっかり元気になり、またここに来るようになった。
アッシュはこまめにお見舞いに来ていた。
なのでハリスとは打ち解けていた。
ちなみにプラスは一度もお見舞いに行かなかったため、執事との仲は険悪だ。
「そういえばあなた、明日ゴーと約束があるんでしょ?」
「あー、そうだった」
「なんだか嫌そうね」
「いやに決まってるさ」
明日はゴーに修行をつけてもらう日だ。
ゴーはあれから第二教区にいるエリーの家で飼われている。
たまに第一教区にフラフラやって来ては、アッシュに無理やり修行をつけていた。
ここまで来るまでに一日はかかるはず。
暇を持て余すゴーは、お構いなくアッシュの元へやって来る。
「あなたも大変ね」
「もう修行イヤだ。プラスの特訓がいい」
「出来ればわたしもそうしたいんだけど、もう教えてあげられることがないのよね」
悲しいことに、ゴーの方がアッシュを育成するのが上手かった。
プラスも渋々送り出している。
ゴーの修行は熾烈を極め、アッシュは毎回泣きながら戻ってくる。
修行の前日はどうしても暗い雰囲気になってしまう。
「今日は早く寝て、明日に備えなさい」
「わかったさ」
「なんなら一緒に寝てあげよっか?」
「いや、一人で寝るさ」
プラスの寝相は良くない。
まともに寝ることができない。
「そう……」
明日に備えた。
──そして次の日、
「よし、始めるぞアッシュ」
やって来たゴーが問答無用でアッシュをさらい、修行に連行した。
現在、街から少し離れたところにある、森が開けた場所にいる。
元はプラスと特訓していた場所だ。
今ではすっかり悪人との修行場になってしまい、アッシュは悲しかった。
「なんだ、元気ねえな」
これから絞られるのに元気でいられるか。
「ハハハッ! そうかそうか」
地獄の修行が始まった。
──絞られたアッシュは、クタクタになって地面に横たわる。
ゴーの方はまだまだ元気。
ボロボロの少年を「情けねえな」と言った感じで見下ろしている。
「──旦那、こんなとこにいたんですかい」
「なんだマルトンか。久しぶりだな」
マルトン。
会うのは共に教会に潜入して以来。
相変わらず小汚い恰好をしており、その怪しさは健在だ。
「そこにいるのは誰かと思えば、坊ちゃんじゃないですか⁉」
「久しぶり……」
「一体どうしたんですかい!? 旦那にやられたんスか!?」
ボロボロのアッシュを見て何事かとあわてる。
「気にするな。で、なんか用かマルトン」
「ヘイ! 頼まれていたスーツを持って来やしたぜ!」
そう言って、黄色のオーブスーツを渡す。
「やっと来たか」
ゴーはニヤる。
プラスとの戦闘で破壊されたため、新しいモノを注文していた。
オーブスーツとはハンター専用の戦闘服。
以前アッシュもプラスからもらっていた。
肌の上から直接着ないと効果を発揮しないため、衣服に隠れて見えないことが多い。
最近開発されたモノであり、ハンターの必須装備である。
「あっ、それ!」
「あん? どうしたアッシュ」
「それオレも持ってるさ」
そう聞いて、なぜかゴーはいぶかしむ。
「そうか、ちょっと見せてくれ」
「なんでさ?」
「いいから見せてみろ」
言われた通りアッシュは服を脱ぎ、オーブスーツを見せた。
「おいおい、赤かよ」
「赤っスね」
清々しいほどの赤。
2人の反応があまりよろしくない。
「なんで赤にしたんだ?」
「プラスが同じ色だからって」
「はあ、アイツなにやってんだ」
「全くっス」
2人が何やら呆れている。
たしか前にレクスにも同じような反応をされた。
「なにさ、やっぱり赤って駄目?」
「ダメではないんだが」
「坊ちゃんには合ってないですぜ」
「えっ?」
マルトンが説明した。
オーブスーツは4つの種類がある。
赤は、オーブの威力が上がる。
黄色は、防御力が高くなる。
青は、オーブの調整をサポートする。
そして緑は、攻撃、防御、オーブの調整、それぞれを微量に上げる。
「青のスーツを着れば破裂のコントロールが良くなるぞ」
「赤は攻撃力が上がるんスけど、坊ちゃんみたいな初心者にはまだ必要ないんでさ」
マルトンが言うに、初心者ハンターはよく赤色を選びがちである。
だが実際は、自分の苦手を補うスーツを着た方が良い。
慣れてきたら自分の得意を伸ばすスーツにするか、そのまま苦手を埋めるスーツにするかで決めた方がいいと言うことだ。
「坊ちゃんは攻撃面、防御面、破裂で不得意なものはありやす?」
「特にないと思う」
攻撃面は最悪、悪魔の左腕があるので問題ない。
防御に関してはそもそも破裂や丸盾、上記で凌ぐためあまり必要ない。
破裂はそこそこ。
「ならお前は黄色だな」
「どうしてさ?」
ゴーが腕を組み自信満々に答える。
「結局、戦闘では防御力が一番モノを言うからな。いくら攻撃を受けようともダメージが無ければ問題ない。よし、そうと決まれば今から買いに」
「させませんぜ旦那!」
急にマルトンが声を張り上げ、ゴーの脚を小突いた。
「なに馬鹿なことを言ってるんスか! それでも旦那は本当にAランクなんスか!」
「馬鹿野郎、こっちは大真面目だ」
「はあ、これだから脳筋は嫌なんでさあ。頭まで筋肉に支配されて敵わないっスよ」
「あっ?」
マルトンが言うに、特に苦手のないアッシュには、バランスが良い緑のスーツを着せた方が良い。
また、緑は初心者からベテランにも無難な色だ。
アッシュも正直なところ、プラスに貰った赤色よりも、隣にあった緑の方が良いと思っていた。
「絶対緑にするんスよ!」
「実はオレも緑の方が良くてさ」
「さすが坊ちゃんでさあ、どこかの旦那とは大違いですぜ!」
「あっ?」
突然の暴力が襲う。
ゴーに頭を小突かれ、マルトンが泣き出した。
そしてなぜかアッシュも小突かれて泣き出した。
──その日はもう解散した。
家に帰ったアッシュは、今日のことをプラスに愚痴っている。
「オーブスーツの話をしたのね」
「そう、それでゴーがさ」
「ゴーも相変わらずね」
プラスもゴーに呆れてくれた。
期待通りの反応にアッシュも満足するが、何か心に引っかかるものがある。
たしかプラスのスーツは赤色だったはず。
攻撃面に不安があっての赤なのか。
以前、自分は近接戦が得意だと言って胸を張っていた。
素の攻撃力が低いとは思えない。
長所を伸ばす方向性なのか。
アッシュが考えていると、
「2人とも、馬鹿ね」
「へっ?」
「そんなの赤がいいに決まってるじゃない」
「な、なんでさ?」
アッシュは嫌な予感がする。
そして、お姉さんが胸を張って自信満々に答えた。
「だって赤が一番可愛いじゃない」
「なにさ、それ……」
ドン引きだ。




